Last update 99/04/03
3/18
![]() |
さぁ、いよいよスペイン旅行の始まりだ。11:00 に成田を離陸しヨーロッパに向かう。今回使ったのはルフトハンザなのでフランクフルト乗り換えでマドリッドに入ることになる。出された機内食を完食し、さらに軽食まで平らげて(^^;、12時間程度でようやくフランクフルトに到着。しかし到着ロビーに入るなりいきなりタバコ臭が充満していて思いっきり悪印象(ーー;)。その後マドリード行きの飛行機に乗り換えるのだが、EU統合により最初に訪れるEU国で入国審査を行うことになるので、フランクフルトで入国審査と通関を受ける。そのかわりスペイン入国は完全にフリーパスになるはずだ。
しかしこの入国審査が結構混んでいて、しかも外人はあまり並ぶということをしないらしい。おかげでなかなか順番が進まない(ーー;)。そういえば阪神大震災の時に被災者が列を作って配給を受けている映像を見て外人は一様に驚いたというウワサをきいたことがある。そう言えば海外の配給を見ていると配給物資を我先に奪い合ってるもんなぁ(^^;
何とか入国審査を済ませてマドリッド行きの飛行機に乗り込む。窓際の席になったものの薄い雲が掛かっていて地上の景色はほとんど見えない。機内食を平らげつつ2時間ほどでマドリッドに到着。7時過ぎだがまだ外は薄暮といったところ。以前は2回とも22時頃に着いたので、明るいうちにマドリッドに着いたのは始めてである。この「明るいうちに着く」というのは個人旅行には結構重要で、あまり遅く着くとホテル予約オフィスなんかは閉まっていて慌てることになる。以前の2回は22時頃に着くにもかかわらずホテルの予約をしていなかった(当然空港のホテル予約センターも閉まっていた)ので結構スリリングな旅だったが、さすがに今回は到着日と帰国の前日だけは日本で予約をしておいた。やはり落ち着き先が決っていると精神的に余裕が生まれる。
さて、ペセタへの両替を済ませてまず RENFE(スペイン国鉄)の営業所へ。経験で街中の営業所や駅の窓口がいつも混んでいるのを知っていたので空港で切符を購入しようという腹積もりだ。ただいくらスペイン語を勉強してるとはいえネイティブのスペイン語は速いし、発券に間違いがあっては大変なので欲しい切符の詳細をあらかじめプリントアウトして係員のお兄ちゃんに見せる。おかげで5分もかからず切符4枚を間違いなく購入。スペインの北と南を簡易寝台でマドリッドと往復しても全部で2万ペセタ弱。やはりスペインだけをゆっくりと回るならユーレイルパスはもとより、スペイン国鉄パスですら必要はないだろう。
守備良く切符を手に入れたのでいよいよマドリッド市内に乗り込む。しかしこの瞬間が一番気を使うところ。「地球の歩き方」のような個人旅行用ガイドには「空港バスが着くコロン広場は非常に危険」と書かれている。今年の夏には空港まで地下鉄が開通するようだが未完成のうちは仕方がない。バスの運ちゃんに「アメリカ大通りで降りたい。着いたら教えてくれ」と壊れたスペイン語で頼んでみると一応通じたようだ。アメリカ大通りでバスを降り、タクシーを拾って予約しておいたホテルに向かう。タクシーの運ちゃんとしばし雑談(スペイン語)。明日は祝日なのでマドリッドから出る車でごった返しているんだと運ちゃんは言う。明日がバレンシアの火祭りのフィナーレとのことで特にバレンシア方面が混んでいるらしい。その後ホテルでTVニュースを見ていたら確かに渋滞情報を流していた。日本もスペインも休日には人が動くらしい。
ちなみに宿泊したホテルがなかなかナニなホテルだった。朝食付きの4つ星ホテルだが日本で払った値段は
\6500。4つ星ホテルにしてはかなり安い(^^;。日本のホテルと比べるとかなり部屋が広いのはともかくとして、何故か襖があったりドアが襖風になっていたりする。まさかマドリッドのホテルで日本文化に触れるとは思ってもみなかった(^^;。とりあえず電源を確保してこの日記を書いているともう21時になってることに気付く。時差は8時間だから日本時間では朝の5時。普段からヨーロッパ時間で生活しているとはいえ、やはり本場に来ると眠くなる。おまけに今日はとても神経を使った。眠さに耐えきれず、日記の入力もそこそこに眠りに就く。
3/19
![]() ![]() |
