スイス出身の指揮者群像
(2)中堅・若手指揮者たち

 マルク・アンドレーエは他でも触れているスイスの大立者の指揮者フォルクマール・アンドレーエの孫で、両親、すなわち老フォルクマールの息子夫婦はピアニストという音楽家一家にうまれました。
 彼は1939年にチューリッヒで生まれ、イタリアでフェラーラ教授(ウィーンのスワロフスキー教授と共に聖チェチーリア音楽院で多くの指揮者を育てた)に師事し、更にパリでブーランジェ教授(リパッティの先生、ガーシュインも、ピアソラも師事した凄い先生)に師事した後、スイスの名指揮者ペーター・マークのアシスタントとしてキャリアを開始。1969年にスイス・イタリア語放送管弦楽団の首席指揮者に迎えられたのであります。彼は、昔バスフ・レーベルからいくつかの珍しい作品(例えばヨアヒムがシューベルトの連弾曲をオーケストレーションした曲や、リムスキー・コルサコフの編曲した「展覧会の絵」といったもの)を録音していましたが、そうしたものでなく、ウト・ウーギと共演したべートーヴェンのヴァイオリン協奏曲等、日頃の演奏活動の様子がエルミタージュからいくつか発売されていますが、素晴らしい演奏の数々で、ビックリしてしまいます。生き生きとして、太い線で歌い込んでいくベートーヴェン…。明らかに個性的でこの演奏からしか聞かれない生命力がみなぎっている…。そんな音楽家に育っていることを特筆大書しておきたいと思います。
 また、ルガーノを本拠地としている関係から、エドウィン・レーラー・エディションにドニゼッティのオペラの録音がありますが、結構いけます(伊NOUVA ERA)。
 彼はもっと多く聞かれてもいい指揮者であると思うのですが・・・。

 同じように音楽一家に生まれたマティアス・エッシュバッハーはレオナルド・バルダのヴァイオリン協奏曲等の録音でナクソスから新譜が出ています。彼は父がフルトヴェングラーと共演したスイスの名ピアニストであったため、その父からピアノを習い、その後、チューリッヒ音楽院でピアノを修めました。1964年から1968年までチューリッヒ歌劇場の養成所で指揮を習った後、歌劇場の指揮者となり、1976年には、ドイツのリューベック市の音楽総監督に任命され、更に1991年からはエッセン歌劇場とそりオーケストラの首席指揮者となっています。そしてオランダのハーグ・レジデント管やドイツのバンベルク響、NDR響に客演を重ねているようです。
 演奏はバラダの1枚しか聞いていないので、よくわからないのですが、ノーブルな演奏(逆に言えば強烈な個性・・・勝手な解釈をしない演奏)で、はじめての作品を生き生きと描いて聞かせてくれたのはなかなかの手腕の持ち主であると私は思いました。(NAXOS/8.554708)

 バーゼル、チューリッヒを中心に活躍している
マリオ・ヴェンツァーゴ(生年不祥、チューリッヒ生まれ)は、本格的なレパートリーをぜひ聞いてみたい指揮者であります。現在バーゼル交響楽団(放送管と旧バーゼル響が1997年に合併した新しいオーケストラ)の芸術監督をしているヴェンツァーゴは、シューマンの「マンフレッド」等でシェルヘン等の名演に等しい、素晴らしいファンタジーを聞かせてくれました。また、ちょっと若い頃?の演奏でしょうか、テューダー・レーベルにラフの最後の交響曲第11番「冬」の名演が残されています。ロマン派の音楽に対する素晴らしい適性を示している音楽家で、今後スイスの楽壇を背負う素晴らしい逸材であると私は確信しています。

 ヴェンツァーゴのように出世街道を突っ走るタイプも居れば、また新しい道を模索する若手もいます。

 チューリッヒの指揮者ダニエル・シュヴァイツァーはおそらくは1953年頃の生まれで、1981年の28才の夏、チューリッヒで65名のフリーランスの若い演奏家を組織し、チューリッヒ交響楽団を創設。その年の11月にデビューコンサートを成功させたのでありました。以降、チューリッヒのトーンハレをホームグランドとして活動を続けています。この活動が認められてスイス各地のオーケストラに客演もするようになっていますが、このチューリッヒ響との録音以外は私は聞いたことはありません。バイオグラフィーなどが不明ですが、チューリッヒあたりのドイツ語圏の指揮者で、精力的に活動しています。
 指揮とはあまり関係ないかも知れませんが、奥様がピアニストの津田理子さんで、御夫婦の共演も多くショパンの協奏曲の名演がベルギーのCypresからリリースされています。

