アンセルメのベートーヴェンの交響曲全集「運命」と「田園」

 昨年末に、一年振りで大阪の実家に里帰りをして来ました。とは言っても休暇ではなく、ちょっとした仕事がらみだったので、慌ただしい二日間でありました。が、以前、広島からの転居の際に、もう聞かないと思い実家に送ってあったCDを少し物色し、その中にあったアンセルメのベートーヴェンが意外と面白いので、重い荷物を更に重くして東京に持って帰って来た次第です。
 もう自分からCDを出して聞かなくなってしまった「運命」などは、古典的な佇まいでありながらかなりのテンポの動きがあり驚いた次第。アンセルメは相当ロマンチックな音楽として解釈しているようです。
 しかし、音楽の感情の動きとテンポの動きが一致していないような、なんとも落ち着きの悪さを感じてしまうのてすが、その辺りはフルトヴェングラーを聞きすぎているためかも知れません。
 第二主題でテンポを大きく落とし、確保以降でアチェレランドしてテンポを戻すところは、あの時代の指揮者たちの標準的な仕様であったワケですが、展開部の入りで少しテンポを落として入り、少しアチェレランドして戻して中ごろで今度は思いっきりテンポを落として、コードでの木管と弦のやりとりに入るのは、何ともわざとらしいと感じられる。
 例のオーボエのソロは美しいが、ややコントロールしすぎかなと思うのは、その導入がちょっとぶっきらぼうに感じるから。コーダも途中で何故あんなにテンポを落としてみせる必要があったのかわかりません。楽員もアンセルメがどういった「運命」を表現したいのかわからない内に一楽章が終わってしまったとう感じだったのではないでしょうか。
 しかし、第二楽章に入って、この居心地の悪さは一掃され、アンセルメの作り出す音楽とベートーヴェンの音楽との一致が聞かれるようになります。感情の高まりと音楽のクライマックスは一致し、幸福な音楽が展開します。木管群は意外とピッチが揃っていないようで残念ですが、金管の威力は絶大で大いに盛り上がります。
 そして第三楽章からはアンセルメの本領発揮というか、本当に素晴らしい前進力で迫真の演奏となっています。弦もここに来てうまくなったように感じるのは気のせいでしょうか。特にトリオの低弦は力を感じさせてくれます。
 終楽章。金管は期待通りで、冒頭から輝かしい演奏で、充分満足させられます。テンポの変化はここでも大きいのですが、あまり不自然というかわざとらしいところがないのがありがたいです。呼吸も深く、ベートーヴェンらしい広がりが感じられる演奏で、更に時間をかけて、この解釈を深く練り込めばさぞかしスゴイ演奏となっただろうと思わせられる演奏でありました。 三楽章のピツィカートでのテーマの再現はやや雑で、もう少し揃ったアンサンブルで聞きたいと思いました。
 全体としてみると後半に向かうほどに出来は良くなっていっているのが実感できるのですが、それは一楽章のあまりに破綻の多い出来に由来しているものと思われます。ディナーミクの変化を大きくとろうとしてオーケストラの技術の限界を要求しているようなところがあり、それが演奏の部分的な破綻につながっていると思われますが、一楽章ではその部分をテンポの変化でしのごうとしすぎて、意味不明となってしまったのではないかと思われます。(ただの推測ですが・・・)

 もう一曲、「田園」はなかなか良い演奏です。「運命」で聞かれたような無理なテンポの変化もほとんどなく、古典的な格調を持っています。オケの面々の演奏技術も「運命」のような破綻はきたしておらず、美しい音を奏でています。まぁ「運命」と「田園」では演奏技術、アンサンブルの質感があまりに違い過ぎて、比べるべきではありませんが。
 第一楽章のバランスの良い演奏は、幅広いディナーミクの変化に支えられ、その喜びや田舎の空気といったものをとてもよく表現しています。
 第二楽章は少し速めのテンポで、これが小川であって決して大河でないこと、ポリフォニックな絡みもバランス良く再現していること、それぞれのメロディーがとてもよく歌っていること、などが特に優れた点としてあげられます。
 この(音色の、あるいは音量の)バランス感の良さというのはアンセルメの最大の特徴であります。弦のさざ波の中からファゴットのソロが浮かび上がって来る演奏はそうはありませんし、実際のコンサート・ホールでは、まず聞こえません。しかし、それがわざとらしいバランスでないのがアンセルメの耳の凄さなのです。ラヴェルやドビュッシーに聞く音楽はその裏付けの上に成り立っているのだと思いますが、この二楽章は特にそのことを実感出来ます。
 最後のツグミやカッコウの鳴き声でちょっとピッチの不安定さが聞かれるのは惜しいところです。ベルリン・フィルではこんなミスはしていないのですが。ちなみにスイス・ロマンド管の演奏はどれも、ピッチが結構アバウトなのですが、こういったソロで出てくると、どうして録り直ししなかったかと思います。総じて木管に不安定さがあり(特にクラリネットとフルートのどちらか)オーボエはピッチはいいのですが、音色に対するセンスが欠けているようです。ああ残念!! 金管は総じて優秀だと思います。
 三楽章以下のアタッカで繋がっていく後半も同様に良い出来です。農夫の踊りでは「運命」のスケルツォのように低弦の威力の上に充分な力感のある音楽が展開します。楽しげな踊りの音楽で、彼がバレエ音楽の指揮で名をなしたことを思いださせてくれます。
 四楽章の雷雨は迫力では今一歩です。それはティンパニーの質感でしょうか。スティックが柔らかいのか、打点がはっきりしない為、ややぼやけてしまう印象があります。弦のトレモロはよく揃っていますが、所々コマの傍でやる特殊奏法のような響きがして面白い効果をあげています。迫力はないものの箱庭の嵐みたいで、スリルはないが見通しの良さがあって、これはこれで良いなぁと思いました。
 終楽章ののびやかな歌は何ともいい気持ちになります。ワルターなどに比べると、ずっと古典的な感じがしますが、それはフレーズがあまり伸び縮みしない、インテンポの演奏のおかげではないかと思いますが、こんな解釈でやるのならどうして「運命」はああだったのかと、ちょっと不思議な感じがいたしました。
 のびやかな歌が、牧歌的な広がりと、晴れやかな感謝の喜びの歌とうまく統一がとれていて、これはなかなかの名演ではないかと思います。
 この曲はクリュイタンスがベルリン・フィルを指揮したステレオ録音が最も好きな演奏なのですが、それに比べても充分に楽しめる素晴らしい演奏であり、スイス・ロマンド管の最も良い状態を聞くことができます。
 アンセルメのベートーヴェンなんてと思っていらっしゃる方にこそこの「田園」はお薦めしたい演奏です。