Last update 99/04/15
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| アランブラ宮殿にはこんなアラベスクが一面に施されている。 |
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| リンダラハ庭園を見下ろす全面アラベスクのバルコニー |
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| 緻密なアラベスク。昔は壁一面が埋め尽くされていたはずだ |
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| 最も有名なライオンのパティオ |
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| ライオンのパティオのアラベスク |
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| アランブラ入場券 |
ふと目が覚めると列車が停車している。しかしまだ辺りは暗い。どうやら明るくなってからグラナダに着くように時間調整をしているらしい。さて、もうひと眠りするかと思っていたら何やら変な音がする。ん?雨か?。まさか! 13年前に初めてグラナダに来た時に、午前中ほんのお湿り程度に降られたことはあるが、それ以外の11日間は快晴だっただけにこれは大きな誤算だった。
7:50、定刻通りグラナダに到着。やはり寒い。幸い雨は止んでいるが、厚い雲が垂れ込めているので陽射しは期待できそうにない。ホテルを予約しておいてよかったと胸を撫で下ろす。雨の中を重い鞄を持ってホテル捜しをするなど考えたくもない(^^;。
駅を出てまっすぐホテルに向かう。この街はもう3度目、地図などまったく必要ない。道すがら、バルに入ってミルクコーヒーとトスターダ(トーストにいろんなトッピングをする。日本のトーストとはまったく異なる)・コン・トマテで朝食。腹が減っていただけにとてもうまい。今回のホテルは街の中心のヌエバ広場のすぐ近くにあり、どこに行くにも便利な所にある。早速ホテルにチェックインして荷物を預ける。フロントでは終始スペイン語で通すが驚いたことにちゃんと通じている。調子に乗ってカマロン(有名なフラメンコのカンタオール)の
CD を買えそうなレコード屋の場所を聞いてみる。これも完璧に通じ、スペイン語に少し自信が付いてくる。部屋に入れるようになるまでは時間があるので取るものもとりあえずアランブラに向かう。
まずアランブラへの入り口にあるヌエバ広場に行く。アランブラを含むグラナダ一帯が世界遺産に登録されたせいもあってか、ヌエバ広場とアランブラ、谷向かいのアルバイシンにあるサン・ニコラス教会へはアランブラバスというマイクロバスが走っており、一昔前に比べて驚くほどアクセスが改善されていた。特にアルバイシンは最近では治安が悪く、一人歩きはできない状態とガイドブックには書いてあるのでそのせいもあるのかもしれないが、安全に観光名所に行けるのは有り難い。余談だが「アランブラ」や「ヘネラリーフェ」はスペイン語読み。英語読みならそれぞれ「アルハンブラ」と「ジェネラリーフェ」になる。両者をどっちかに統一せずにチャンポン状態で記載しているガイドブックが多いんだな、これが(^^;
とりあえずアランブラバスの1日券(325pts)を買ってバスに乗る。バスは昔泊まったオスタルがあるゴメレス坂からヘネラリフェ離宮入り口近くにある切符売り場までを一気に登っていく。入場券を買うが
1000pts とだいぶ値上がりしている。そして何より王宮への入場時間が指定されるようになってしまったのは残念だ(ーー;)。時間があまりなかったのでヘネラリーフェ離宮は明日移行に回すことにして王宮に入ると案の定ツアー客でごった返していた(ーー;)。今まで人のいないうちに王宮に入って無人状態の写真を撮ったり、自分の足音が響くだけの静寂を楽しむのが常だったがもうそのようなこともできないのか。残念に思いながら椅子に座ってじっくりとアラブ装飾を鑑賞する。僕は戻って来たんだ、と思うと涙が溢れてきた。天井を見上げているフリをして他の入場者に気付かれないように涙を乾かす。アランブラよ! 僕は約束通り戻って来たぞ!
