堤幸彦さんプロフィール |
1999/03/27作成
ふりがな | つつみ・ゆきひこ |
本名 | 同じ(堤 幸彦) |
別名 | 堤 ユキヒコ |
生年月日 | 1955年11月3日 |
出身地 | 愛知県 名古屋市 |
職業 | 映像作家、演出家、映画監督 |
学歴 | 東放学園 1978年度卒業 |
主な作品歴 | ★主要バラエティ番組演出作品 ★主要出演映画作品
★主要出演舞台作品
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所属 | オフィスクレッシェンド(現在)←SOLD OUT専務取締役(1990年現在) |
関連ホームページ | http://www1.meshnet.or.jp/tohogakuen/media/creator/eiga/eiga.html |
1955年愛知県名古屋市生まれ。いったん大学に進学されますが中退し、東放学園に入学。1978年卒業。その後テレビ番組制作会社に入り、音楽番組やバラエティ番組の演出を手がけ、秋元康氏とともに制作会社「SOLD
OUT(ソールド・アウト)」を設立し、本格的に音楽番組、バラエティ番組の演出に力を発揮するとともに、藤井フミヤ、V6、相川七瀬など多数の人気アーチストのビデオクリップやコンサート演出も手がけ、その斬新な映像世界が注目を集めその方面でも活躍されています。 堤氏が手がけたバラエティ番組として当方が確認できたものとしては、 ★「コラーッ!とんねるず」 ★「さんまのテレビの裏側全部見せます(1)」 ★「上岡竜太郎のもうダマされないぞ!!」 などがあります。(この時期の堤幸彦氏演出のバラエティ番組、音楽番組に関する追加情報がありましたら作者までお知らせ下さい) 1987年、テレビドラマ「月曜ドラマランド/フローズンホラーショー」でテレビドラマを初演出。脚本にバラエティ番組で気心のしれた遠藤察男、井辺清を据えたこの作品で演出デビューを飾りました。 その後、「大逃走!東京−鹿児島1420キロ」(1991 TBS)などを経て、1993年、日本テレビ土曜9時枠のドラマ「ポケベルが鳴らなくて」のサブ演出に抜擢されます。この「ポケベルが鳴らなくて」は視聴率的には不振だったものの、縦横無尽に移動するカメラワークと緊張感あふれる画面で一部から注目されます。以後、日本テレビ土曜9時枠のドラマを立て続けに演出。「そのうち結婚する君へ」(1994)を経て、1995年には「金田一少年の事件簿」を発表。メインで演出を手がけ、持ち味である斬新な映像と飽きさせない画面転換とテンポのいい音楽の使用で視聴者を釘付けにさせてヒットさせ、いわゆる「土9」テイストを確立し、同時に今日の堤幸彦の評価の礎を築きました。 テレビドラマとともに映画でも作品を次々と発表。多様なジャンルの新鋭演出家ばかりを抜擢して制作されたオムニバス映画「バカヤロー 私、怒ってます」(1988)の1エピソードで映画デビューを飾り、以後、オノ・ヨーコ主演の短編「HOMELESS」(1991)や「!(ai-ou)」(1991)、「中指姫」(1993)、「さよなら日本」(1995)などを発表し着実に作品を重ね、テレビドラマのヒットを受けた映画化「金田一少年の事件簿 上海人魚伝説」(1997)でもその意欲あふれる作品づくりが強く印象に残り、今日に至るまで活躍をされています。 バラエティ番組や音楽番組の演出からはじまった堤幸彦氏の活躍は、このようにビデオクリップ、テレビドラマ、劇場映画と実に多彩な方面にひろがり、しかもいずれの方面でも常に注目を集めていますが、最近では、出身地・名古屋を中心に活躍する演劇集団、T2の活動をバックアップ。これまでの多彩な分野で培ったノウハウを活かし同劇団の第1回作品「ただきとなんでぇ」では演出を、第2作「愕然」では総監督を手がけました。その後もスーパーバイザー的な役割で同劇団をバックアップされています。 |
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