夜明け前の薄暗い道を、君の腕を取って、引きずるように歩いたあの日。あの日の事は忘れない。君がすっかり酔って正体を失ったようになっていたから、見ていられなくなったんだ。君がいとしくて、可哀相で、好きで、何より大切で、君の家に送り届ける間に何回抱きしめたいと思ったろう。

 あの日、心臓が口から飛び出しそうな気持ちでKの彼女の部屋に行ってみたら、君がいたね。僕の目を睨みつけながら、煙草を吸っていた。Kも心配して僕を呼んだんだ。あの時、君の心の中で何があったのか、やっとその時になって気が付いたんだ。

 あの時、僕が怒って煙草を取り上げたら、君は僕にむしゃぶりついて泣いたね。僕はもっと君に優しくしてあげなければならなかったんだね。それなのに僕は、君を叱り付けて、泣いている君に無理矢理コートを着せて、Kたちに礼も言わず外に出た。

 恥ずかしい、とっても恥ずかしかったんだ。それだけで君の心の傷に一顧だにしなかった僕は、なんてひどい男だったろう。結局、君の家にも帰らず、吾妻橋の橋の真ん中で、二人とも黙ってだんだん明るくなってくる空を、消えて行く星を見ていた。

 そしてやっと、とにかく君を家につれて帰らなければと思い、タクシーを待ったけれど、時間も場所も悪かったのか、少しも捕まらなかった。あきらめて、君の腕を取って歩き出したけれど、少しも行かないうちに君は道端に行ってもどしはじめた。僕は君の背をさすりながら、もう一生、君を悲しませないぞと誓ったんだ。

 僕とC子が一夜を過ごした部屋は、僕の誕生日に君と過ごしたホテルの一室だった。その話を直接C子から聞かされた君は、気が動転してKに相談したんだろうね。Kにも僕は絶交されそうになったよ。それから君に会わせる顔も無く、電話をしても出てくれないし、訪ねていっても追いかえされた。君の兄さんにも、事情を聞かれたけれど、とても正直に言えるものじゃなかった。

 そんな時、Kが僕を電話で呼び出し、今、君に全てを告げて謝らなければ取り返しがつかない、そう言われたんだ。僕は急いでKに連れられて君に会いに行ったんだ。酷い奴だと思うだろうが、僕はC子とああなってから、君に対する僕の気持ちが本物の愛情だったと気が付いたような気がする。本当にどうしようもない男だったんだ、僕は。

 だから、君に何を言われても許してもらえるまで謝ろうと思っていた。でも、君は言葉でなく、自分の体を痛めつける事で僕に怒りをぶつけていたんだね。僕は、何よりそんな君の行動によって、君の心の痛みを知った。僕も辛かったけれど、君はそのなん倍も辛かったんだ。

 あの夜から、君はあまり笑わなくなったね。本当に僕の事を許せるのかどうか、きっと考えていたのだろう。僕は待つことにした。君の心に傷をつけたのは僕だし、それを癒せるかは解らないけれど、罪は僕に有るのだし、どんな事があっても、傷を癒して見せるさ。

 もうすぐ、君の誕生日だね。いつもだと君は家族と過ごすのが習慣だったけれど、今年は君の兄さんが、君を誘ってみろと言ってくれた。電話でそれを君に告げたら、あれから初めて声を出して笑ってくれたね。あの夜の事は、僕の心の中に一生忘れず生きようと思う。そして出来れば君も僕のそばに、これからずっと一緒にいてくれないだろうか。どう思う?

   2000年8月19日   アンクル・ハーリー亭主人

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2000.8.19掲載