それにしてもこのアラベスク装飾の素晴らしさは、おそらく実際に自分の目で見てみないと実感できないだろう。ヨーロッパの王宮の装飾も確かに奇麗だが、あくまで人間が作った物と納得できる。しかしアランブラの装飾はもはや人間の手で造られたとは思い難い。じっくりと眺めれば眺めるほど感動し涙が出てくる出来栄えである。僕はもうアランブラは10回以上来ているが、何度見てもいまだに涙が出てしまう。アランブラには後にキリスト教徒が手を加えた部分がいくつかあるが、どんなに大目に見てもそれらはお粗末なシロモノでしかない。そもそもキリスト教徒がグラナダを占領した際にアランブラを破壊しなかったのは、キリスト教徒自らがアランブラの価値を認めて「壊すに忍びない」と思ったからだろう。かつてイスラムの王がキリスト教国の使者に謁見したという「大使の間」の椅子に腰掛け、さぞかし当時のキリスト教徒の使者はド肝を抜かれたんだろうなァ、と想像する。
そういえば昨日アランフェス離宮で、アランブラのコピー部屋を見たが、これこそキリスト教徒がアラブ文化に一種の憧れとコンプレックスを持っていたからこそのシロモノなのだろう、などと思いを巡らせる。コピー部屋は極彩色だったが、本物は色が落ちてしまってモノトーンに近い状態になっている。しかし逆にこれが落ち着いた印象、いわば「わびさび」を感じさせる効果を生んでいる。京都や奈良の寺だってもともとは原色の朱塗りであったはずだが我々はむしろ色が落ちてしまった現在の寺を自然に感じ、むしろ原色で塗ってあると「中国風」と感じてしまうのと一緒である。極彩色の「コピー部屋」と色が落ちてしまった「オリジナル」。僕は間違いなく「オリジナル」を愛する。ともあれ、こうやってオリジナルを好きなだけ眺めていられるのも個人旅行の強みである。ツアー客は宮殿の解説はしてもらえてもその美しさを十分に感じないまま通り過ぎていくだけ。ある意味で可哀想だ。
王宮を出てからは雨が降ったりやんだりを繰り返す。雨のアランブラなんてそうそう見られるものではないが、さりとて旅行者には厄介だ。アルカサバ(城塞)の下見を早々に切り上げてアランブラを後にする。時間はたっぷりある。明日またじっくりと眺めることにしよう。どうか天気が回復してくれますように。
バスでヌエバ広場経由でアルバイシンのサン・ニコラス教会へ向かうことにする。ヌエバ広場からサン・ニコラス教会へ至る近道は今でも地図無しで完璧に覚えているが、安全には代えられないのでバスに乗ることにした。そう言えば9年前、夜にサン・ニコラス教会に向かう途中、怪しいお兄ーちゃんから「チョコレートいらないか」と声をかけられたことを思い出した。こういう場合のチョコレートとは
99.9%、ハシッシュのことである(^^;。
サン・ニコラス教会に着いて、9年ぶりにアランブラの全景を眺める。天気が悪いため普通ならアランブラの背後に見えるシェラネバダ山脈が雲に隠れてしまっている。サン・ニコラス教会からの眺めはアランブラとシェラネバダ山脈がセットでないとイマイチ。いずれにしろ明日以降にまた来なければなるまい。ちなみに写真を撮ろうとしたらデジカメの電池が切れて撮れない(ーー;)。デジカメ、特にズームやオートフォーカスの付いたデジカメはすぐに電池がヘタってしまうのが難点だ。日本から用意してきた予備電池も底を尽きかけているので早急に確保しておかねば。
いよいよ雨も本降りになってきたので、バスに乗って市街地に下り、ホテルの近くのレストランで定食を食べる。前菜はパエージャ、メインは白身魚と豚肉のフライにサラダ、デザートが付いておよそ
1000pts なり。雨が本降りになってきたのでホテルに戻ってメールのチェックをし、オビエドからたまっていた日記を一気に3日ぶん入力する。
15:00、日本のテレホタイムの開始時間なので、Diablo を立ち上げチャットルームに顔を出す。プロバイダのローミング料金
