季刊かすてら・2006年秋の号

◆目次◆

奇妙倶楽部
軽挙妄動手帳
編集後記

『奇妙倶楽部』

●化石●

 化石は過去を保存した記録です。化石には過去が写り込んでいます。つまり石のフィルムです。フィルムは石です。写真は化石なのです。アルバムには家族やクラスメートの化石が貼り付けてあります。博物館に陳列された恐竜の化石は、恐竜の愚かさと分別を並べたアルバムです。化石は本来卵ですが、食べられてしまわないためにフィルムに擬態しているのでした。化石は夢を見ながら孵化の時を待っています。化石でありフィルムである卵からはやがて歌が生まれます。卵の殻は言うまでもなくカラオケです。

●呼吸するための詩が足りません●

 宇宙は今、掻き入れ時なので地球人は相手にしてくれません。その代わり交差点に海が出現しました。宇宙の代わりにこれで我慢しろという事の様です。これも一種の野球でしょう。三塁走者は海上にあります。投手コーチは海牛です。人間は鰓がないので酸素の代わりに詩を呼吸します。椅子も呼吸します。海豚(イルカ)はトースターが好きです。トースターの映画を見るために行列を作っています。でも海豚はパンを食べません。海豚は魚が好きなのです。呼吸するための詩が足りません。しがなおや。

●ピンポンパンのお姉さんの筋肉●

 その兎がゲリラになったのは二重瞼のエビにウインクされた事が直接のきっかけですが、長年の間ラグビーの試合を楽譜として読み続けてきた事が背景となっています。兎が行った最初のテロ活動はチューインガムを咬み続ける機械の製作と稼動でした。動力源はピンポンパンのお姉さんの筋肉です。兎を更生させるためカウンセラーはラグビーを百人一首として読む訓練を始めましたが、状況は悪化し、兎は教科書の塔を建設し、筋肉を製本しました。カウンセラーは考え直して、今は兎に寝たきりラグビーを観戦させています。

●ドア●

 丑の刻参りの演奏をしていると自分の頭の後ろにドアがある事に気付き入ってみる事にした。そこでは作曲家が薄笑いの練習をしていた。超能力にも音階があり、自分のそれはヘ短調である事を知った。単調なので悲しい歌だが音域は広い。その音階を写真に撮った。良く見ると音階に細かい罅(ひび)が入っている。崩壊寸前なのだ。民営化する事にした。音階はそこに残し先へ進むと、若い頃の母親が、まだ幼い自分の幼稚園への送迎とテロルの練習をしていた。自分自身は幼児のくせにロマンスの練習をしているのだった。突然、光り輝く長い尾を引いた彗星が目の前を横切る。それに飛び乗った。ドアが付いていたからだ。開いて中に入ると、視界の続く限り一列になったドアが左右に何処までも続いていた。正面のドアを開いて入る。ソプラノサックスがオーボエを口説いている真っ最中だった、口では嫌だと言っているがオーボエも満更ではなさそうだった。邪魔をしては悪いのでオーボエの背中にあったドアを開けて中に入る。暗くて広いがらんとした四角い部屋。丸い窓があるので外を見ると上下左右とも何処までも続く星空。流れ星が幾つもよぎる。オーボエは宇宙船だったのだ。話を聞いてみると古里の星へ帰省する所らしい。古里ではオーボエは余り評判が良くないらしく、話の中に気後れと強がりが交互に現れる。がたんと音がしたので見上げると天上のドアが開いてたくさんの鳩が飛び出して来た。ハトの一羽が床に降りると、きらきらした簪(かんざし)を挿し華やかな振袖を着たあんみつ姫に変わった。あんみつ姫は正座をし三つ指付いて言う。「また来週」深々と頭を下げた。

●右足が二本、左足が八本●

 嫁に出したCDが離婚されて帰って来た。足の指が気に入らない、と夫は言ったそうだ。俺はCDに聞いた。 「長過ぎると言うのか、短過ぎると言うのか」 「数が…」 「数なら十本、過不足ないではないか」 「でも、右足が二本、左足が八本というのはどうかと彼は言うの」  不当な差別だ人権問題だと俺は憤ったが元々CDに人権はないのだった。 「結局あの人はレコードの方が良いのよ」

