プログラム

ルートヴィヒ・ヴァン・べ一トーヴェン Ludwig van Beethoven (1770_1827)
ソナタ作品13 "悲槍" Sonate Op.13 "Path6tique"
1楽章 Grave Allegro molto con brio
2楽章 Adagio cantabille
3楽章 RONDO Allegro

ガブリエル・フォーレ Gabriel Faure (1845-1924)
主題と変奏 作品73 Theme et Variations Op.73
 一一一一一一一一一一一休憩一一一一一一一一一一一
クロード・ドビュッシー Claude Debussy (1862-1918)
12の練習曲2集より 12Etudes, livre Il
VIl 半音階のための pour les Degres chromatiques
V。 装飾音のための pour les Agrements
XI  アルペッジョのための pour les Arpeges composes
XIl  和音のための pour les Accords

ロベルト・シューマン Robert Schumam (1810_1856)
ソナタト短調作品22 Sonate g-moll 0p.22
1楽章 So rasch wiemoglich
2楽章 Andantino
3楽章 Scherzo
4楽章 Rondo
御挨拶

 昨年七月・恩師安川加静子先生がお亡くなりになりました。丁度私は今回のリサイタルのプログラムを考えている時でした。急な知らせに心底びっくりいたしましたが、今迄安川先生からいただいた多くの教え、又あの場面、この場面の思い出が一度にわき上がってきました。いろいろ考えて、今晩このようなプログラムで、私なりに安川先生への追悼の気持ちを表わしたいと思った次第です。
 安川先生から一番身にしみて授かったことは"あわてずに、着実に自分の道を歩むこと"でした。このように言葉でおっしゃったわけではありませんが、毎年ご自分の勉強発表を続けられたお姿から、また先生ご自身の存在からこのように学びました。スイスに住むようになってから、自分で自分に約束したことは、日本人として少なくとも一年に一度は東京でリサイタルをし、勉強の発表の場とするということでした。これも安川先生の教えに由来することかと思います。皆様のおかげで一回も休むことなく今日十一回目を迎えることとなり、こんなうれしいことはございません。安川先生を偲びつつ、今夜しばらくの時をご一緒に過こさせて下さいませ。

Program Note

 私は、レオニード・コハンスキー先生がフランスへ帰られたあと、安川加壽子先生につき、間もなく入学した東京芸術大学では大学、大学院と6年間、本当に沢山の曲を勉強いたしました。今にして思えば、何もわからない者に、先生はよく忍耐強くお教え下さったことと、頭が下がります。大変時間に厳しい方で、いつも授業が始まる時間の前に一秒の狂いもなくお見えになっていらっしゃいました。
 大学一年生に入ってまず、古典のモーツァルト、ベートーヴェンをしっかり勉強しました。特にベートーヴェンのソナタは中期、後に後期の作品を。ベートーヴェンの初期のソナタへ目がいくようになったのは、ブリュッセルで師事したデル・ブエイヨ先生(ベートーヴェン・ソナタ全曲を度々演奏され、CDにも入れられた)の影響もあったかと思います。私自身、ベートーヴェンのソナタは最も偉大な作品と思っています。

 大学3年生の頃、同級の日比谷友紀子さんと二人で、大学院の講座を持っていらっしゃった安川先生のお手伝いとして、”フォーレ”の作品をかたはしから大量に演奏するという機会がありました。その時初めて、フォーレの曲が、他の作曲者の曲と異なり、独特な音の組み合わせで、そこに醸し出される雰囲気の何と特殊なことかと、非常に驚いたことを覚えております。そしてひきつけられはしたものの、当時の私にとって簡単にわかるという音楽ではありませんでした。
 その後、ブリュッセルで和声と対位法を学び、そのまたずっと後になって、音の組み合わせ、つながり具合が、だんだんにはっきり見えてくるようになりました。またこの2、3年、主人が主宰するオーケストラが、オルガン協奏曲を何回も演奏するのを聞いて、オルガンの持つ特徴に注目することができたことも、フォーレの作品を理解する上に一役かっていたかも知れません。というのは、フォーレはサン・サーンスのあとをうけてパリの聖マドレーヌ寺院のオルガニストでもあったのです。

 ショパンの練習曲を終えてドビュッシーの練習曲に入ったとき、何と面白い曲だろうと思いました。ショパンもドビュッシーも名前は練習曲とつけても、皆さんも御承知の通り、それぞれが一つのテーマを中心にすばらしい一曲に仕上がっているわけです。半音階、装飾音、アルペジオそして和音の各テーマによって、何と独特の響きが生まれるのでしょう。ドビュッシーはとても細かく一音一音に注文を書いています。譜をよく読み、忠実に…は最も大切なこととしていつも安川先生が繰り返しおっしゃったことですが、実際に演奏する場合、さりげなく自然に弾きたいのに、そこへ行き着くまでのの何と道の長いこと!!

 シューマンのト短調ソナタは、1835年から1838年にかけて作曲され、1841年にブライトコップ社から出版されました。ロマン派の内容を古典の造り(形式)の中におさめようとすることの難しさが一杯の曲です。拍によって響きが決まってくる形式を重んずる古典派から、ロマン派の音楽は形式を問わない自由な形にとってかわりました。その中では、各々の響きが拍の動き、拍の違いを自由に決めていく(俗に言うアゴーギク)ようになります。どういう響きの組みあわせ、重なり合いで拍が決まってくるのか、これはとても面白い発見で、今まで以上に響きの時間の長さに注目しました。
 今年に入ってスイス・ドイツ・スペインなどで、シューマンのピアノ協奏曲を何回も弾く機会がありました。中でもドイツのイエーナで弾いたのはとても嬉しいことでした。イエーナ、ワイマール辺りは、シューマンやリストが行き来していた土地なのです。昨年出たクララ・シューマンの本も読み、そしてシューマンにのめり込んだところで、交響的練習曲、森の情景など、内にあふれる情熱と詩が一杯の曲を8月にスイスで録音いたしました。
 安川先生がいらっしゃらなくなって、今後何かと相談にのっていただくことが出来なくなりました。今迄先生に御相談申し上げると、いつもとても簡単な一言のお返事。それが後になって、いろいろな立場、場面でふっと思い出され、ああこのことをおっしゃっていらっしゃったのだなと思い至ることが多々ありました。先生はいつも、私は18歳から先生なし、一人でやっている、とおっしゃっていらっしゃいましたが、いくら晩手の私でも(いつも先生にそう言われていました)、今後は勇気を以て前進していきたいと思っております。
 心より安川先生の御冥福をお祈り申し上げます。