前略、今、子供が世界史の試験勉強をしています。それに誘われた訳ではありませんがこの頃話題にも上らなくなった「ハルマゲドン」の話でもしましょうか。ご承知の方も多いでしょうが「ハルマゲドン」は新約聖書の中の「ヨハネの黙示録」に出てくる、善と悪との最終戦争が行われる場所とされています。転じて、「最後の審判」説と融合して、神の最後の裁きが行われる場所とする人々もいます。

 元来の意味は、ヘブライ語(聖書の原典はヘブライ語で書かれています)で、「メギドの丘」を示す言葉です。このメギドの丘は古来よりメソポタミアからエジプトに通じる公道(海の道)と呼ばれ、日本で言えば関ケ原のような、天然の要衝であった所です。有名な遺跡では、イスラエル・ユダ王国の2代王ソロモンの砦があります。

 また、「ハルマゲドン」はラテン読みで、英語のように文頭のHを発音しない言語では「アーマゲドン」と言う方がポピュラーです。去年、ハリウッド映画にそのような題名の付いた映画が多かった様に思いますが、いかがでしょうか。

 この文では、以後は「ハルマゲドン」で統一致します。新約聖書に「ハルマゲドン」の事が書いてある訳ですから、キリスト教では、有る程度信じる人達がいます。ただ、日本ではそれが、ノストラダムスの大予言と結びついて、話題になりましたが、宗教的根拠については、あまり触れる人がいませんでした。一方で、アメリカを中心に終末主義者が少なく無い人数いて、この「ヨハネの黙示録」を根拠に、ミレニアムということと結びつき、「終末に備える」人々がずいぶんいたように聞いています。

 ただ、「ヨハネの黙示録」自体が、新約聖書の最後の部分である事と、これを書いたとされる「ヨハネ」自体が、キリストの直弟子のヨハネとは別人であったため、異端の書とする意見もあります。今では、いわゆるファンダメンタリスト(聖書至上主義者と訳すのでしょうか)たちは、この書の記述に重きを置いていないのが実情のようです。と言っても、ファンダメンタリストほど終末主義的なのが面白い所ですが。

 さて、新約聖書ですから、ムスリム(イスラム教徒)にとっても、この「ヨハネの黙示録」は重要な聖書ではある訳です。ただ、ムスリムの基本的考え方が、神の御心のまま、といったパッシーブな考えですので、ハルマゲドン自体に備える、との考え方さえしないようです。

 20世紀も残す所あと半年、次ぎに来る新世紀が、我々の子供たちにとって平穏な時代である事を願わずにはいられません。そして、もちろんそんな時代の方向へ舵をとるのが、今の私たちの勤めではないでしょうか。

 いずれにしろ、終末思想は、良かれ悪しかれ避けて通れないとは思いますが、怪しげな宗教や思想に自分を失うことなく、この時代に自分が何をしたら良いのか、日頃から自分に問いかけておきたいものです。人類の命脈は人類自身が握っている事を忘れず、かと言って地球規模で将来の人類が置かれる状況をあまり悲観しないで、いろいろな問題を人の英知で乗り越えて行くことこそ、21世紀の人類に残せる私たちの最大の贈り物と言えるでしょう。そのため、不肖私も、微力をささげたいと思う次第です。草々

  2000年7月8日 アンクル・ハーリー亭主人

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2000.7.8掲載