| セゴビアへの往復切符。ペセタとユーロで料金が表示されている。 右は RENFE 近郊線の2階建列車 |
![]() |
| スペインでもっとも大規模なローマ時代の水道橋 |
![]() |
| シンデレラ城のオリジナル |
朝8時に起床。ぐっすりと眠ったことと普段のヨーロッパ時間生活のおかげで一発で時差ボケは解消(^^)。ここらへんの適応性の高さがヨーロッパとアメリカと決定的に違う所である。昨日出来なかった電話アクセスを試す。接続はアサヒネット、ニフティとも可能だが、課金信号が入るのか一定時間で切れてしまう。課金信号に耐えられるようモデムの設定を若干変更し、取り急ぎ
BBS巡りとメールの送信をしておく。
ホテルをチェックアウトして、ひとまずチャマルティン駅へ向かう。地下鉄を乗り継いで到着。荷物を暗号式自動ロッカーに預けてセゴビアへ。切符にはペセタの他にユーロでも料金が書かれている。「1つのヨーロッパ」への対応は着々と進んでいるんだなと実感する。近郊線にしては異様に豪華な2階建ての列車に乗り込み30分もすると頂上付近に雪を頂く峰々が見え始める。2時間ほどでセゴビアに到着。列車を降りた途端にスペインの陽射しが目に突きささる。スペインの太陽はどうしてこんなにまぶしいんだろう。どう控え目に見ても日本の2倍はまぶしい。サングラスが欲しくなる。
駅を出ると同時に市の中心部へ向かうバスがやってきた。しかし混んでいたので1本見送ったら次のバスがなかなか来ない(^^;。スペイン人のオネーチャンと「来ないねー」などと談話。ただし会話はオネーチャンが僕の壊れたスペイン語に業を煮やしたため英語中心(爆)。さらにしばらく待つとさっきとは違う系統(2系統)だがバスが来たので、オネーチャン達と乗る。しばらくすると都合よく有名な水道橋のところへ辿り着いた。水道橋から上り坂を登り、大聖堂の前のマヨール広場にたどり着く。時間は2時半を過ぎている。昼飯がまだだったのでマヨール広場のカフェレストランで日替わり定食を注文。魚と豆のスープに白身魚のグリル、食後のアイスにミネラルウォーターで
2000pts。味は悪くないがとにかく量が多い。特に食後のアイスクリームは余計だ(^^;。
食後にシンデレラ城のモデルになったアルカサールを眺める。確かに浦安のシンデレラ城もこんな感じだったと納得しつつ帰路につく。バス乗り場で4系統のバスを待っていると、道の反対側からオジサンが近づいて来た。
オジサン「スペイン語話せるか?」
僕「いや(^^;」
オジサン「ここでバス待ってんのか? 駅へ行くのか?」
僕「うん、RENFE 駅に行くんだけど」
オジサン「今日はバス来ないよ」
僕「ホント?」
オジサン「発車まであと1時間ある。ここをまっすぐ歩いていきな」
僕「OK どうもありがとう」
どうやらこの4系統は平日しか走っていないらしい。そう言えば今日は祭日だったと後で納得する。ともあれスペイン語を勉強してから初めて、相手の言うことが耳だけで
99% 理解できた。しかも機関銃の如くしゃべるネイティブなスペイン語である。言葉が解ると旅はとても楽しくなる。
駅に着くと既に電車が止まっていた。「グアダラハラ行」と書いてある。若干不安になったが他に定刻に発車しそうな列車がないようなので乗る。後でわかったのだが、グアダラハラはマドリッドの更に先にある都市だった。ともあれ電車は動き出した。ところが驚いたことに
18:55 発のはずなのに 18:53 には発車してしまう(^^;。ちなみに僕の時計はちゃんと秒まで合わせてあるので、たぶん運ちゃんの時計が進んでいるのであろう。ここらへんのいい加減さがいかにもスペインである(^^;
8時半頃チャマルティン駅に戻って来る。ミネラルウォーターを買い、紙の手帳に日記を付ける。チャンドラ2(サブノート・パソコン)に入力する時間はたっぷりあるが、こんな人の多い駅でサブノートを広げるのは「盗んで下さい」と言うようなもの。チャマルティン駅はいつも警官がパトロールしていて安心感はあるが、用心するにこしたことはない。異国の地で「モバイラー」にはなりたくても「カモ」になるのは御免である(^^;。
この日記を付けている横ではフランス人の中学生(もしかしたら小学校高学年かも)の修学旅行(?)のガキどもがうるさい。世界一団体行動が苦手なフランス人でも修学旅行するんだ、と妙に感心する。そうこうしているうちに列車が入って来た。22:45
