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しかし、彼のもう一つの、そしておそらくは彼自身が畢生の傑作と自負していた「ミサ・ソレムニス」がほとんど無視されていることは、大変残念です。
フルトヴェングラーもこの曲をあまりとりあげていませんし、録音も残っていないのですが、彼が録音を残しておいてくれたなら、この作品ももっとメジャーになったのではないかと思います。
ところで、第九の演奏といえば、まず多くの人たちにとってファースト・チョイスはフルヴェンのバイロイト音楽祭での1951年のライブに尽きるのではないでしょうか。
昨年2000年には同じ年のザルツブルク音楽祭のライブも出て、その他を圧してしまうスケールの大きさを再認識させられたのですが、戦前のロイヤル・アルバート・ホールでのライブ、戦中のベルリンのライブ(1942年盤)、戦後のストックホルムやウィーンでもライブもいいのですが、やはり、最晩年に残したルツェルン音楽祭でのフィルハーモニア管弦楽団とのライブは、ファンの中では圧倒的に支持を受けている名盤中の名盤というべき1枚です。
録音の素晴らしさは特筆大書されるべきでしょう。有名なバイロイトの第九は合唱が何を歌っているのか不明なほど不鮮明で他は良くても私には感銘が今一つ薄いのです。その点、このルツェルンの第九は素晴らしく生々しく録れているうえ、ソリストの素晴らしいことと言ったら・・・。
スイスの大テノールのヘフリガーを始めレッグ夫人のシュワルツコップのソプラノ、バイロイトの第九でも歌っていたバスのオットー・エーデルマン(あの伝説的なカラヤンの「ばらの騎士」のオックス男爵を思いだす・・・)はもちろん、この演奏でしか知らないがカヴェルティのアルトもなかなか見事な出来であります。
更に、合唱はルツェルンの祝祭合唱団ですが、おそらくは寄せ集めではないかと思いますが、この仕上がりの見事さには感嘆を禁じえません。
そしてオーケストラはレッグのオーケストラ、フィルハーモニア管弦楽団であり、超名手が揃ったスーパー・オーケストラを指揮しての演奏が良くなかったらそれこそ不思議です。
実際に第一楽章からして、すごいスケールで迫ってくる演奏であります。第二楽章の弾むようなリズム感は、それほどテンポをあげているわけではないのに、素晴らしいねりですし、深い瞑想の世界に連れていかれるかのような第三楽章は、超絶的な名演であるとしか言えませんし、終楽章のスケールはもう表現のしようがありません。
私の所持している仏TAHRA盤はCD化がとてもうまくいっているようで、大変聞きやすいものですし、フルトヴェングラーの多くの録音の中でもトップ・クラスのクオリティーであると申せましょう。
8月22日にルツェルンのホールに鳴り響いたこの演奏をこうして記録(レコード)として残したスイス・ロマンド放送のテープのおかげで、この名演を私たちが楽しめるのですから(その技術の高さも含めて)、このスイスの人たちと演奏家たちに、心から感謝・・・でした。 |