8円/分はさほど気にならないが、アクセスポイントがマドリッドなので電話代の方が心配だ。実際、オビエドからのアクセスでは予想外の高料金だったので皆に挨拶だけして早々に切り上げる。本当はマルチプレイまでやりたかったんだが(^^;
16:00頃、雨が止んだようなので旅行インフォメーションに行く。アルプハラやモンテフリオなど「アンダルシアの白い村」へのアクセス情報を入手する。僕のインチキなスペイン語もだいぶ板に付いたようで、窓口のお兄ちゃんとほぼ全てスペイン語で話す。もちろん相手が簡単なスペイン語を使ってくれているせいもあるだろうが、ここまで完璧にやりとりできるとますますスペイン語が楽しくなってくる。ともあれ、アルプハラはどうやらかなりメジャーな存在になっているらしく、簡単にバスの時刻表やパンフレットが手に入った。ただバスの発着所が中心部からかなり離れているのが難点か。モンテフリオはアクセスがイマイチで日帰りは可能だが滞在時間が長く取れないらしい。そう言えば9年前も1時間しか滞在時間が無かったのを思い出す。
情報を仕入れた後エル・コルト・イングレス(日本で言うなら西武みたいなデパート?)でカマロンとパコ・デ・ルシアの
CD を買う。レジのオネーチャンに「カマロンの CD ある?」ときくと速攻で出してくれた。13年前にスペインに来た時は、CD1枚がだいたい
4500pts とかなり割高だったが、今回は2〜3枚組みのセットを3つ買っても
12000pts 弱とだいぶ安くなっている。その後 SPAR でアルカリ電池とジュースを、行きつけのボガディージョ屋で晩飯を買い込みホテルに戻る。雨は完璧に本降り。テレビの天気情報を見る限りスペインの南半分は完璧に雲に覆われている。旅行者にとっては雨に降られると本当にやることが無くなってしまう。今晩見ようと思っていたライトアップされたアランブラも明日以降にお預けだ。
そうそう、お預けと言えば今回アランブラの中で見られない場所が増えていたのは残念だった。特に王宮からヘネラリーフェに向かう途中にある2つの塔に入れなかったのは残念だ。というのもこれらの塔は内部の保存状態が極めて良く、天井から床まで4面ともびっしりとアラベスクで埋め尽くされ、建造された当時の様子をほぼ完璧に伝えているからである。これらの塔内部は9年前に見ることができたが、始めて見た時はまったく言葉が出ず、ぽかんと口を開けて首が痛くなるのも忘れて30分近くも天井を見上げたものである。遺跡の保存の観点からは公開しない方が良いのだろうが、死ぬまでには是非もう1度見たいものである。なお余談だが、アランブラに行ったら是非とも天井まで観察して欲しい。アラブの民は基本的に絨毯に寝そべる生活をしていたので天井装飾が極めて発達しているのだ。ヨーロッパの椅子文化(主に壁を飾る)との違いをはっきりと認識できるだろう。
さて、ホテルに戻ってこの日記を書きながらテレビを見ていたらニュースでしきりにユーゴ情勢を報道している。朝日新聞の
Web サイトにアクセスしたら今日中にも NATO 空爆開始らしい。その気になって聞いてみると、意外にニュースの内容がわかるようになってきた。発音が日本語とほぼ同じで、かつ英単語をそのままローマ字読みしたような単語が多いスペイン語は、単語とちょとした文法さえ知っていれば聞き落としがないぶんある程度内容が推定できることがある。ちなみに英語とスペイン語では名詞と形容詞の語順が逆になるので、スペイン語では
NATO は OTAN となる。うーん、何となくカルチャーショック(^^;。何気なく開けている窓からは近くのバルからフラメンコ系の音楽やギターが、そして教会からは鐘の音が聞こえてくる。やはりここはスペイン、そしてアンダルシアだ。
