スイスに関する本の紹介 その七

 

 とうとう七回もスイスの本の紹介をすることになってしまいました。七回目の最初はガストン・レビュッファと親交ある登山家で、フランス・シャモニーの名誉市民でもある近藤等氏の「アルプスの空の下で」(中公文庫)を紹介したいと思います。
 「星と嵐」などのレビュッファの著作を多く翻訳し、私たちに紹介してくれたこの岳人への敬意を表したいと思います。

 この本も、多くの山岳文学が絶版となっている中の一冊で、今や図書館か古本屋で探すしかありません。見つけたならぜひ手に取ってみて頂きたいと思います。その多くはシャモニー周辺のフランス・アルプスについてではありますが、アイガー東山稜やメンヒ南西稜、ユングフラウ南東稜といった所の登攀記もあり、スイス本にも加えたいと思います。
 さて、古典的なアルプスの紹介本としてジョン・チンダルの「アルプス紀行」(岩波文庫)を紹介しないわけにはいかないと思います。十年あまり前に復活再版されたのですが、どこかの本屋さんでまだ残っているかも知れません。序文の日付が一八七一年五月とありますから、ウィンパーのマッターホルン初登攀のすぐ後で、これが書かれた頃はまだマッターホルンの山頂は人がまた踏み込んだことのない未踏峰であったのです。
 チンダル自身もヴァイスホルンに登った後マッターホルンに挑戦しようとしていたようでウィンパーとツェルマットで会った事などもこの本の中で出てきます。そして三度にわたるマッターホルンへの挑戦(同行者にはあのカレルもいます)が縦糸となって、十九世紀アルピニズムの最盛期をものの見事に語った一冊です。
 この本の翻訳本としての本書の第一版が昭和十四年の九月、太平洋戦争突入間近であったことなども興味深いものであります。

 やや、絶版の本への愛惜が勝りすぎているとの声が聞こえてきそうです。それでは最近出た本を一冊紹介しましょう。
 神戸学院大学教授で京大の名誉教授の浮田典良(うきたつねよし)氏の「スイスの風景」(ナカニシヤ出版)はいかがでしょうか。
 スイスのあの美しい風景、どこをどう写真で切り取っても絵はがきになってしまうような風景をどう見、どう読みとってゆくとよいか、氏の深い教養を通してスイスの八十八の風景が紹介されています。一カ所、ユングフラウとして載っている写真がフィンスターアールホルンであるのは、些細なミスプリでしょうが、本当に良く一つ一つの風景がその背景に何を持っているのか、よく書かれていると思います。ムルテンやビール、ラヴォーのワイン生産地のこともあればアッペンツェルのランデスゲマインデのことからツェルマットのこと(そこに載っている写真は一九七六年当時のものでツェルマットの駅舎が無かったころのものです)更に、滅多にガイドブックに出てこないサンリュックの村のブルジョワジーについてなど、他では鈴木光子氏の”知の旅シリーズ”の「湖と森とメルヘンの国〜スイス紀行」に出てくるくらいのことで、氏の幅広さが伺える一冊であります。

 もう一冊紹介しておきましょうか。柿沼和子氏の「アルプスの小さな村で暮らす」(双葉社)です。サブタイトルに「アルプスに恋したOLが山の案内人になった」とある通り、著者がスイスで暮らすようになるまでと、暮らしはじめてからのことなどが自伝的に書かれています。
 写真があまりに個人的なことの延長で(ほとんどの写真に著者が写っている)ちょっと白けてしまいそうになりますが、同世代のスイスで暮らしたいという女性にはいいのではないでしょうか。しかし、一冊の本の中でこんなに自分を露出するという神経はちょつと信じられないものがあります。うーん、私とはずいぶん感覚が違うんだろうな。

 で、まだまだスイスの本の紹介は続きます。