前略、電話が終わってすぐ、この手紙を書いています。あの日、偶然君に会った時は、いろいろな思いで胸が一杯で、結局言いたい事の10%も言えずに帰ってきてしまいました。それなのに、まさか君が今夜電話をくれるとは。遠くに流れ去っていったはずの過去をもう1度やり直せる、そんな気になってくれたのでしょうか。
Kと別れた事は、なんとなく周りから耳にしていましたが、君が横浜に住んでいるとは、全く思いもよらない事でした。東京で生まれ育った僕たちは、昔の面影が無くなってしまった所に帰る気持ちにもなれないようですね。君の心変わりを責めているわけでは有りません。
君がKのところに行ってしまったあの日、僕は何をする気にもなれず、横になって涙を流し続けていました。何も考えていない様で、よくこんなに涙が出るものだ、と考えていたのを思い出します。「良い人」、と言われて僕は、どうすれば良かったのだろう、その事だけを何回も何回も自分に問い掛けていました。
今の電話で君は、僕の事を忘れられなかった、と言ってくれた。僕も同じ気持ちか、確かめもせずに。君が言っていた通り、僕には妻と子供がいます。もう、昔のように君を愛す事が出来るか自信が有りません。でも、卑怯者と言われても、君に知らん顔をするより、わずかの時間でも一緒にいたいと思う自分がいることにも気が付いてしまいました。
このままの状態だと、お互いが不幸になるかもしれない、そう僕が言った時、君は少しの躊躇も無く、不幸は全部自分で背負っていきます、と言った。君は、それほど僕との関係をやり直そうとする気持ちを捨てられませんか。そうする事で君がまた傷ついても、何もしてあげられないと僕は思います。僕はもう、昔のような「良い人」ではないのです。
Kと僕は、君の言うように、かっては親友だったかもしれない。でも、君のために壊れてしまう友情なんて、始めから無いも同然だったと思う。僕の友人たちも、Kと君を責めた事が有ったそうだね。でも、誰も、君たちを責める権利など有りはしなかった、その証拠に、僕の友人は1人減り、2人減りして、君も知っている昔の音楽仲間だけになってしまった。
友情なんて思っていたのが大きな誤解だったんだ。だから、その事で君は僕に何の負い目も持つ必要はない。僕の方こそ、子供のように泣いて君を引き止めようとした、その事が恥ずかしいと思っている。
さて、長々と結論を引き延ばしていても、何の益も無いから、僕の正直な気持ちを、君に伝えよう。自分でも、自分の狡さが嫌になるけれど、僕は家庭を壊したくない、けれど君をまた失いたくもない。もう1度会って、お互いの気持ちを確かめ合いたいと思う。
来月の10日の土曜日。午後7時に銀座第一ホテルの2階ロビーで待っています。君の気持ちが変わらなかったら、来て下さい。食事は15階の車屋に予約を入れておきました。そのあと、ルミエールでカクテルでも飲みながら話しましょう。君はギムレットを飲みながら、銀座のネオンを見るのが好きだったね。勝手だけれども、部屋も予約をしてあります。草々
なんて話がないかなあ、と思う今日この頃です。第一ホテルも倒産だしなあ。
2000年5月27日 アンクル・ハーリー亭主人