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| ヘネラリーフェ離宮 ふんだんな水は砂漠の民の憧れだったのだろう |
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| ヘネラリーフェからアランブラとアルバイシンを望む |
今日も朝から降ったり止んだりのくり返し(号泣)。アランブラバスの15回券(1000pts)を買って、9時半にアランブラに入る。今日はゆっくりとヘネラリフェを散策しながら写真を撮り、10:30
に王宮に入る。気温は昨日よりはすこし高いが、王宮で座っているとやはり寒い。そう言えば昨日は王宮にたくさんいたツアーの日本人を今日はヘネラリフェでしか見掛けない。どのツアーも朝イチで王宮に入り、ヘネラリフェを含めて1時間ぐらいで見学しているようである。それにしてもたったの1時間! 何と忙しいことか。時計を見ると僕がアランブラに入ってからたっぷりと2時間以上は経過している。そろそろ腹も減ってきたのでヌエバ広場に降りてボガジージョ屋で昼食。大きめのボガディージョ2本にコーラでおよそ
900pts。ボガディージョには「ソブレサダ」を選んでみた。ソブレサダとはパテの1種で日本ではあまり馴染みの無いものだが、結構イケる。
天気が少し回復し、薄陽がさしてきたのでバスに乗ってサン・ニコラス教会へ。今日は昨日よりは遥かにいい眺めだ。若干雲に隠れてはいるがシェラネバダ山脈も見える。写真を撮るが、昨日買ったアルカリ電池は全然根性が無く、10枚も撮らないうちに電池がヘタる(爆)。どうやら電圧は十分あるものの一度に大電流が取り出せないためらしい。結局電池を休めたり取り替えたしながらの撮影を余儀なくされる(ーー;)凸。そうこうしているうちに運良く陽が出た。一気に真冬から真夏へタイムトリップだ。暑さに耐えきれずにジャンパーとトレーナーを脱ぐ。Tシャツでちょうどいいぐらいだ。写真を撮ろうとするがこのスペインの強烈な陽ざしにかかってはデジカメのモニタはまったく役に立たず、アランブラがうまくフレーム内に収まっているのかがわからない。四苦八苦しながら写真を撮っていると再び曇ってしまい寒さと雨が戻って来る(T_T)。あわてて服を着込み、バスで市街地に戻る。まったく何て天気だ。
バスは、アルプハラへのバスの発着所に行くのに都合の良いところを通るので、途中で降りてバスターミナルに向かう。アルプハラへの時刻表は昨日インフォメーションで手に入れてはいるが、事前確認とバスターミナルの下見というわけだ。旅行インフォメーションのお兄ちゃんは3番のバスでバスターミナルまで行けると教えてくれたが、スペインのバスは停留所アナウンスは一切しないので初めての場所に行くには極めて不便。最初だけは徒歩で行くことにする。バスターミナルはかなり市街から離れていて予想以上に疲れた。辺りの景色も覚えたので明日はバスで行くことにしよう。下見を終えた後、インフォメーションで教わった通り3系統の循環市バスに乗って戻ってくる。料金
120pts。
市街地に戻るとそろそろペセタの残りが少ないことを思い出した。あと4日で
8000pts ぐらいしかない。ホテル代はカードで払うことにしても一日あたり 2000pts
で交通費、入場料、食事を賄うのはちょっと厳しい。まだ 15:00だからスペイン的ワーキングタイムなら大丈夫だろうと銀行に行くがどこも
14:00 で閉まってしまうらしい(ーー;)。銀行はシェスタ無しか。ここらへんが旅行者にはわかり辛いところである。幸い朝は
08:30 からやっているようなので明日両替するか、それがダメなら土日でも両替できるアトーチャ駅で両替することにしよう。
しかしまた雨が降ったりやんだりの天気になってきたのでホテルに戻ってこの日記を付けたりメールチェックをしたり
