Scribbles.?雑文集》 2000年7月2日

『Webサイトユーザビリティ入門』にまつわる雑感

内田明 <uchida@happy.email.ne.jp>

既に旧聞となってしまったけれど、2000年1月に、サイトの使いやすさをテーマにした邦訳書が出版された。『Webサイトユーザビリティ入門』である。以下に、同書にまつわる雑感を記してみた。ひとことでまとめると、「少数の良い例と多数の悪い例を集めた事例集としてはなかなか面白いけれど、サイトの情報を探しやすくするにはどうすればいいかってことの考察は“考え方の入口に立った”だけで終わってるような気がするし、参考になる情報源一覧って感じの付録もないと有り難みが薄いよね」という感じ。


1997年のプロ製作者と2000年のプロ制作者

店頭に並んでいる本書の帯には、1997年に出版された原書に寄せられた、ユーザビリティ工学の権威であるJakob Nielsen博士による推薦文の前半(の翻訳)が、こう記されている。

経験豊富なWebデザイナーにとっても、11ケースもの多様なサイトの事例から得られるユーザビリティに関する考察は必読である。ユーザビリティについての比較検討は、デザインを学ぶのに最適な方法の一つであり、本書は読者が費すはずの多くの時間を節約してくれることになるだろう。

この11ケースの事例というのは、ディスニー、C|net、自動車販売ネットのエドモンズ、等の巨大情報サイトを対象にしたユーザビリティテストのことである。

研究チームは、推薦文を記したNielsen博士らが1994年に行なったWebサイトのユーザビリティテストと同じく、“サイトにある特定の情報を探させる”課題をユーザに与えて行動を観察する他、比較検討させる課題や判断を求める課題を出し、“ユーザが情報検索をする際に何が役に立ち何が役に立たないか”を考察している。

そうやって得たユーザの声(行動)から導き出された5つの推論は、次の通り。(原書の“概説つき目次”も参照のこと。)

  1. グラフィックデザインは役に立たないが害にもならない
  2. テキストリンクが最も重要
  3. ナビゲーションとコンテンツは切りはなせない
  4. 情報検索とサーフィンは異なる
  5. ソフトウェアのようなわけにはいかない

原書が出版された1997年には、例えばDavid Siegelの『Creating Killer Web Sites』(邦訳: 『Webサイト・デザイン改定版』)も出版されている。こうした、デザイナーに対して“ページレイアウトを思い通りにコントロールする手法”や“ネットサーファーに対してクールに見せる方法”を開陳するデザイン本の山の中で、“Web Site Usability: A Designer's Guide”が異彩を放ったであろうことは想像に難くない。

しかし、2000年になって出版された邦訳書『Webサイトユーザビリティ入門』は、“経験豊富なデザイナー”に対して必読であるような考察を語っているかどうかと言われると、少し違うような気がする。

例えば、MDNで1999年に連載された『プロフェッショナルWebデザイン』のページを見てみよう。第1回から第6回までの見出しが、そのまま“企画を立て、実作し、使い勝手を確かめ、悪い点は直す”という、モノづくり全般に共通する手順の解説となっている。(連載7回目からは、具体的なサイト設計の話に入っている。)

  1. コンセプトワーク・プランニング
  2. ウェブサイトの素材と構成
  3. ナビゲーションを考える
  4. ウェブサイトの視覚デザインについて
  5. ウェブページのHTML化(コーディング)
  6. ユーザテストデバッグ

また、あるWebコンテンツ制作会社のサイトに掲げられているWebデザイナーの求人情報には、「ユーザビリティを重視したインターフェイスの構成企画・デザインができる」必要があると謳われている。

ユーザビリティについての実践的知識を身につけていないと、“プロ”たり得ない時代が、日本にも既にやってきていたのではないか。

1998年には“Killer Site”の邦訳書が出版されていることを思うと、2000年になってようやく“Usability Guide”の邦訳書が出版され、かつ1997年当時の宣伝が流用されているあたり、ちょっとタメイキが出ちゃう感じである。

もし邦訳書が増刷されるなら、帯に引用するNielsen博士の推薦文は後半部分の方にして、「これからWebデザイナーを目指すなら、ドローソフトやフォトレタッチソフトのコツを覚えるより先に、ユーザビリティの勘所を押さえよう!」というようなものにする方が、実態に即しているような気がする2000夏の日本のワタクシだ。


