前略、夏を目前にして我が腹を眺むれば、はなはだ不本意なり。願わくは鍛えられし腹筋の模様も鮮やかに、浅黒き肌にて群来る女性をブイブイ言わせたきところなれど、現実ははなはだしき3段腹、いや5段程は積み重なり、生っ白き肌とて張りも無く、ただただブルブルたるむばかりなり。
プールだ海水浴だ、マリンスポーツなどあまたあれど、いづれにおいても人に誇れるものなきを、また一夏を泣き暮らすものかは。あな、いじけちゃうものなり。
だいえっとなる鍛錬、激しく試みしこともあれど、哀れ我が体脂肪、如何ともしがたきや。かねてより医師、栄養師などその道の達人にも教えを請うたなれど、ただ太りゆくばかりなり。世の中のあまた在りしデブの仲間になるつるや。
我といえど、この世に生まれし時より太りし訳はあらず、幼き頃はやんごとなき童でありしと人の言う。我もまた同感なり。本人が言うことゆえ、いと確かなことなり。
たらちねの胎内より出でし折は、三千七百ぐらむとのことなり。我が家の猫の半分でありしとは、甚だ驚きなれど、猫が太りすぎという意見もありしか。ほっといていただきたく。
我がことなれど、我、幼少の折はいとおとなしく、輝きけるに「光の君」とは呼ばれず。いと残念なり。やはり、二番煎じはまずいというはけだし正鵠をつく言葉なり。われ、輝きが稀なりけるゆえにか「蛍光灯」とよばれるにやあらん。
とはいえども、大器は晩成すという通り、いまだ晩成せざるもそのうち何とかなるだろ〜う、と言えり。自分でも何を言いたいのか先行き不透明になりて、はなはだ困惑す。参った参ったと言うもせんなきことにて、哀れなり。
ここまでひっぱりしこと、高校での古文の勉強をちゃんとやっておかざる報いなりしか、はなはだ悔いの残ることにはあれども、今は昔のことなれば由無し事にあるらむ。
世の中の移ろひもそれに異ならず、悔いては改むると言いつるそばから汚職、涜職、特に官人にいと多し。潔く職を離れるものもあれども、禊ぎと称し居座るもの甚だ多く、笑止というべきや。
世に代議士とぞ呼ばれし物あれども、代議とは名ばかり、己の事のみに欲を抱きて、選びし有権者を虚仮にする者いと多し。代議士の歳費は言わず、秘書の給与まで上前をはねることはなはだしきと。あわれ、地獄の沙汰を金で買わんと欲するや、いみじゅうみにくきものなり。
2002年5月18日 アンクル・ハーリー亭主人