Diablo をしたりする(爆)。ガイドブックを何気なく読んでいたら、帰りの飛行機のリコンファームをまだしていなかったことに気付いた。ルフトハンザはリコンファームをしなくてもいいことになっているが、用心するに越したことはない。ここは何事もいい加減なスペイン(^^;、帰れなくなっては一大事。リコンファームは72時間前までにしなければならないから明日では手遅れになるところだった。時間はもう18時だがスペイン的ワーキングタイムならまだ間に合うはずだと予約センターに電話すると繋がった。さすがに間違えると大変なので英語でリコンファームを行う。予約は大丈夫。出発時間も変更は無い。やれやれ、これで一安心だ。
テレビニュースではひっきりなしにユーゴ情勢を伝えている。よく考えてみればスペインも
NATO の一員だから当事者であり、いわば「戦時中」なわけだ。単に近くで起こっている事件という以上にスペイン人にとって重大ニュースなのは当たり前だということに今さらながら気付く。まさに日本人の平和ボケを痛感した瞬間だ。
20時頃、雨はほどんど止んだ。腹が減ったので昼間見つけたボガディージョ屋でセットメニューを注文する。ちょうどハンバーガー屋のセットメニューのボガディージョ版で、値段もだいたい
500〜700pts 程度とお手頃。ついでにサラダも追加してビタミンを補給する。店を出ると雨が止んでいる。ヌエバ広場からアランブラを見上げると美しくライトアップされている。昔来た時は土曜日しかライトアップされていなくてなかなか見られなかったのを思い出し、これ幸いとバスに乗り込んでサン・ニコラス教会に向かう。辺りはすっかり暗くなっているのでスリや強盗など周囲に注意をしながら写真を撮る。暗いからうまくとれているかどうかが心配だ。しばらくするとパトカーが来て近くの広場に停車した。単なる偶然か、はたまた観光ポイントを定時パトロールしているのかはわからないが、旅行者にとっては心強い限りだ。
しばらくライトアップされたアランブラを眺めた後、バスで市街に下りる。一瞬、ボデガ(アルコール専門のバル)でタパスをつまみながらちょっと一杯、という考えも頭をよぎるが、もともとアルコールには弱い体質のでパスすることにした(^^;。バスの中では地元の人が「雨が降ってるからなんたらかんたら」とか言っている。詳細はわからないが「雨が降る」という動詞は何度も聞き取れる。そう言えば今日は何処へ行っても地元の人が「雨が降って云々」と言っていた。やはりこの季節にグラナダに雨が降るのは珍しいのだろうか? ともあれ、ヌエバ広場に戻ったところで雨が強く降り出した。ちょうど良いタイミングでサン・ニコラス教会を後にしたようだ。ホテルに戻って再度日記を書く。
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| シェラネバダをバックにカピレイラの村を望む. 太陽が目につきささる。 |
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| カピレイラの街中。本当に白い村だ |
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| サンニコラス教会から夕日に映えるアランブラ全景を眺める。 この時間にもっとも美しい「赤い城」を見られる。 |
ようやくアンダルシアに太陽が戻ってきた!。曇り時々晴れといった状態ではあるが、陽射しが出ればこっちのもの。シェラネバダの山麓に点在するアルプハラの村々行きを即決する。しかも良く見ると雲があるのはシェラネバダのこちら側(グラナダ側)だけのようである。アルプハラはシェラネバダの反対側なのできっと快晴のはずだ。ようやく運が向いて来たぞ!
