スイスに関する本の紹介 その三

 スイスに関する本についての第三回目です。
 小西政継氏の「マッターホルン北壁」(中公文庫)をまず紹介したいと思います。ツェルマットでは昔はホテル・モンテローザが登山家の定宿であったそうですが、小西氏の時代、一九六〇年代は、駅前のホテル・バーンホフとなっていました。
 名ガイドのベルナード・ビナーの経営するホテルであったからで、彼の暖かい人柄に寄せられて多くのアルピニストがここを定宿としていたそうです。
 九七年にツェルマットに行った時には確か工事中だったと思うのですが、どうなったのでしょうかね。
 さて、小西氏もまた、ここに泊まっていたそうですが、その時はすでにガイドのビナー氏は亡くなられていて、奥様のパウラ・ビナーさんがアルピニストたちの世話をしていたそうです。
 彼女が登山家たちの母となり、支えとなったことや、小西氏のアルピニズムに対する徹底した理想追求の姿勢は、読む者にある種の清々しさを感じさせます。これが処女作だとは信じられないほどの登攀記であると思います。
 厳冬期のマッターホルン北壁に挑んだ彼とザイル仲間たちに心から拍手を送りたい、そんな本であります。

 その本とともに推薦したいのが、ガストン・リビュファの「星と嵐」です。小西氏が北壁登攀の成功の時にツェルマットで会ってその感想を書いていますが、この素晴らしい登山家の六つの北壁登攀記は、単なる登攀記ではなく、ザイルを共にする同志愛について、いざという時にはこの程度のザイルでは役にたたないとしても、ザイルなしでは、友情なしでは登っていけない、ザイルが心を温めてくれるのだという、著者の登山家としての、あるいはガイドとしての誇りと、高い精神世界が描かれていると思います。
 一九八五年に惜しくも亡くなられましたが、この本は近藤等氏の名訳とともに不滅のものではないかと思います。(白水社)

 ガイド・ブックのたぐいはいっぱいあって、まぁ適当に選んでもそう大差はないと思いますが、本の小ささと内容が自分に合っているのか、始めての時からずぅっとエリア・ガイドを友としていますが、日経BP社の旅名人ブックス18の”スイス・ヴァレー州〜マッターホルンが見える「バカンス天国」”はマッターホルンについてはツェルマットとベットマーアルプ、グレッヒェン、それにツィナール、ヴェルヴィエぐらいしかスイス側では見えないので、タイトルについてはいかがなものかとは思いましたが、中身については写真も多く、またその町々の歴史・文化の紹介も適切で、なかなか良い本だなと思っています。

 この本の中でも休暇用住宅をかりて、ロング・ステイをという一文がありますが、鈴木光子女史(在日スイス政府観光局次長)の「スイスロングステイの楽しみ方」(NTT出版)はいかがでしょうか。
 あまりポピュラーとは言えないけど、本当に良いところをいくつか紹介してくれています。休暇用住宅については、今はインターネット経由でメールのやりとり(英語で充分!!)でOKなのでこの本よりも簡単に予約できますが、その事については、別掲の一文を参照して下さい。

 ガイド・ブックとして、私が愛用しているのは、講談社カルチャーブックスの「スイス・アルプス花の旅」です。山田常雄氏が主に執筆されているのですが、写真も豊富で、花の分布についての専門的な解説(でも難しくないですよ)もわかりやすく、実に重宝しています。
 また、新潮社のとんぼの本シリーズにある「スイス・フラワートレイルの旅」(秋本和彦、土田勝義著)も花をテーマとした多くのハイキング・コースが美しい写真とともに紹介されていて、良いガイド・ブックとなることでしょう。
 これらの本のおかげで、エーデルワイスぐらいしか知らなかった私が、ハイキングで花を見ながら、その写真を撮りながらの楽しみを持つことができるようになったのです。

 この第三回目の最後は、グリンデルワルドのホテル・ベラリーの主、中島正晃氏の「グリンデルワルド便り」(山と渓谷社)はいかがでしょう。
 グリンデルワルドの多くの写真(さすが本職ですね)と、住むまでの色んないきさつ、苦労などが語られていて、まとめられた土田玉江さんの無理のない構成もあって実に読みやすい一冊となっています。
 アイガー東山稜のマルティンズ・ロッホのことなどはこの本で始めて知りましたし、グリンデルワルドというゲマインデという一文に、スイスの自治のあり方、実際が実に良く書かれていて、私にはとても理解しやすい一章でありました。

 スイスの本、今回はこんなところでしょうか。次に更に続きます。スイスの本っていっぱいあるのです!