アンセルメのモーツァルトの交響曲

DANTE/LYS 453

 第二次世界大戦の最中に、ジュネーヴのスイス・ロマンドのスタジオで録音されたアンセルメと手兵のスイス・ロマンド管弦楽団によるモーツァルトのト短調といわゆる「ジュピター」交響曲がDANTEから出たのは一昨年だったでしょうか。
 最近聞き直してみて、改めてアンセルメという人の音楽の面白さを味わった次第です。

 アンセルメのドイツ物、特に有名曲ほど、どうも血筋の違いなのか、不思議な肌触りとでもいうのでしょうか、落ち着かない演奏が多い中、このモーツァルトもそうした二面性を持つ演奏であるようです。
 ト短調交響曲の第一楽章、テーマは大変落ち着いたテンポでよく歌っているので、まずは安心安心。しかし第二テーマに向かってテンポは走り始め、提示部の一回目はどんどんアチェレランドして、提示部の終止などは弾ききれないほどですが、繰り返しで戻ったとたん、元のテンポに戻り、冷静に始まるのを聞くと、先程の興奮は何だったんだという気になってしまいます。

 二回目の提示部は更に即興的にテンポが揺れ動き、アンサンブルにもかなり乱れが生じているのも事実です。
 さて、展開部。これが結構落ち着いたテンポで行くものですから、ちょっと面食らってしまいます。そしてあまりリタルダンドせずに再現部へ。
 ここでもテーマの時は落ち着き、推移に入るととたんにテンポが走り始めるという状況です。しかし第二テーマに入るとテンポを1段おとして出、推移からコーダに至っては、かなり落ち着いたテンポ設定となっています。
 このようにいつもの通り、第一楽章は不安定な出来に終始しましたが、第二楽章に入って少々速めのテンポでありながらずいぶん立派な演奏となってくるのもまたアンセルメらしいところです。しかし、終止を思いっきりテンポを動かしてみたりとここでも変わったことをしてくるのはそのままですね。
 音楽の向かうところはよくわかるのですが、今の私たちにはずいぶん奇異に感じることも事実です。
 第三楽章でもテンポはフラフラとし、どうしようもないほどアンサンブルは乱れ、ここまでノッテいない演奏も珍しいのではないでしょうか。トリオはさすがと思わせる演奏ですが、前後があまりによくないのでこれはあまりお薦めしたくないですね。
 終楽章に至っても事態は一向に好転の兆しを見せず、少しそれでもテンポに落ち着きが出てきたことは良いのですが、アンサンブルのそれぞれのパートに有機的とでもいうようなつながり、お互いの演奏に反応しあうようなアンサンブルの面白さが全くなく、サラサラ音楽が流れていく演奏で、これは凡演であると私は思います。
 ジュピターでは冒頭のユニゾンとヴァイオリンの優美なフレーズの交代がとても印象的ですが、アンセルメはこれを明らかに違ったテンポで表現しています。即ち、冒頭のユニゾンがゆったりと、極めて堂々とした雰囲気を醸し出して、その後を受けるヴァイオリンのフレーズは速めのテンポで流れるような優美さをというように、対比をことさら強調するかのような演奏に、ちょっと面食らってしまいますが、その後は多少のテンポの自由な扱いはありますが、極めて優美で堂々とした「ジュピター」らしい名演となっています。
 このジュピターは冒頭のテンポの変化にさえ慣れてしまえば、素晴らしい演奏であると申せましょう。歌い回しは極めて優美で美しく、この作品の新たな魅力に気づかされるような名演です。
 第二楽章の優美さはワルターやクレンペラーの最上のものと比べられるもので、深く歌い込んだメロディーに心打たれます。テンポは決して停滞することなく、よく流れるこの演奏にモーツァルトが本質的に持っている歌謡性とでも呼ぶべき表情豊かなカンターピレが感じ取れます。
 第三楽章のメヌエットもはっきりとしたアーティキュレーションで、良い演奏だと思いますが、ちょっとだけ引摺るような歌い回し(これはト短調では特に気になったのですが)があと一歩というところでしょうか。
 終楽章でアンセルメは、対位法とソナタ形式の融合を、高らかに歌い上げたこの傑作の構造を余すところ無く表現しています。が、時折テンポがまた不安定になり、走り気味となるのは残念なところです。またこの楽章だけちょっと構えすぎているのでしょうか。ちょっと表情に硬さが聞かれるのも惜しいところです。

 しかしこの対照的な二曲が同じ1942年10月1日に録音されているのですから面白いですね。原盤のマトリックス番号を見るとジュピターの方から録音されたようで、別に尻上がりに調子をあげていったのではなさそうですし・・・。きっとアンセルメはあの私が不安定と感じたテンポで演奏したかったに違いない。即ち確信犯的演奏であり、アンセルメと私は明らかに違ったテンポ感を持っているということらしい・・・。

 あとおまけに「Exsultate Jubilate」K.166が、ミショーのソプラノで入っていますが、オケもパリ音楽院管で、戦後1947年の録音ということで、ずいぶん良い音なので驚かされます。それにこれはなかなかの演奏ですよ。有名なアレルヤも入っているし、声楽物はアンセルメは弱いなどとお考えの方にいいのではないでしょうか。
 なんと言ってもスイス・ロマンド管弦楽団は年間30公演以上、ジュネーヴ大劇場のピットに入っているのですから。

 こうして聞いてくると、アンセルメしソナタ形式の推移部というものを速く切り上げたかったのではないかと思えてきます。アンセルメの演奏で、不安定なテンポとなったり、つまらなそうに演奏するところが全て主題の後の推移部に移ったあたりばかりなのです。そうそう。ベートーヴェンの「運命」もそうだった。
 アンセルメのドイツ物との相性。更に探求して見ようと思っています。