8:30 にホテルを出て銀行で両替を済ませ、3系統のバスでバスターミナルに向かう。グランビア通りからバスに乗りたいのだが停留所がわからない(^^;。停留所は確かにあるのだが、停留所を示す看板が無いので旅行者には勝手がわからないのである(^^;。しばらく様子を見ながら道を歩いていたら少し先に3系統のバスが停まったので飛び乗る。少し行くと、昨日アランブラで道を教えてあげた千秋(ポケットビスケッツのボーカル)似の女の子が乗ってくる。挨拶を交わして久しぶりに日本語の会話。今晩の夜行バスでマドリッドに戻り、明日のフライトで日本に帰るので今日がスペイン最終日とのこと。そのためこれから荷物をバスターミナルに預け、昼間はグラナダを気ままに歩くということだった。バスターミナルで別れを告げてから彼女の後ろ姿を見送る。スペイン人のセニョリータに比べればとても小柄で少し内股気味に歩いていて何とも頼りなさげに見えたが、彼女だって立派に2週間も一人でスペインを旅して来たツワモノなんだ。僕も見習わなくては。日本に帰るまで気を抜かずにガンバレ!
バスが入って来たので一番乗りできるようにと扉の前で待つ。余談だがスペインのバスは切符に席が指定してあってもほとんどの場合無関係で、早い者勝ちであることを僕は経験的に知っている。よってバスに一番乗りして一番景色の良い最前列の、しかも谷を見渡せると予想される進行方向右側を取ろうという戦略なのだ。旅は緻密な計算によっていくらでも楽しくなるものだ(^^;。そんなわけもあってバスの扉の前に立っていると、向こうからセニョーラがやって来て「何時に出るんだい?」と聞いてきた。わざわざ外国人の僕に聞かなくてもよさそうなものだが(^^;、何とか意味が判ったので「10時半ですよ」と答える。「そうかい。ならトイレに行く時間はまだあるねぇ」。数字がスペイン語で咄嗟に出てくるようになっている。いいぞ、その調子だ。バスに乗り込むと先程のセニョーラが他のセニョーラと話している。「あんた3番だろ、あたしゃ4番だからこっちだわ・・・あら? 番号が座席に付いてないねぇ」。すると運転手が「番号なんか関係ないよ、セニョーラ。どれでも同じさ」。やっぱりね(^^;
バスは定刻通り 10:30 に発車した。途中、AL〜というような名前の街をいくつか通っていく。アランブラやアルバイシンもそうだが、先頭に
AL が付く地名はほとんどがアラブ語に由来するらしい。ちなみにアランブラとはアラブ語で「赤い城」という意味である。
ともあれ、バスは1時間半程でアルプハラの村々にさしかかった。アルプハラの入り口でもあり、緑豊かでミネラルウォーターの産地としても有名なランハロン、美しい2つの塔を持つ教会があるオルヒバとバスは快調に飛ばしていく。進行方向右側の席を確保したのは正解だった。眼下にはオリーブが点在するアンダルシアの谷が見渡せる。高度はどんどん上がり、やがてパンパネイラ、ブビオン、カピレイラの3つの「白い村」が雪を頂いたシェラネバダをバックに見えてくる。何て奇麗なんだ!、と隣の地元のおじいちゃんに話しかけるがアンダルシア訛り(動詞だろうが名詞だろうが語尾のSを取る)が激しく、標準スペイン語(カスティジャーノ)ですらほんの少ししか習得していない僕にはわかろうはずもなかった(自爆)。
13:00 にカピレイラ村に到着。標高 1400m オーバーの「アンダルシアの白い村」である。この付近は生ハムやソーセージなどの肉製品が名産品。突き刺さるような陽射しを浴びながらバス停近くのレストランで「アルプハラ定食」を注文。ニンニクをベースに、砕いたアーモンドや生ハムが入っているスープ(うまい!)、各種ソーセージの盛りあわせ、サラダとデザートが付いて
1500pts なり。飲み物はもちろん地元の名水「ランハロン」である。しかし料理がかなりオイリーだったので腹にこたえた。ミネラルウォーターより赤ワイン(普段は滅多に飲まない)にしておけば良かったかもしれない(^^;。店のオヤジに「今日はホントにいい天気だねぇ」と話し掛けると、「ああ、今日はな。だが昨日はそりゃぁひどい雨だったさ」と陽気に応える。お互い、陽射しがあると気分も明るくなる(^^)
