プログラム

ルー・トヴィヒ・ヴァン・べ一トーヴェン Ludwig Van Beethoven (1770一一1827)
ソナタ作品27-2 "月光" Sonate Op.27-No.2 "Mondschein"
1楽章 Adagio sostenuto
2楽章 Allegretto
3楽章 Presto agitato

アルベルト・ヒナステラ Alberto Ginastera (1916-1983)
ソナタ作品22  Sonata Op.22 (1952)
1楽章 Allegro marcato
2楽章 Presto misterioso
3楽章 Adagio molto appasionato
4楽章 Ruvido ed ostinato
一一一一一一一一休'憩一一一一一一一一
モーリス・ラヴェル Maurice Ravel(1875一一1937)
鏡  Miroirs(1905)
蛾 Noctuelles
悲しき鳥たち oiscaux tristes
洋上の小舟 Une barque sur l'ocean
道化師の朝の歌 Alborada del gradoso
鐘の谷 La vallee des cloches

フレデリック・ショパン Frederic Chopin(1810一一1849)
夜想曲嬰へ長調作品15-2  Nocturne Fis-dur Op.15-No.2
スケルツォ嬰ハ短調作品39 Scherzo cis・mol1 0p.39

津田理子さん自身の手によるプログラムノートです。
 リサイタルのプログラムを考える時、毎回大変苦労するのですが、私が弾きたい曲、私の好きな曲は山のようにありますのに、ひと晩に弾ける曲数はほんの僅かです。それで私の場合は、その数ある曲の中から、今、最も関心のある曲と、それからもうそろそろ弾けるのではないかと、勇気を以って取り組みたい曲、を中心にプログラムを決めていきます。そうして選んだ曲同志が、互いにぶつかり合うことなく、各々の曲の魅力が100パーセントひき出されるようにと考える次第です。
 今回のプログラムに取り上げたヒナステラ(アルゼンチンの作曲家)とラヴェルは、その勇気を以って取り組んだ曲です。

 ヒナステラのこのソナタは、20年来いつか弾きたいと思っていた曲です。1978年にチリに行った時、南米のピアニスト連からもこの曲のすばらしさをきいていました。スイスに住むようになってからも、ヒナステラがジュネーブに住んでいることを知っていましたから、いつかきいてもらいたいものと、心ひそかに願っていました。しかし残念なことに、1983年ジュネーブで亡くなられ、私の願いは果たされませんでしたが、数ある現代曲の中でも、このソナタのように、古典の形式を形式をとりながら、和声の動きを生かし、時代と国境を越えて、人々に新しい世界を見せてくれ、なお新しい感銘を与えてくれる曲は、そう沢山はありません。現代そして未来にも生き残り得る傑作と思っております。まだ行ったことのないアルゼンチン、広い広い平原、心暖かい人々、(アルゼンチンの友人達は内向的ですが、とても素朴で心の暖かい人々です。)伝統的な狩りの祭のリズム、などが心に湧いてきます。

 ラヴェルの『鏡』の中の"洋上の小舟"は、私がブリュッセルで勉強をしていたとき、曲の分析の研究として論文作成に取り上げた作品です。当時、大変具体的に曲の作り、和音の分析を究めました。その時から、この曲の演奏については心を砕いておりました。例えば、曲のはじめのリズムのとり方、海の波のうねりをいかに出すか、その殆どは演奏家にまかされているわけですが、私ならどう弾くかという点、大変勇気を必要とする一曲です。
 この春、パリ郊外にお住まいのMadam Henriot (アンオリ女史、ベルギーのブリュッセル王立音楽院教授でフランス人のピアニスト) にお会いする機会がありました。女史はご自身、ご幼少の頃、ラヴェルと四手の連弾などなさった方です。ラヴェルの音楽について、色々うかがうことが出来ました。ラヴェルは、フランスの南西端の海辺の町、サン・ジャン・ド・リューズに隣接するシブール村で生まれました。ラヴェルは、よく海辺に座り、長い間あきずに海を眺めて過ごすことがあったそうです。海の波の動きをよくよく見て感じ入ったことでしょう。そしてこの海は大西洋ということがとても大切なところで、ドーンときびしい、はげしい海なのです。本当によく出来た曲と感激しながら弾いております。
 『鏡』は古典的な手法を守って、描写的な意図を実現した曲です。"悲しき鳥たち"が最初に作曲され、ラヴェルはこの曲をこよなく愛していました。でも曲集は"蛾"から始まります。妖しくはばたきながら飛ぶ蛾を、音画風に描いていますが、これはむしろ実在するものというより、夜の妖気をただよわせている曲と言えます。
 "道化師の朝の歌"のスペイン舞曲のリズムとノスタルシックなメロディーは、母親がスペインのバスク人であるラヴェルにとって、体質ともいえる、スペインの香り、スペインの幻想です。
 "鐘の谷"は、はじめなかなかピンときませんでしたが、ドイツの劇作家、ゲルハルト・ハウプトマンの伝説童話詩劇《沈鐘》を読んでヒントを与えられた曲であるということを知り、私もこの《沈鐘》を読んでみました。これは妖精と鐘つくりの伝説ドラマで、現実が夢と何を競い得るか、ラヴェルは伝説の魔法の世界に魅されて、この作品が出来たのでしょう。耳によってとらえられる聴覚的風景ともいえます。
 『鏡』はラヴェルのすべてを、その風景の中に映しています。描写的であり、線や映像があり、絵画のような真実味があり、詩のように雄弁な作品です。

 ラヴェルの作品の中でも大作中の大作、『夜のギャスパ一ル』を第一回リサイタルで、第六回リサイタルでは、『クープランの墓』を弾き、そして今回第十回リサイタルに『鏡』を取り上げたことになります。又昨年今年と、続いて、ラヴェルのピアノ協奏曲を二曲とも弾く機会を与えられ、ラヴェルの音楽に少しづつ近づいてきた気がしております。
 べ一トーヴェンとショパンについては、私も楽しんで弾き、皆様にも楽しんで聴いていただける曲を、と思って選びました。ご一緒に堪能出来ましたならば幸せに存じます。