木枯らしが俺のコート越しに厳冬の始まりを告げる。俺はコートの襟を掻き合せ、マフラーを押しこむ。今にも白いものが落ちてきそうな鈍色の空は見る間に暗い夜の色に変わって行く。あと1時間、俺は携帯電話の液晶画面の時刻表示を見なおして自分に告げる。

 携帯電話が時計代わりになってから、俺は腕に時計を付けなくなった。香港で買った正真証明のコピー製品だった。俺にそれを売りつけたやつは3ヶ月間、病院のベッドから空を眺めて暮らす羽目になったが。今は情報屋をしているらしい。病院暮らしに飽きたのか、俺には話を持ちかけて来なくなった。

 そういうやつでも、こちらの都合で顔を見たくなるものだ。俺がひき受けた今度の人探しの仕事では、否応無くそいつに会うことになった。手がかりがたまたまそいつの営業範囲内に有ったからだった。今回は、病院に行くはめになる前に、もったいぶるのを止めにしたのか、あっさりと俺の探し物の居場所を教えてくれた。もっとも、手の切れそうな日本銀行券何枚かと交換だったが。もしも、俺の依頼人が誰だか知ったら、その札も帰ってくるだろう。何しろ依頼人はやつのボスである暴力団組長の高木だったのだから。俺の探し物は、高木の孫娘の居所を探すことだ。もっとも、その娘が高木の孫と知っているのは、俺だけだが。

そして、もっと間抜けな事に、それが俺の娘だなんて。母親である高木の娘は当時、本庁の刑事だった俺との間に子供が出来ると、すぐにこの街から消えた。高木が隠したのか、高木と別れて暮らす母親の元に行ったのか、そのころの俺は、非番の日を費やして探したものだ。結局、刑事課長に辞表を書いて、今の探偵業を開業した。娘を探すためだったが20年が虚しく過ぎて行ったばかりだ。

 俺が学生だった頃はゴミとハエしかいない島だった場所に、何年か前、ホテルが出来たと聞いて、笑える冗談だと思ったが、まさか本当にホテルが建っているとは、どこの田舎者が考えたのか知らないが、笑わせてくれる。どうも白い蛆虫が下水溝から這い出して来そうで、仕事でなければすぐに街に帰りたいところだ。

 だが、考えてみれば、今の自分は社会の蛆虫と言えなくも無い。そう思うとこの場所に俺がいるのもまんざら理由が無いわけじゃぁないだろう。俺の探し物は、3日前からこのホテルのツゥィンルームに1人でこもっていたようだ。そして、携帯電話で誰かと連絡をとっている。その誰かを捕まえて、依頼人に引き渡せば俺の仕事は終わりだ。その後で、コンクリートの塊が東京湾の海底に一つ二つ増えようが、俺は関知しない。

 街のチンピラが若い娘と逃げ出す事は、俺の街では珍しいことではない。だが、逃げ切れるやつはそう多くはない。チンピラはチンピラなりに足取りをたどれるものだし、まして高木の孫娘を連れていては、ネオンサインを背負っているようなものだ。

 ただ、今回の男は、多少頭が働くやつらしく、自分は1人で消え、街の外で待ち合わせをしたようだ。相手の娘が本物の普通の娘なら、情報屋にも足取りが掴めたかどうかわからない。たぶん、その辺が今回、俺に仕事が回ってきた原因なのだ。

 娘が隠れている部屋もわかったし、ここで俺の仕事を終わりにしてもいいのだが、娘のその後が気になって、未だに思いきれないでいる。かといって、いまさら父親面をして娘に会わせる顔も無い。男がどんなやつかを見て、逃がしてもいいやつだと思えば逃がして、俺が高木に落とし前をつければいい、そんな気になってきた。俺も年をとったって事か。

         2003年1月11日 アンクル・ハーリー亭主人

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2003.1.11掲載