発のヒホン行き簡易寝台に乗り込む。列車はビルバオなど他の北スペインの都市への列車との混成編成のようだ。コンパートメントで一緒になった学生はバレンシアの火祭りの帰りとのこと。簡易寝台は6人で1コンパートメントだが、今日はこのコンパートメントは2人だけらしい。話もそこそこに
23:30 には眠りに就く。明日はアストゥーリアス地方の中心地オビエドだ。
3/20
![]() |
| オビエドの大聖堂 |
![]() |
| コバドンガ教会。教会の向こう側は絶壁(^^; |
![]() |
| レコンキスタ(国土回復運動)の最初の勝利者、 ゴート貴族のペラヨ。レコンキスタはここコバドンガから始まった。 |
朝7時、オビエドに到着。あたりはまだ暗い。駅には数日後に乗る予定の FEVE(ローカル私鉄)が停車している。駅のカフェテリアでミルクコーヒーと菓子パンという極めてスペイン的な朝食にありつく。そうこうしているうちにようやく辺りが明るくなって来た。気温は6℃だがトレーナーを着れば何故か寒くない。普段は邪魔なだけの天然皮下脂肪が役に立ったぜ(爆)。しばらく街の中心にある公園で時間を潰す。ここの公園にはいろんな鳥が放し飼いになっている。驚いたことに孔雀まで放し飼いだ(^^;
9時を過ぎた頃から宿捜しを始める。手頃なところをいくつかあたってみるが軒並み満室。回線確保のためにとにかく各部屋に電話が引かれているホテルを探す。大聖堂の近くの1つ星ホテルに聞いてみると、シングルは空いていないが、ツイン部屋のシングルユースで
6000pts にするとのこと。バス、テレビ、電話線(RJ11)があるしホテル捜しをする時間ももったいないので即決する。スペイン的感覚からすればお値段は高めだが日本円にすれば
5000円強なので決して高くはない。
宿も決ったし、天気も比較的良いので今日は予定を前倒しにしてカンガス・デ・オニス経由の快速バスでコバドンガに向かう。料金
785pts。チケット売り場では英語は当然通じないのでスペイン語で会話。何とか壊れたスペイン語でも切符を買うことができた。バスに乗って20分もすると景色は本当に非スペイン的になってくる。フランスやドイツと言って写真を見せてもまずバレないだろうという非スペイン的な景色が続く。辺りは牧草地だらけで牛がのんびりと草を食んでいる。
途中いくつかの停車を経て1時間半ぐらいでコバドンガに到着。えらい山の中の崖の上に教会が建っている。スペインとポルトガルはヨーロッパで唯一イスラム教徒に統治されたことのある国。イスラム教徒は
711年にイベリア半島南部に上陸し、怒濤の勢いでピレネー山脈付近まで攻め上ってきたのだ。このコバドンガはスペインの北端のしかも山の中。キリスト教徒たちはこんなところまで追い込まれていたのかと感慨にひたる。まさにイスラム教徒侮り難し。その後イスラム教徒はフランス南部でキリスト教徒に敗れ、徐々に南に押し戻されて行くわけだが、スペインでは
718年のコバドンガの戦いがキリスト教徒の最初の反撃となった。その後7世紀もの長い年月をかけてレコンキスタ(国土回復運動)が進み、1492年にイサベラ女王とフェルナンドの「カトリック両王」がグラナダを再占領してようやくスペインが再統一されるのである。余談だが
1492年といえばコロンブスの新大陸発見の年。その後スペインは黄金時代を迎えることになる。
コバドンガで有名なのは、キリスト教徒に最初の勝利をもたらした、とされて洞窟の中に祭られたマリア像。ギターを始めるきっかけとなった19年前の名曲アルバムの「アストゥーリアス」にもこのマリア像が映っていた。「ようやく来たぞ、ギターという素晴らしい趣味をくれてありがとう」とマリア像に語りかける。天気は曇ったこともあって気温は下がり気味。風が吹くとかなり寒い。帰りのバスを待つ間かなり凍える(^^;
帰りのバスは各駅停車。しかし運ちゃんは果敢に道路を攻めている。ヨーロッパの道は幅が広く(特に路肩が広い)、道全体を使ってカーブを攻めたり追い越しをしたりしている。とにかく一般道でも市街地から出てしまえば法定速度
