前略、38時間をかけて、やっとイースター島に到着しました。モアイ像の写真のイメージがあったせいか、思っていたより緑も多く、荒涼とした様子が感じられません。もっとも、先月手放したソルトレークの別荘があるところに比べれば、やや野生味を感じる空港です。 ソルトレークも市の郊外にでれば、それなりに砂漠がありましたが、ここは、砂漠と言うより、岩場という気がします。僕の一番の疑問だった、モアイ像を作るための岩をどこから持ってきたかということは、あっさりと解かってしまいました。 空港から南へ10分も友人の車に乗ると、今でもすぐ像を彫れそうな岩が転がっている石切り場のような場所がありました。どうやって海を望む場所にモアイを運んだかはいまだに疑問ですが、石の方はまだまだ、沢山残っています。 それはそうとして、私の友人を紹介しましょう。かつてはハーバード大学のケネディ校を卒業して、ナッシュビルで弁護士をやっていたのに、モアイ像に興味を持ってこの島に移り住んでしまった男です。カーター・スタンレーが本名ですか、皆から、カート、カートと呼ばれて慕われています。僕とは、ナッシュビルでのグランドオウルオープリーの会場で知り合い、マイク・シーガーなどに紹介してもらいました。 彼から、一度、目の前でモアイを見てみないか、と誘われ、ちょうどスケジュールも都合が良かったのでやってきてしまいました。おみやげには、彼が作った木彫りの熊を持って帰ります。(なんで木彫りの熊なのか良く解からないが) 目の前で見るモアイは、やっぱりジャイアント馬場さんを思い出します。馬場さんよりはハンサムですが。僕は激しく興奮して、フィルムを2本分も写真を撮ってしまいました。もっとも、きれいなお姉さんがそこにいたからですが。住所を聞いたらカリフォルニアのサンディエゴだそうです。電話番号は教えてくれませんでした。僕には美しい妻や子供がいると察したのでしょう。名前はマリアです。黒髪のきれいな人で、シャンプーのCMに推薦したいくらいです。とりあえず、夕食などに誘おうといろいろ話しをしてみました。 そこへ、日本人の団体がガヤガヤやってきて、いい雰囲気だったのをぶち壊されてしまいました。彼女たちには、英語とスペイン語の区別もつかないのか、僕を現地の人と勘違いをして、しきりに僕に手まねでシャッターを押してくれとせまるので、ほうほうの体で逃げ出しました。日本婦人おそるべし、ついにイースター島まで団体でやってくるようになってしまいました。そのうち、南極点まで行くのじゃないかな。 島に来て初めて気が付いたのですが、モアイ像は皆、同じ方向を見ているのかと思ったら以外に見当外れの方向を向いて立っているものも有る、ということです。その配列に名にか意味があるのかと勇んで来たのですが、さっぱり解りません。まあ、素人がいきなり解る訳が無いですね。長い間には、倒れてしまった像も有るし、やはり、考古学的な検証が欠かせ無いと思います。 今日は、カートの家で寝かせてもらい、明日の便でパナマ運河の見物をしてから帰ります。パナマの土産には多少良い物を買って帰るつもりですので、楽しみにしていて下さい。草々 2000年7月15日 アンクル・ハーリー亭主人 |