前略、先日どうしても断れない事情でバンジージャンプを体験しました。バンジージャンプぐらい断れるだろうと、何も知らない皆さんはお思いになるでしょうが、業務命令で跳べといわれると断れないのがサラリーマンの悲しい性なのでございます。(大河ドラマのナレーション風に)
つまり今回のバンジージャンプは、文字通り職を賭してのものであり、跳ばないと妻子が路頭に迷うかどうかの瀬戸際の選択肢なのでした。
出典は明らかではないのですが、バンジージャンプの紐?は1万回に1回の割合で切れるとの説もあり、宝くじなどよりも格段に失敗の可能性が高いものです。その割に、事故の報道がありませんが、これは失敗した時に備えて業者が一筆書かせるからでしょう。
僕も跳ぶにあたって、たとえ失敗しても誰も恨みません、化けて出ません、等の了解事項を列記した書類にサインをさせられましたが、この時の方が跳ぶときよりも怖かったような気がします。実際に跳ぶときは、やっぱり跳ぶ寸前が怖かったのですが……。
バンジージャンプ台は、深い渓谷を流れる川にかかった橋の欄干に設置してありました。下の川までおよそ200mの高さがあります。バンジージャンプ台さえなければ、大変風光明媚な観光の名所と言えましょう。深い緑に抱かれた青い水の流れ。その色の具合が何とも言えず感動をよぶところです。バンジーさえなければ……。
いよいよジャンプをするためにプラットフォームに立った時、僕の頭をよぎった言葉は、「カアちゃん助けて!」でありました。まあ、なんとも率直な言葉ですね(淀川長治風に)プラットフォームに立ってから、おしっこをしておけばよかった、とか借金を返しておけばよかった(うそです)とか、いろいろと後悔が心を痛めました。そこから下を見下ろすと、約200m下に川が流れていますが、その流れの細く見える事いとおかし。(古文調)もし出来る事ならこのまま3ヶ月ほど待ちたいところでした。しかし、まわりの係りの人間はごく事務的に、跳べ、と促します。
僕は先ほど誓約書に書いた事も忘れ、化けて出ようと決意したのであります。と言っても、化けて出るには跳ばなければなりません。進退極ってしまいました。それでも、30分は粘りましたが、だんだん面倒くさくなってきて、「1、2の3で跳ぶからね。」とみんなに宣言しました。
それから、深呼吸をひとつして、「1、2の次は何だっけ?」などと往生際悪く、さらに15分ほど粘ってみました。しかし、周囲の人間たちの苛立ちは益々つのるばかりの様です。このままだとみんなに担ぎ上げられて放り出されるかもしれません。その際、バンジーの紐が足に取りつけてあるかは保証の限りではなくなりそうです。
そして、あまり醜態をさらすのも今後の見の振り方に悪影響が出そうな気もしてきたので、ついに自分の足で台を蹴り、空中の人となったのです。頭を下にして自由落下して行く感じは、下の地面さえ見なければ、ひたすら空を飛んでいるような錯覚を覚えます。下さえ見なければ…です。しかし、やがてカタストロフは訪れ、自分の足がバンジーロープに引っ張られるとともに、頭が水中に突っ込んでいきました。そして、水中での瞬時の停止が永遠に思えました。おそらく気を失っていたのかもしれません。
やがて、反動で体が空中に投げ出され、ヨーヨー状態になったとき、生きていて良かったと思えるのでした。10mほど横に岩があるのを見ましたが、もう跳ばないもんね的心境である僕には、恐いものは無いのでした。
2002年12月7日 アンクル・ハーリー亭主人