 オネゲルのシンフォニー第2番と第4番やヨンゲンなどのオルガン交響曲などのCDをリリースしています。トーンハレ管に続くフル編成のオーケストラとして期待したいと思います。

 また、イギリスでキャリアを築いている
マティアス・バーメルトは1942年エアジーゲン生まれのベテランです。ベルン音楽院とパリ音楽院で学んだ俊英でありましたが、最初モーツァルテウムのオーケストラでオーボエ奏者になり、その後指揮に転じた人です。クリーブランド管でジョージ・セルの副指揮者を勤め、1977年にバーゼル放送響の首席指揮者に就任。この頃の録音もいくつかCDで聞くことができます。
 しかし、1985年にスコティッシュ・ナショナル響の首席客演指揮者になったのを足がかりとして、イギリスでキャリアを築き上げ、現在はロンドン・モーツァルト・プレーヤーズを率いています。
 作曲家としても活動をしていて、そのせいか、珍しいレパートリーの発掘に熱心で、多くの録音があります。1985年から1990年にはグラスゴー現代音楽祭の音楽監督、1992年から2001年までルツェルン音楽祭の音楽監督となっていたことは忘れることのできない功績です。ルツェルン音楽祭の毎回のプログラミングの見事さは、彼の手腕によるものであることも忘れてはなりません。(来年からはアバドが就任)
 彼の録音はどれも水準以上の出来をしめしているのも特徴です。どれを聞いても必ず満足させてくれる得難い指揮者の一人ですが中では英シャンドスの看板指揮者の一人として、ストコフスキーの編曲物をはしめ多くの埋もれた作品を世に送りだしています。他にも、ドイツのレーベルに録音したラフの第五番の交響曲等は極めて優れた一枚でした。
 最近の録音の中では、モーツァルトと同時代の交響曲のシリーズなどは手兵のロンドン・モーツァルト・プレーヤーズを振って実に見事な演奏を聞かせてくれます。ヴァーツラフ・ピチェル、アントニオ・ロゼッティ、レオポルド・コゼルハ、サムエル・ウェズレーといった作曲家(名前も初耳というのがほとんどですが)を私も最近購入し聞きましたが、その音楽の素晴らしさにこの時代はモーツァルトやハイドンだけでなかったんだと実感。音楽の素晴らしさと演奏の見事さは、どれだけ褒めても褒めたりないと思われるほどです。中から1枚という方には、サムエル・ウェズレーの交響曲集はいかがでしょうか。メロディーの魅力、オーケストレーションの魅力、どこをとっても生き生きとした表情に何度聞いても飽きることのない名盤であると思います。こういったCDはすぐに廃盤になってしまうし、日本盤が発売されることはまずあり得ないことですので、なんとしてでも手にいれておく必要があります。
 ともかく大推薦の1枚ですね。
 このシリーズはシャンドス・レーベルの名企画であると共に、マティアス・バーメルトという指揮者の実力を多くの人に知らしめたことでありましょう。
 他にも、イギリスの大作曲家パレーの交響曲第3番、4番、オランダの大作曲家リヒャルト・ホルの交響曲第1番、第3番をかつてオッテルローの元で素晴らしい演奏を聞かせながら最近はその録音を聞くことも少なくなっているハーグ・レジデンツ管弦楽団を指揮していれていたり、ハリウッドに移住して映画音楽の世界で大活躍した神童エーリッヒ・ウォルフガング・コルンゴルドの管弦楽曲やゲルハルトの管弦楽曲等を録音しています。
 埋もれた作品の発掘、そして現代の音楽、編曲物、色々と私たちに高品質の演奏を聞かせてくれる指揮者でありますが、あの古典派の見事な演奏を聞き、ロマンチックなバリーやホルの交響曲を聞くにつけ、ベートーヴェンやシュトラウスやブラームスはどんなだろうと思わせる指揮者であります。
 ぜひ、チューリッヒやベルンのオケあたりでそういったスタンダードなレパートリーも聞いてみたいですね。