100km/H ぐらいのところもあるし(^^;、概してスペイン人はせっかちなのだ。路線バスにもかかわらず派手にクラクションを鳴らしてガンガンと車を抜き去り、牧歌的風景の中をバスは快調に飛ばしていく。途中、街中の道路を使ってバイクレースをやっているらしく、バスが全然進まなくなる。5分ほど待つが埒が開かないので運ちゃんがクラクションを一発かますと動き出した(^^;。再び快適に飛ばしていると今度は別の街近くの交差点で警官が交通整理をしており再度渋滞する。何だろうと思っていると今度は自転車レースだった(爆)。なんだなんだ? 今日は全国的にレースの日か?(^^;。
バスではラジオをかけ放しにしてあるのだが、時折ファジャとかフィエスタ(お祭り)という単語が聞こえる。ファジャといえばバレンシアの火祭りのことである。どうやら火祭りは我々が考えている以上にスペイン人にとっては重要な祭りらしい。そう言えばオビエドに来る時に乗った寝台の同室のスペイン人のお兄ーちゃんもファジャを見た帰りだと言ってたっけ。
そんなこんなでオビエドに帰り着いてから RENFE ローカル線の時刻を調べておく。今日予定を少し早めてコバドンガに行ったので、明日は海辺の街ヒホンにでも行ってみようという腹積もりだ。時刻表をもらった後はスーパーで買い物。明日は日曜日だからほとんどの店が閉まるはずなので今日のうちに食料を買い込んでおかないと大変だ。バス停近くのスーパーに入るがレジではかごの中身は自分で取り出すのがヨーロッパ流のようだ。過去に経験したはずだがすっかり忘れていた。さらにフルーツは自分で重さを量って料金シールを張る必要があるらしい。レジのセニョーラを手間取らせてしまった。これだから外国での買い物は難しい。
7時頃宿に引き上げ、メールチェックをする。マドリッドで出したメールが宛て先不明で戻って来ている。良く見るとメールアドレスがおかしい。改行コードがうまく認識されておらず、メールアドレスの中に本文まで紛れ込んでいる(爆)。改行コード設定を調整し、内容を書き直して再度送信。今度はうまく送れただろうか? 後で戻って来るか確認してみよう。その後はこの日記を書いたり、電話でグラナダの宿の手配を試みる。残念ながらグラナダの手頃な宿は満杯で予約できず。うーむ。仕方ないので現地で探すことにしよう。買って来たパンと生ハムとチーズでボガディージョを作って夕食。21時になるとさすがに眠くなってくる。日本時間では朝4時頃だから無理も無いか。ベッドで横になっているうちにいつの間にか眠ってしまう。
3/21
![]() |
| まったく違ったスペインがここにはある |
![]() |
| カンタブリカの海を臨む教会 |
![]() |
| 海岸と反対側にあるヨットハーバー |
朝風呂に入ってから10時に宿を出る。昨日予定を前倒しにしてコバドンガに行ったので、今日はまるまる1日余ってしまった。せっかくスペイン北部に来ているのだからカンタブリカの海を見ようと、海辺の街ヒホンに向かう。RENFE
のローカル線で30分程度。途中、昨日も何度か見たネズミ返し(?)付き高床倉庫を見掛ける。洋の東西を問わず人間の考えることは同じらしい。景色はやはり中部ヨーロッパ風だ。
ヒホンに到着するが駅にはツーリストインフォメーションが無い。ただいたるところに英語の併記があるから、どうやらここは夏場に外国人が多く訪れるリゾート地のようだと直感する。とりあえず駅を背にして歩き始める。今回は「地球の歩き方」ともう1冊ガイドブックを持って来たが、あいにくどちらにもヒホンは紹介されておらずなんの事前情報もない。地図が無いのでいつでも駅に戻れるようにと用心深く辺りの景色を覚えながら進む。しばらく行くと左手に港が見えたのでそちらに出てみる。辺りを見回すとツーリストインフォメーションがあった。ラッキー(^^)。だが日曜日なのでしっかりと閉まっていた(爆)。しかしウインドウに街の地図があったので街の概要を把握する。ふむふむ。どうやら市街地の反対側に海岸があるようだな。近くの新聞スタンドで地図を買って、早速海岸側に出てみる。すると!。美しい弧を描く海岸と白波を立てるカンタブリカの海。そして教会。とても絵になる。デジカメ写真を撮りまくる。近くに丘があったので登ってみると街を一望でき、カンタブリカの海を見渡すことができて大満足。潮風がとても心地良い。