●一筆書き●

 オリンピックに「声の一筆書き」という競技がある。記録が出るかも知れぬので録音するのだが、録音の頂角に当って脂肪が溜る。声の脂肪。声の死亡。犬の壁に声が反射する。反射した声が一筆書きに絡む。縺(もつ)れて落ちる。声は火葬にされ灰は音楽の寺に葬られる。声たちは冥途へと向かう。三途の川のルネサンス。クラリネットはただただ謝罪の言葉を述べ続ける。クラリネットの意識は這う半纏(はんてん)を纏(まと)っている。冥途のラジオは繭を作り全ての音楽とニュースと天気予報を密閉してしまう。溢れ出す声は繭の中に詰め込まれ圧縮され発酵して油絵の具となる。油絵の具は幸福をもたらす七福神を描き出すが、神々は皆、乾燥した木乃伊(ミイラ)である。一筆書きが解ける。

●音楽のキュビズム●

 オーケストラは丸腰だった。つまり楽器が一つもなかった。指揮者はこれを「音楽のキュビズム」と呼んでいたが、演奏者にとっては煉獄だった。指揮者の脳には文学少女のネジが捩じ込まれていたのである。指揮者は指先から汗を迸らせて情熱的に指揮をし、演奏者たちは自棄糞(やけくそ)で奇怪な演奏を続けたが音は一つも出ていない。ところでこれは映画音楽だった。映画のオープニングは小股の切れ上がった鮪と神懸かりの宇宙人が手と鰭を繋いで輪舞を踊っているという物。本編が始まると最初の四十分間は食卓の上に置かれた一個のトマトを延々と映し続ける。突然、大陸分裂の音と共に画面が変わり、食卓の上に置かれた物は一杯の烏賊に変わる。それがまた五十分間。その間、指揮者が「プログラミング言語の交響曲」と名付けた音楽が鳴り続けているのだが観客には全く聞こえない。指揮者に依ればその曲は「画面の中の食卓の上を寿司折りの高さで流れている」という事になる。カメラは不意に天上にパンして唐突に映画は終わる。

●動物の裁判●

 空中に楽譜を発見したのでした。素敵な歌が記されていたので歌おうとするのですが、音符はぴいぴい鳴きながら移動したり飛び去ったり新たな音符が飛んで来たりするのです。刻々と変化する楽譜は歌い難い事甚だしく、また既に歌った箇所をもう一度歌おうとするとその楽譜はもうないのでした。仕方がないので山の中の暗い家でトランプをする事にしました。するとスペードやダイヤやハートやクラブがぴいぴい鳴きながら移動したり飛び去ったり新たなスペードやダイヤやハートやクラブが飛んで来たりするのです。王様(キング)は惚けて徘徊し、女王様(クイーン)は菓子を食べ続け、王子様(ジャック)は恋に憧れて旅に出ました。仕方がないので絵を描こうとパレットを持つと、その上に並んでいるのは絵の具ではなく動物です。動物がパレットの上で裁判を開いているのでした。被告はネズミ、裁判官は鯨、検事はムササビ、弁護士は海豚(イルカ)です。全ての弁論は歌で行われます。ネズミはチャチャチャで証言し、検事はボレロで尋問し、弁護士はカントリー・アンド・ウェスタンで弁護します。鯨の裁判長がバリトンで死刑を宣告すると、ネズミの被告は体から炎を発して一握の炭となりました。裁判が終わると動物たちは動物である事を止めて絵の具に変わりました。それで私は絵を描き始めたのですが、何時また絵の具がぴいぴい鳴きながら移動したり飛び去ったり新たな絵の具が飛んで来たりするのではないかと用心しているのでした。

『軽挙妄動手帳』

●不定形俳句●

◆編集後記◆

 『奇妙倶楽部』に収録した作品はブログ「×小笠原鳥類」にコメントとして投稿した物です。『軽挙妄動手帳』は、パソコン通信ASAHIネットの会議室(電子フォーラム)「滑稽堂本舗」の2006年7月〜9月までを編集したものです。

◆次号予告◆

2007年1月上旬発行予定。
別に楽しみにせんでもよい。

季刊カステラ・2006年夏の号
季刊カステラ・2007年冬の号
『カブレ者』目次