大海原の真っ只中を新造のクルーザーで行く。周囲360度には島影も船影も見えない。日の出と共にあとにしてきたヨットハーバーはすでに150kmの彼方だ。海は油を流したように凪いでいる。クルーザーのエンジンの響きだけがこの世に存在する唯一の音だ。1時間ほど船の周囲を飛んでいたかもめも、さかなの群でも見つけたのか、姿が見えなくなってしまった。水平線から高い位置にまで登った太陽の光がまぶしく熱い。

 俺は、紫外線に身をさらすのを避けるために、操舵室に下りた。操舵室には自動航海装置、GPS装置、船舶電話、無線送受信機、ラジオビーコン、レーザー方位測定器、プレステ2、換気扇、自動麻雀卓、電話BOXなどのハイテク機器が並んでいる。

俺は集中制御パネルの前に立って、装置が順調に作動している事を確認すると電話BOXに入って、キャビンにいるクルーに食事の用意を頼んだ。今日のランチのメインは今朝釣った目刺しになるのだろう。(目刺しが何故釣れたかは激しい謎だが)どちらにしろ、飛魚のくさやよりはましだ。(新島産のくさやも捨てがたいが)

食事の前に少し腹を減らしておこうかとラジオ体操第一をやっていると、腹の虫が唄い出した。食事をする前というのは、何故こんなに人生がバラ色に思えるのだろうか、それともこんな能天気な性格は僕だけなのだろうか。特に、今日の食事は人のおごりだという点で大量摂取の意欲が多いにわいている。

50分間の食事の間、俺は黙って食べつづけた、会話が無かったのは話し相手が居なかった事が主な理由だ。1人のテーブルで、食事をしながらなにごとかつぶやいている人間を見るのはお互い気味の良いものではない。

 本来ならこの船の持ち主であるところの、友人のMが同席するはずだが、生憎の船酔いで、部屋から一歩も出られない状態だ。元々船に弱いMが、何故このクルーザーを買ったのか1度聞いてみたいと思っているが、たぶん、クルーザーが船だとは知らなかったか、船酔い癖を治そうと思ってたかだろう。

 食事を終えると、キャビンで休んでいたクルーもそれぞれ配置に着き、本格的なクルージングが始まった。自慢ではないが俺はヨットの操縦法に付いては、債券運用法と同じくらい素人だ。ただ、邪魔にならないようにオーナー席にへばりついて眺めているしかない。いわゆるディズニー・シー状態だ。

このクルーザーを操るクルーは、あのアメリカズカップに出場したクルーと同じレストランでアルバイトをした事が有る人間が1人いる、という素晴らしいクルーだ。始めにそれを聞いていれば絶対に乗船を拒んだところだ。

幸い、海上は風が弱く、セイリングが難しい状況のようで、エンジンで航海している。もし、風が強かったら、セイリングを試みて、どこに流されてしまうか不安な状況である。心の中で、早く陸地に着きたいと願う心が神に通じたのか、水平線上に島影が見えてきた。もしセイリング状態だったら、まだ不安だっただろうが、エンジン航行なので舵を切るだけで船は島の方に進んで行く。大変、性能は良い船で有る。唯一の不安は、あの島に着く前に風が強くならないだろうか、という事で有る。Von voyage.

         2003年4月19日 アンクル・ハーリー亭主人

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2003.4.19掲載