が。景色は良かったが問題は気温だった(^^;。だいたい10℃前後。ただし陽が出ればやけに暑い。でも陰ればカンタブリカからの風が冷たくとても寒い。初夏と初冬が同居している。なんてこったい。しばらく景色に見とれていたが、寒くなってきたし時間も12時を回ったのでレストランを探す。せっかく港町に来ているのだから海産物の定食でも、と何件かレストランをあたるが昼食メニューは1時半頃からだ、と冷たい返事(^^;。そうか、スペインは昼飯も遅かったんだと思い出す。しばらく街をぶらついて時間を潰してから海岸の見える2本フォークのレストランに入って定食を注文する。前菜はパエジャだがこれがなかなか豪華。海産物、鶏肉がたっぷりでニンニクの効いた本格派。しかも量が多い。日本ならこの半分の量で
\1000ぐらい平気で取るだろうなどと考えつつ舌鼓を打つ。メインディッシュはイカとタマネギのイカ墨煮(?)。後でわかったのだがこれは北部スペインの名物料理。付け合わせのポテトのバターソテーも旨い。ミネラルウォーター(ワインも可)にデザートのプリン、コーヒーが付いてたったの
1200pts。しかし満足度は日本円で \5000 ぐらいの感じである(^^;
昼食後、2時間ほど海辺でぼーっとする。気に入った場所であえて何もしないことこそ旅の最高の贅沢である(と僕は思っている)。たまたま余った1日で来たヒホンだったが、とんでもなく大正解だった。ガイドブックに出ていないのが不思議なぐらいだ。海岸だけでなく大きな教会などもあるので、北スペインに来たら是非とも寄ってみて欲しいお薦めの都市だ。ちなみにオビエド、ヒホンともまったく日本人に会わなかったことからもわかるように、変に観光ズレしていないところもポイントが高い。もっとも夏になればフランス人やドイツ人でごった返して印象も変わるのだろうが(^^;
オビエドのホテルに戻ってからメールチェックをすると、昨日のメールの返事が来ていた。しかし相手に着いたメールは本文がかなり欠けている。設定はニフティの推奨通りにしているのにまったく困ったもんだ。業を煮やして勤務先のサーバーからメールを投げる。これならうまくいくはずだ。しかし4月からはこのサーバーは使えなくなるから今後海外からメールを投げるにはどうしたものかと大いに悩む(^^;
まだ眠たくないので久々にチャンドラ2で Diablo をやる(爆)。出てきたアイテムは気温同様寒かった(^^;。そうそう、Diablo
といえば、実はグラナダから Battle.net チャット参戦を目論んでいる。グラナダからGRANADA隊長がチャットに登場するなんて素晴らしいではないか!(おぃおぃ(^^;)
3/22
![]() |
| ローカル私鉄 FEVE |
![]() |
| リアス海岸の入り江の町 |
朝7時に宿を引き払い、オビエド 7:45 発のフェロール行 FEVE 電車に乗り込む。途中、19年前の「名曲アルバム」で見たクディジェーロ村を偶然にも見つけ大いに興奮する。「名曲アルバム」ではこのクディジェーロ村の断崖から寒々としたカンタブリカの海をバックにしてアルベニスの「アストゥーリアス」をかけていた。僕はその光景と音楽にいたく感動してギターを始めたわけで、いわば僕のギターの原点がここにあったわけだ。それにしてもこんな所にあったか。知っていたら絶対に1泊してカンタブリカの海を眺めたのに。
そんなことを考えている間にも周りで皆がタバコをジャンジャン吸うので死にそうになる。7時間の電車移動の内3時間半でとうとう耐えきれなくなり、2両あるうちのもう1両に移動するとそこはちゃんと禁煙車だった(爆)。あー天国。幸いこちらに乗っている乗客はルールを守っており空気は清浄であった。うーーー、それにしても車体の外に禁煙表示が無かったのでまったく気がつかなかった。くそーーー。3時間半もいらん我慢をしてしまったい(ーー;)。
禁煙車に移った頃から天気も回復し、曇り時々晴れといった感じになる。ただ一部には暗雲が垂れ込めており、遠くには竜巻すら見える(^^;。あたりはやはりあたかも中部ヨーロッパのような牧歌的な景色が続いている。終着駅のフェロールまで3時間を切った頃、ようやく電車が海岸沿いを走り出す。もしこの区間を乗ることがあるなら海が見える進行方向右側の席をお薦めする。ただしオビエドを出てから