何が「ソフトウェアのようなわけにはいかない」のか

『Webサイトユーザビリティ入門』の著者がテストから引き出した5つの推論のうち、最後の1点は、一見奇妙な感じがする。

  1. ソフトウェアのようなわけにはいかない

実はこれ、“ソフトウエアとWebサイトではユーザビリティを考察するためのアプローチが全く異なる”というような話ではない。“ソフトウエアの場合は使い勝手が良好な製品とユーザが気に入る製品は概ね一致するけれど、サイトの場合は好きかどうかと使い勝手の良し悪しに相関が見られない”、“なぜならテレビ番組等と同様に「よい」番組かどうかだけでなく「出演者が好きだから好き」といった理由があるからだ”という、ただそれだけの話なのだった。


もし自分が推薦文を書くとしたら

『Webサイトユーザビリティ入門』という題名からは、Webサイトのユーザビリティというテーマに関する体系的な知識・技術を学べそうであると期待されるが、そうではない。著者が、「このレポートの目的」に、「このレポートで取り挙げるのはWebサイトデザインの理論ではありません」と記している通りである。

本書には、改定前後でテストを繰り返した2サイトを含む9サイト――延べ11サイト――について著者らがユーザビリティテストを行なった結果から得た幾つかの考察と、個々のサイトについての意見、テスト方法についての解説が記されている。

テストを通じて、それまで“よい”コンテンツづくりの秘訣とされてきた通説や神話が覆されることもあれば、役立つことが改めて判ったりしている。

例えば、本書の第3章はリンクに関する考察を述べており、“どんなリンクが情報検索時の使い勝手を向上させるか”について抽出されている教訓は、再確認するまでもないと思われるくらい当たり前のことである。

そんなこと、“ローラ本”の頃から分ってるじゃないか!

いやいや、ここで、原書の内容見本(第3章)を眺めていただきたい。本書は、ユーザビリティに関する事例研究のレポートであるが故に、実際に存在した良い例と悪い例が山盛りなのである。

知識と経験を充分に持っているプロの場合はともかく、ワタクシのような素人制作者にとっては、具体例の存在は実にありがたい。

例えば外国語の教科書・参考書類には、文法重視の解説書もあれば、“海外旅行ミニ会話集”みたいなジャンルもある。実事例満載の本書を、この“会話集”的なものと捉らえるならば、お薦めの一冊である。

ところで、これまで“ユーザの情報検索を助ける”ために有効だと考えられてきたことで、テストの結果有効性が疑われるようなものはあったか、というと、特に無かった。強いて言うなら、“ユーザはスクロールすることを好まない(から重要な内容は最初の1スクリーン分に納めろ)”と言われている話について、“ユーザが新しいサイトを訪れた際の初回クリック位置は1スクリーン分のエリアよりも下にスクロールしたところだった”という例を挙げながら、“ユーザはスクロールすることを苦にしていない”という反論を掲げているくらいである。

“よい”コンテンツづくりの秘訣とされてきた通説や神話のうち、情報検索に役立たない(か無関係である)と言われたものは、見栄えが“よい”コンテンツづくりの秘訣や、メンテナンス性が“よい”コンテンツづくりの秘訣であった。わざわざテストしなくとも判りそうなものだし、どこをどのくらい変えたらどのくらい情報検索性能が良くなるかというテストは行なわれていない。この意味では、面白みの薄い本だ。


参考情報

『Webサイトユーザビリティ入門』 (Web Site Usability: A Designer's Guide)
『Webサイト・デザイン 改定版』 (CREATING KILLER WEB SITES)
“ローラ本”こと『HTML入門 WWWページの作成と公開』 (Teach Yourself Web Publishing with HTML in a Week)
『Alertbox』

Jakob Nielsen、http://www.useit.com/alertbox/

『Ameritech Web Page User Interface Standards and Design Guidelines』

Ameritech、 http://www.ameritech.com/corporate/testtown/library/standard/web_guidelines/index.html

『Web Graphics - elements of Web Design』

C|net、Ben Benjamin http://builder.cnet.com/Graphics/Design/

『IBM Web Design Guidelines』

IBM、 http://www.ibm.com/ibm/hci/guidelines/web/web_design.html

『Web Style Guide』

Yale大学、hhttp://info.med.yale.edu/caim/manual/contents.html


2000年7月2日
内田明
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