帰りのバスまでまだ2時間ほどあるので、近くのブビオン村まで下りながら写真を撮りまくる。真っ白な村のバックには雪を頂いたシェラネバダが見えアングルは文句の付けようがない。まだ初春ということもあって木々は葉を落としているが、新緑の季節や花の季節にはさぞかし美しいことだろう。できればそのような季節にもう1度訪れたいものだ。白い村を見るのにぴったりの曲を入れたパコ・デ・ルシアの
MD を聴きながら、しばし村を眺めつつひなたぼっこをする。
そうこうしているうちに、あっという間に3時間が経過していた。15:50 のバスで、後ろ髪をひかれる思いでカピレイラを後にする。18:00
過ぎ、グラナダに到着。グラナダには相変わらず雲が残ってはいるが時々陽射しも出ている。これならなんとか奇麗な夕暮れのアランブラを見られそうだ。ベストタイムを逃さないようにと急いでサン・ニコラス教会に向かう。アルベニスの名曲「グラナダ」を
MD で聴きながら夕暮れのアランブラを眺めたり写真を撮ったりしていると、朝にバスターミナルで別れた千秋似の娘がいることに気付いた。挨拶をしてしばらく話こんだり写真を撮ったりする。雨が降っていた昨日とは違って今日はカメラを手にした観光客がたくさん来ている。あたりは少しづつ暗くなってきた。千秋似の娘は買い物に行くつもりだったらしいが、どのみち店も閉まる時間だしもう少しするとライトアップが始まるよ、と教えてあげて2人でライトアップの開始を待つ。20:00
にライトアップが始まると彼女はいたく感動したようだ。彼女にとってグラナダ最後の、いや、スペイン最後の景色がアランブラの夜景ならきっと良い旅だったと思ってくれるだろう。
だいぶ寒くなって来たので彼女をヌエバ広場までバスで送る。使いきれそうになかった15回回数券が有効活用できた(^^)。ボガディージョを晩飯に持たせ、お互い名前も聞かないまま別れを告げる。Buen
viaje !(良い御旅行を!)。そして明日のフライトに乗り遅れないように!
部屋に戻ってこの日記を付ける。今日のアルプハラ行きは正解だった。早速デジカメ画像をチャンドラに吸い上げる。ところが陽射しが強すぎてデジカメの自動露光調整がうまくいっていない画像がいくつかあった。所栓は日本仕様のデジカメということか!。明日はいよいよグラナダ最終日。天気も回復してるようだし、アランブラを精一杯堪能するつもりだ。
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| 幻想的にライトアップされたアランブラ。 グラナダ最後の風景はこれ以外には考えられない |
グラナダ最終日だというのに起きてみると天気は曇り(T_T)。まったく何てこったい!。しかもホテルを引き払うと電話代が3日で
\8000 近くにもなっていた(゚゚)。確かにアクセスポイントがマドリッドなので長距離電話ではあるが、それにしても予想外の出費だ。もし
Diablo でマルチプレイしていたらどうなっていたことかと、胸を撫で下ろす(^^;。
8:20 にはアランブラのチケット売り場に到着。入場券を買ったのは30番目ぐらいだったが、そこは勝手知ったるアランブラ、ヘネラリーフェに入らずまっすぐ王宮に直行。王宮の入り口では係りのおっちゃん達がたむろしていた。時間は入場開始10分後だったので挨拶して入ろうとすると、「あんたが今日の1番乗りだよ」だと言う。「へへ、運がいいなぁ」と答えて堂々の1番乗りを果たす(^^)v。これで人のいないアランブラの写真が取れるぞ、とライオンのパティオに急行すると、まだオバチャン達が掃除をしていた(爆)。何とか写真を撮った後、各部屋の椅子にじっくりと腰掛け、アランブラに別れを告げる。寒さもあって、11時には王宮を出てヘネラリフェへ。わずかに太陽は出るものの、空はどんよりと曇っていて回復しそうに無いので12時にはアランブラを後にする。ヌエバ広場でボガディージョ定食を食べていると、何故か天候が回復してくる(゚゚)。急いでアランブラに戻りアルカサバでパノラマを楽しむ。塔の上には4つの旗が強い風にはためいている。そのうちの2つはスペインとEUの旗だとすぐ解ったが、あとの2つの旗がわからない。アンダルシア訛のあるセニョールに聞いてみ
ると、アンダルシアとモロッコ(かつてモロッコから上陸したイスラム教徒がアランブラ宮殿を建造したため)の旗とのこと。天気は
15:00 ぐらいまで曇り時々晴れといった感じで雪を頂いたシェラネバダもわずかしか見えない。くそー、太陽め、正々堂々と勝負したらどうなんだ!