 モントルー在住、1940年に生まれた
カール・アントン・リッケンバッハーは、スイス・ロマンド管やチューリッヒ歌劇場などでも、活動を続けていたようですが、そちらでの録音は残されていないようで、主にバンベルクなどのドイツのオーケストラとのものであります。むしろドイツの放送局を中心としたオーケストラで活動をしてきたようです。
 録音はやたらと多く、それもかなりマイナーな作品(いわゆる知られざる名曲)の紹介が多いのも特徴で、よく知られた作品で彼が振ったものと言えば、シャンドスのリスト全集の中の協奏作品の演奏くらいでありましょう。現代作品も数多く手がけていますが、かなり器用なタイプの指揮者というのが私の印象です。
 総じて流れの良い演奏をするタイプというか、音楽的に粘らないので、初録音物の作品の紹介という面ではバランスをよく整えて過不足のない演奏をしてくれる点で重宝している指揮者であります。が、それ以上の演奏というのはないのが現状で、特に印象に残る「感動」などは記憶にありません。そういった面ではバーメルトなどの方がずっとロマンチックで、思い入れがつたわってくるタイプですね。
 ドイツのコッホ・シュヴァンやオルフェオ等に録音をしています。

 アロイス・コッホはオネゲルのオラトリオ「ニコラ・ド・フリュー」を録音してスイスMGBから出していますが、生年不祥ですが、おそらくこれまでの中では最も若い世代に属するのではないでしょうか。
 彼はチューリッヒ、ヴィンタートゥーア、ルツェルンで学び、オルガンと指揮でディプロマを得ています。1982年からルツェルンのイエズス教会の合唱指揮を、そして1991年からは名門まベルリン聖ヘドウィッヒ教会の合唱団を指揮しています。もちろんルツェルン国際音楽祭にも出演していますし、現在はルツェルンで
後進の指導と合唱の指導・指揮を行っているようです。
 Arthur Honeggerの作品は、スイスの人なら知らない人のいない中世の偉人ニコラ・ド・フリューを子供たちに教えるために作られた作品で、中央スイス・ユンゲ・フィルハーモニックと手兵のルツェルン・コレギウム・ムジクム合唱団をはじめとするメンバーが手堅い演奏を繰り広げています。
 オケが吹奏楽というのも、演奏機会が少しでも多くなるようにということからのようで、ナレーターがニコラ・ド・フリューの生涯を語り、そこに合唱が挿入されていくといった作品です。オネゲルとしても最も親しみやすい作風で作られているのも魅力的です。スイスの歴史を知る人なら、聞いてみたくなることは間違いありませんね。アロイス・コッホの指揮もなかなか良いです。合唱の扱いは第一級であります。

 で、このアロイス・コッホに師事した若手指揮者が
ダニエル・シュミットです。1960年生まれの彼は、エーリッヒ・シュミットの息子ではないかと思うのですが、チューリッヒとウィーンで学んで主に放送局関係でキャリアをはじめたようです。1978年からアールガウのラッパーツヴィルに定住し、州の音楽監督等を勤めています。バーゼル大学の合唱指揮等もしており、今後どう進んでいくのでしょうか。
 CDは瑞西Jecklinに録音したアールガウの作曲家ペーター・ミーク、ウェルナー・ヴェールリ、ロベルト・ブルン等の管弦楽作品を常任指揮者を勤めているSudbohmische Kammerphilharmonie Budweisを指揮して出しています。どれも全く未知の作品ではありますが、よく統率した良い演奏であると私は思います。まっ、この1枚で判断できることはほとんどないと言ってよいと思われますが、こうした作品の録音もアールガウのカントンのディレクターとしての仕事の一貫なのかも知れません。

 若手としてはバーゼル祝祭管というオーケストラを率いている
トーマス・ヘルツォークがいますが、さて今後どうなっていくのでしょうか。私はその存在だけしか知りませんが…。