スイスに関する本の紹介 その六

 スイスの本についてこれが六回目です。終わりにしようかと思えば、あの本もこの本もという気持ちが出てきてしまって、更に続くという状態です。
 ともかく本文に入りましょう。

 最初は何度か登場していただいた「佐貫亦男のアルプへ五十年〜郵便バスをのりついで」(山と渓谷社)を紹介したいと思います。
 第二次大戦下のヨーロッパにおいて、戦火の中をスイス、オーストリアのアルプに行った事や、戦後になってからの、小説家=新田次郎氏とのスイス行きの事などを、簡潔で楽しい文章にまとめられています。
 第一章「戦争中に山をうろつく変なやつ−それが悪いか−」第二章「またなにしにと冷たいアルプス−それはひがみというものだ−」第三章「仏頂面の旅−それはほんものか−」第四章「チロルへ心変わりした−気でも狂ったか−」第五章「はるかな天の山−ごくろうなことだ−」第六章「ドロテア物語−もう会えないだろうな−」第七章「這うようにして歩いた末に−おれのところへくるか−」
 これらの目次からひろったタイトルだけでも、なんとなく本文の面白さが想像できるのではないでしょうか。飄々としていて、実は芯の強い、素晴らしい人物像が浮かんでくるようで、多くの人に気に入ってもらえる本であると思います。

 同じ佐貫亦男氏の本で「ドイツの街道具と心」(光文社)もまたドイツからスイスにかけての「物」をテーマとした紀行文とでもいえるなかなか楽しい本です。ドイツだけでなくスイスの事も結構出てきて、それがなかなか面白い視点で書かれているのが新鮮でこれまた気に入っています。
 佐貫氏の本は「ドイツ道具の旅」の-1-、-2-(光文社)という二冊も併せて紹介しておきましょうか。文化に対しての紀行文的な考察というと大仰ですが、きっと本人は「そんなつもりじゃないよ」などとおっしゃることでしょうが、そう考えても良い本だと思います。

 次はジュネーヴ大学の先生である松永尚三氏の書かれた「スイス四季暦 春/夏」と「スイス四季暦 秋/冬」(東京書籍)です。
 ガイド・ブックには決して書かれることのない、スイスの人たちとの交流を通じてのエッセイがスイスの四季の移ろいの中に描かれている素晴らしい本です。さかもとふさ氏による挿絵も、ジュネーヴとその近郊を描いて余すところのないもので、安っぽい写真でないことにも好感を持ちました。
 帯に「住んでみたスイスという国、私が出会ったスイス人たち。」「密告と秘密警察、紅葉と黄葉、ジョルジュ・ドン(ベジャール・バレエ団のダンサー)クリスマス、核シェルター、温泉、謝肉祭…」とありますが、これだけでも読んでみたい気にさせます。
 スイスをどんなに旅してみても、ここまで知ることは不可能です。ガイド・ブックをいくら読んでも、そこに住んでいる人たちの息吹までは教えてはくれません。その意味でこの本は、決してガイド・ブックとはなりませんが、あの美しい風景の向こうに広がるスイスという国のもう一つの顔をよく浮き彫りにしていると考えます。
 この本を読んで、私のスイスへの旅がまた奥行きを加えたことは事実です。何度かスイスに旅しているスイス・フリークにこそお薦めしたい一冊(二冊ですけど)です。

 さて、六回目の最後はスイス日本ライフスタイル研究会の「スイスからのメッセージ」(東京図書出版会)はいかがでしょうか。サブタイトルに「心豊かに暮らすには」という言葉が添えられていますが、この本はスイス人と結婚したりして、日本を離れスイスに暮らすようになった女性たち十人からの手になる本であります。
 彼女たちの視点からスイスでの暮らしぶりの様子は、高々一週間や二週間の旅行の滞在では伺い知ることの出来ないスイスの素顔に触れていると考えられます。
 子育てで気づく夫婦間での文化の違い、職業教育というものに対する日本とのあまりの落差、当然ながら学歴偏重の日本とのあまりの鮮やかな対比などは、話には聞いていたものではありますが、驚くほどの差がそこにはあるようです。良い話しばかりではないようで、当然ながら一長一短があるのですが、私にはとても興味深く思えました。
 スイスでも「いじめ」があることや、それへの対処が充分でないことや、「進学コース」「普通コース」「実業コース」のことなど、体験した人でないと語れないことも書かれてあり、いろんなスイスについて書かれた本の中でも実にユニークな位置を占める一冊であると言えます。
 旅行者には大して関係のないことが大半ではありますが、大好きなスイスの国の人々の生活の実際を知ることで、あの美しい風景の向こう側がかいま見られるようで、私にはとても面白い本でした。
 いかがでしょうか?

 更にあと何冊か紹介したい本もあるので、続きます。