再び曇ってきたのでアランブラ入り口にある「グラナダスの門」や朱色の塔の付近を散策する(ちなみに「グラナダ」とはスペイン語で「ザクロ」のこと。そのためグラナダ市のシンボルは「ザクロ」で、通りの名前を書いたプレートにも必ずザクロの絵が描かれている)。近くにマヌエル・ファジャ(近代スペインの作曲家)の記念館があるので行ってみたが、残念ながら休館日のようだ。やむなく市街に戻ってアラブ様式のエルビラ門を見る。残念ながら保存状態は悪い。ヌエバ広場に戻ってしばらくボーっとする。マドリッド行きの夜行までまだ4時間ほどあるのでサンニコラス教会に行き、夕方のアランブラを目に焼き付ける。今日は陽が出ないので、赤いアランブラは見られそうにない。
あたりがだんだん暗くなってきたので、急いでアランブラに戻る。今日は土曜日なので王宮だけ夜も入場できるのだ。チケットを買うと王宮しか入れないのに値段は同じで
1000pts(^^;。チケット売り場横の本屋で「アランブラ物語」の日本語版を売っている(1300pts)のに気が付いた。「アランブラ物語」は文庫本で過去2回、スペインに来る途中の飛行機で読んでいるが、今日見つけたのは結構奇麗な挿絵が入っていたので記念にと購入した。
早速王宮に急ぐと、夜の部も一番乗りであった(^^)v。中に入ってみると、ライオンのパティオはライトアップが無いぶん昼間には劣る(ただし夜は夜でなかなか神秘的でよい)ものの、各部屋は照明が均等に当たるため昼間より細かい模様まで観られてとても良い感じだ。またうるさいツアー客が来ないこともあって、非常に静かに王宮を見学することができる。昼間より神秘的な雰囲気が漂う夜のアランブラも時間があれば是非入ってみることをお薦めする。
ともあれ、各部屋に再び別れを告げながら王宮を散策する。自分の足音がアランブラにこだまする。「アベンセラヘスの間」の椅子に腰掛け、さっき買ったアランブラ物語を読み始める。静かで幻想的な雰囲気の中でアランブラの伝説や言い伝えを読む。ふと目を上げると、そこには緻密を極めたアラベスク。こんな贅沢は昼間の見学ではできなかっただろう。さようならアランブラ。僕はまた必ずここに戻って来るから、と誓いを新たにする。21:00
前にアランブラを後にし、急いでサンニコラス教会に戻る。夜景のアランブラはいよいよこれで見納めだからと目に焼き付ける。何年かけてもまたきっとここに戻って来るから、それまで変らず僕を待っていてくれよ、アランブラ!
ヌエバ広場に戻ってボガディージョ定食で遅い夕食を取り RENFE 駅へ。電車は
23:15 発のマドリッド行き簡易寝台だが 22:30 にはホームに電車が入ってきたので、寒さを避ける意味もあり早々に乗り込む。さようなら僕の街グラナダ!。またいつかきっと帰って来るよ。そんな想いを載せて、列車は定刻通りグラナダを発車した。今日の同室はフランス人が2人だけらしい。挨拶はしたものの特に会話を交わすことも無いままいつの間にか眠りに落ちていた。