30分ほどで電車の進行方向が反転するので、オビエド駅では進行方向左側、席を進行方向と反対側に倒して乗ることをお薦めする。
ところが電車がせっかく海沿いを走り出したのに、しばらくして電車は再び海岸から離れた山の中を走り出した。やはりリアス式海岸の本家だけあってあまり海岸沿いばかりを走ると必要以上に距離が伸びるらしい。電車は市街地すら避けて(^^;、ひたすら森の中を走っていく。さすがに
costa verde(緑の海岸)というだけあって緑は豊かで辺りはユーカリに似た木が密生している。もっともこれらは植林されたものらしいのだが、いずれにしても植生は日本とはまったく違う。通過する駅には標準スペイン語(カスティージャ語)では滅多に見ない
X の文字が多く見られるようになってきた。そういえばここはガリシア語圏だった。標準語では
J の文字がガリシア語では X になるらしい。余談だがガリシア語は標準スペイン語とは語源が違い、ポルトガル語の母体となった言語。バルセロナ付近のカタルーニャ語(フランス語に近い)や東北部スペインのバスク語(語源不明)もそうだが、一口にスペインといっても実際には方言というにはあまりに違いすぎるいろんな言葉が公用語として使われている。(ただしその大部分では標準スペイン語でも通じる。)
ともあれ、7時間かけて電車はようやくフェロールに到着。ラッキーなことに
RENFE と FEVE の駅は共用で駅を捜す手間が省けた。しかし例によってガイドブックに載っていない街なので勝手がわからない。地図を買えるような売店もまったく見当たらず、とぼとぼと町の中心と思しきところへ歩き出す。今日はすべての荷物を持っているので結構肩が痛い。向こうから歩いて来たセニョーラに旅行インフォメーションの場所を聞いてみると、まっすぐ行けばすぐある、という。ガリシア語圏ということもあり、聞き取ったスペイン語に若干の不安を抱きつつ(^^;、そのまま歩いてみると確かにセニョーラの言うとおりインフォメーションがあった。しかし。シェスタで閉まっていた(泣)。幸い天気は曇り時々晴れといった感じであまり寒くないし、インフォメーションの前はちょっとした広場になっていて手頃なベンチもある。1時間ほど時間を潰そうとベンチにこしかけてひなたぼっこをしていたらいつの間にか眠ってしまっていた(^^;
ようやく地図を手に入れて街の概要を眺める。基本的に港町だが海際まで建物が並んでいて海は見えない(ーー;)。他にたいした歴史的建造物も無いようなので一旦駅に戻ってボガディージョ(でかい!)とシードラでとても遅い昼食。とにかく重い荷物を何とかしたかったのでコインロッカーに預けようと試みる。400pts
と書いてあるのに 100pts コインが投入口に入らない(^^;。しばらくいろいろと考えたが結局諦め、再び重い荷物を持って街中に戻る(ちなみにこのコインロッカーの謎は翌日解けた)。
簡易寝台の発車は 20:45 だがまだ 18:00 で時間だけはたんまりとある。海に近い公園でひなたぼっこをして時間を潰す。19:00
にようやく陽が傾き始めたので駅に戻ってハンバーガー(これもデカイ!でもうまかった)とアルバリーニョ(地元の白ワイン)で夕食。その後公衆電話でのホテル予約に初トライ。しかし
25pts 入れてもグラナダの市外局番をダイヤルしたところで切れてしまう。電話を替えたりして何度かトライした後、切れる時に液晶画面に「最低
100pts デポジットが必要」と出ていることに気付き、200pts ぐらいデポジットを入れてようやくグラナダまで電話をかけることができた。とりあえずバス、電話、テレビ
etc 付きシングル 7000pts の部屋を確保。日本円に直せばおよそ 6300円。学生時代とは異なりあまり金額に執着する必要が無いのは楽でいい。とりあえず通信回線も確保できそうだ。
そうこうしているうちに 20:45 の寝台に乗り込む。フェロール発は2両編成で、1等寝台×1と簡易寝台×1という編成。ただし簡易寝台の半分はベッドにせずそのまま2等客席にしてあるようだ。なんともこじんまりとした編成だがきっと途中の駅で何両か増結されるのだろう。いずれにしても明日はアビラに7時着だから早く起きなければならない。22:00
頃には眠りに就いてしまった。