前略、突然の便り、驚かれたかもしれません。遠い昔、沈む夕日を長いこと二人で黙ってみていたあの日のこと、覚えていますか。あれは房総の海でした。初めて君と出会った民宿から5分ほど南に歩いた岩場でした。食事の時に隣りのテーブルにいた君に、当時カメラに凝っていた僕が夕食後に夕日を撮るというので君が興味を持って一緒に来たのだったか、僕が君を誘ったのか、もう忘れたけれど、君をモデルに撮った写真を含めフィルム2本をあっという間に撮り終えた僕を信じられないといった目で君は見ていましたね。夕日と同じ色のオレンジ色のタンクトップに濃い青のデニムのパンツが夕日を浴びて輝いていました

 結局、僕たちは夕日が沈んでいく30分ほどの時間で、何故か意気投合し自動販売機のビールを二人で4本も空け、お互いの夢や不安を語り合いました。それから蚊の大軍に襲われ、ほうほうの体で宿まで帰り、君の部屋で遠くに砂浜に寄せては返す波の音を聞きながら、またただ黙ってお互いの足元を見つめていました。君に触れている僕の左肩が、君が震えているのを感じ、そっと左手を君の左肩にまわして抱きしめると、君は僕の胸に倒れ込む様に僕に体を預けてきて、それでもまだ少し震えていました。

 寒いかい、と聞く僕に首を振り「強く抱いて」、と言った君は、自分でも僕に強くしがみつくように両腕を僕の首に回し少し熱を持った頬を押し付けてきました。

………CMタイムです………

 翌朝は、当然のように僕たちは一緒のテーブルで朝食を摂りましたが、君はもう帰る日でしたね。一緒に来ていた君の友達が、急に帰らなくちゃいけなくなって、あの日は1人で泊まっていたんだった。朝食を終え、砂浜でお互いの住所と電話番号を交換してから君は聞きました。「カメラは持って来ないの」と、カメラが砂で駄目になるから、と答えると、君はバッグから小さなカメラを取り出し、恥ずかしそうに白い歯を見せて微笑むと、僕に渡しながら、「撮ってくれる?」と聞きました。うん、とカメラを受け取ると僕はゆっくりと構図を決めると、3枚ほどシャッターを切り僕と君の顔を寄せ合って、もう1枚撮りました。

 それから横浜まで帰るために着替えた君と、バスを待って10分ほど話をして、また会うことを約束しました。水色のパステルカラーのTシャツにブルージーンズの君は、いたずらっぽく笑い、「写真も送ってよ」と、堤防に体をあずけ、遠くを見ながら言いました。やがてバスがやって来て君を乗せて走り去るのを見送った僕は、なんとなくため息を吐き、また海を見つめて首を一つ横に振ると、自分の荷物をまとめバスが走り去った方向にカローラを駆ってバスを追いかけ、駅前の信号で追いつきました。

 「んー、なんと言うか、…帰りの旅費を節約しないかい。」

バスを降りてきた君を呼びとめ、思い切って行って見た。始めはぽかん、としていた君の顔、今でも思い出すよ。それから、なんともすてきな笑顔になって君は力強くうなずいたね。

 帰り道、寄り道しながら横浜まで君を送って行った。京葉道路から首都高速を通り、川崎のあたりで太陽が真正面に沈み始めた。グローブボックスからサングラスを出してもらうと君は僕の左手を両手で握り、

「昨日の夕日より、キレイだね。夕日って、キレイだね。」

つぶやくようにそう言ったのを僕は忘れてはいません。

         2001年7月21日 アンクル・ハーリー亭主人

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2001.7.21掲載