前略、若いという事の意味や価値を良く理解しないでいるうちに、人は年を経てしまうようですね。若い方たちを今の僕が観察してみると、本当に自分の若かった頃と同じように危うげで、若さの持っている価値を知らないような振るまいが垣間見得ます。あの頃僕はバカだった、としみじみ思います。(今でもバカですが)
若い人たちは、若さに任せて多少無軌道な行動をしがちですが、これは、もう自然の摂理といいますか、誰でもが通って来た道なんだと思います。もちろん、真面目一筋、かつて人に迷惑をかけたことは有りません、という人も僕は否定しません。それはそれで立派なことです。存在までは否定をしません(バカだけど)
ただ、今日のテーマは僕のように若い頃にその価値を知らず、無駄にしてしまったようなバカについて思うところを書き記したいわけです。若い事の可能性はみんなに平等にある、とこすっからい教育者は言いますが、とてもそんなわけが無い、ということをはっきりと、今の僕は知っています。
貧乏な家に生まれたものは、それだけ厳しい生活を強いられるわけです。金持ちの家に生まれれば、それだけである程度の将来は約束されるわけです。いや、勉学に励み、努力をすれば人は生まれではない、と建て前ではなっていますが、何の事は無い、今の日本で勉学をする事が1番お金のかかることなのです。
アルバイトや奨学金で立派に学問的実績を上げた方々も、二昔ほど前にはいましたが、今は、アルバイトをする時間も無く勉強をしなければ人には勝てない時代です。若者たちの落ちこぼれ感はいかばかりかと、同情してしまいます。
もちろん、進学率の高い学校にも落ちこぼれはいたり、無名の高校を出たにもかかわらず、努力で立派な実業家になった方も多いです。そして、このことが、今の日本の教育制度が持つ欠陥を示す状況証拠だと思うのです。つまり、テストでいくら高い点数を取っても、それがそのまま人物評価に結びつかない、ということです。
T大学を卒業して、公務員試験に合格して、エリートコースを上り詰めた人間が、税金を私物化して横領罪で有罪になる。こんなことで良いんですか?子供がこんな状況で育って、モラルが身に付くわけがありません。いや、モラルが欠如したままの人間が行政や、教育に携わっているのが今の日本です。お先真っ暗ですね。
それもこれも、金が無ければ今の日本では、人生の選択肢がそれだけせまくなると言う事を誰でも知っているからじゃないですか。若い方にとっては、本当に希望の無い時代になってしまった、そんな気がします。
資格の有無で就職が決まったり、給料の多寡が決まるといいます。そのため、今の若い人が資格を取りに奔走していますが、それまでもがビジネスになってしまう今の日本の金銭感覚は、やがて国を破滅に追い込むような気がします。
お金で自分の将来を買う、というバブルが、今の日本には溢れているようです。若さ、という貴重な時期を、そんな事で浪費しているのを見ていると、本当に大人として申し訳ない気持ちになります。どうする、いい歳をこいた大人たち!!
2003年11月15日 アンクル・ハーリー亭主人