エドモンド・シュトルツとチューリッヒ室内管弦楽団

 チューリッヒには、名高いチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団があります。しかし有名な歌劇場のオーケストラとこの高名な団体の他にも、チューリッヒ交響楽団、チューリッヒ・コレギウム・ムジクム、チューリッヒ室内管弦楽団といくつかのオーケストラが活動しています。
 フランチェスカッティのモーツァルト録音で知られるチューリッヒ室内管弦楽団は、この一枚だけが(正確には五番「トルコ風」と第二番だけ)何故かヴィンタートゥーアで録音(一九六八年)され、他はブルーノ・ワルターがハリウッドのレコーディング用のオーケストラを振って共演していますので、どうも継子扱いされて、現在日本盤は廃盤のままです。(二番は発売されたことがあったかしら?)
 最近、「軽騎兵」序曲などで有名なフランツ・フォン・スッペの隠れた名曲「レクイエム」を、このオーケストラの創設者で先のフランチェスカッティのモーツァルト録音でも指揮していたエドモント・シュトルツ(Edmond de Stoutz )が指揮して録音したCDを手に入れ、それまで愛聴していたCDをはるかに凌ぐ出来で、改めて見直した(聞き直した)のであります。

 このシュトルツという指揮者はジュネーヴ生まれのチューリッヒ人のようですが、生年については私の資料では不明です。但し少年時代にアルザスでシャルル・ミュンシュの指揮するオーケストラを聞いて音楽家を志したということですから、一九二〇年頃の生まれであることは確実で、今も活躍しているならば八十才を越えるお年であるはずです。
 チェロにオーボエ、ピアノに打楽器をプロ並みに演奏する多才な人で、フランク・マルタンとの交友も有名だそうです。
 チューリッヒ室内管弦楽団はこのエドモント・シュトルツが一九四五年に創設したということですが、レコーディング活動などを盛んに行っていたとCDの解説に書かれているのですが、今まで先のフランチェスカッティの録音以外は私は全く知りませんでした。あのCDですら、チューリッヒのオケのメンバーをかき集めた臨時編成のオーケストラ位に考えていたのですから。
 少々横道にそれますが、こうした臨時編成のRCAビクター交響楽団やら、コロンビア交響楽団、ナショナル交響楽団(松下さんとは関係ありませんよ!!)というのは、昔からよくある話で、レコード会社との契約が昔は大変厳しくて、マイナー・レーベルだけでなく、大手もこういったことをよくやっていたそうです。
 また、レコード雑誌で知ったのですが、最近駅の安売りワゴンのCDには、多くのゴースト演奏家がいるそうで、オーストリアの放送局のプロデューサーあたりが放送用の音源を横流しして作った海賊CDの素性すらワカランCDがたくさん出回っているようです。
 で、このチューリッヒ室内管弦楽団もその類と高をくくっていたら、大変な誤解。なかなか素晴らしいのですよ。まあ、年間百回以上の公演をこなすと言いますが、この種の団体としては多い方かもしれません。日本のオケなどは、色んな公演を全てあわせると、年間250回という途方もない公演数をこなしている団体もあると聞きますが、そんなことをしていては、充分な準備も出来ずに演奏会をするという、クオリティーの低下を招き、水準を維持するのが大変になることでしょうね。
 さて、このスッペのレクイエム(死者の為のミサ曲)は、一八五五年、スッペ三十六才の時に書かれた作品です。
 すでに「詩人と農夫」という牧歌劇につけた劇音楽で成功をおさめてはいたスッペでしたが、オッフェンバックの音楽に影響を受けての多くのオペレッタを生むのは一八五八年以降(この年ウィーンにオッフェンバックの音楽が紹介された)のことですから、まだ初期の作風を持つといえるでしょう。
 意外なほど古典的な作風で、堂々たるフーガなどの対位法的な手法と、和声的な様式の融合による、実にスケールの大きい作品で(演奏時間約一時間半)フル編成のオーケストラと合唱、それに四名の独唱という編成によるこのレクイエムを、シュトルツはいささかの弛緩も感じさせず聞かせます。
 短調の部分が多く、全体に暗い色調で埋まっていて、やや単調というか平板になりやすいところを、大きな起伏で聞かせる辺りはさすがベテランの味とでもいうべきでしょうか。
 オーケストラは勿論のこと、シュトルツが自ら指導するチューリッヒ・コンサート合唱団も、スイス地元を中心とした独唱者たちも、よく応えていると思います。この演奏をしているメンバーはペンデレツキの「ルカ伝による受難曲」のスイス初演もしている、なかなか侮れない演奏団体であると思います。(瑞西NOVALIS/150 112-2)