ザッヒャーの遺産より

独ARS MUSICI (AM 1155-2)
 今世紀、スイスにおける音楽界の大立者の一人、パウル・ザッヒャーは同時代の多くの第一線の作曲家たちに作品を依頼し、それを初演し、世に広めるという活躍をしました。更に、バーゼル室内管弦楽団やチューリッヒ・コレギウム・ムジクムなどの創設者にしてその指揮者として活躍した大物中の大物と言ってよいでしょう。
 彼の交友のあった作曲家と言えば、バルトークやヒンデミット、リヒャルト・シュトラウスやオネゲル、ストラビンスキーにルトスワフスキー、デュティユー、チャベスまたイギリスのブリテン、スイスの作曲家ならマルタンをはじめモレなどが有名ですが、今回はザッヒャーの委嘱作をザッヒャー自身の指揮でスイスの放送局に録音したものを60年代から80年代のザッヒャーの晩年にかけての録音をまとめた三枚組のCDを紹介したいと思います。
 それは、ARS MUSICIというレーベルから出ている三枚組(AM 1155-2)でバーゼルとチューリッヒのゆかりのオーケストラをザッヒャーが振っています。
 では、一枚目から順に内容を紹介していきたいと思います。一枚目はバーゼル室内管弦楽団の演奏です。
 マルタンのチェロ協奏曲(1965/66)はジュネーヴに住んでいた名チェリストのピエール・フルニエがソロを弾いていて、実に情熱が迸るかのような素晴らしい演奏を聞かせてくれます。バックのザッヒャーの指揮するバーゼルのオーケストラも熱演で、ソリストと共にこの名演を大いに盛り上げています。
 ザッヒャーの六〇歳の記念に書かれたというコンラッド・ベック(1901〜1989)のオマージュは二楽章の短い小品。ベックとのの四〇年にわたる友情の記念となっています。ベック自身のコメントもライナー・ノートに載っています。
 次にヴラディーミル・ヴォーゲル(1896〜1984)の室内オーケストラの為のコンポジション(1976)。
 前衛とは全く一線を画した静謐な作風の作品でもその中にも強い緊張感を聞く者に強いる作品です。ザッヒャーの指揮も見事というべきでしょう。
 一枚目最後はベンジャミン・ブリテンの「カンタータ・アカデミカ〜Carmen Basiliense」です。ソリストにはアグネス・ギーベル(宗教音楽ファンには懐かしい名前です!)にブリテン作品の演奏ではこの人というべきペーター・ピアーズ等の名前が上がっています。
 ベルンハルト・ヴィスという人のテキストにバーゼルの歌などを織り込んで作った作品だとブリテン自身が書いています。バーゼル大学の500年記念ということで委嘱された作品のようですが、祝祭的な雰囲気を持つスケールの大きい作品です。合唱もしっかりしていて、この面でのスイスの伝統の深さを実感することができます。(とは言うもののアンセルメの指揮したフォーレのレクイエムの合唱はひどかったなぁ。関係ないけど・・・)

 次に二枚目といきましょう。一曲目を除いてチューリッヒ・コレギウム・ムジクムの演奏です。
 まずはヴォルフガング・フォルトナー(1907〜1987)の大室内オーケストラの為の変奏曲(1978)です。弦楽合奏とギター、ハープ、ハープシコード、マリンバ、ピアノなどの編成で、特に前衛的なことはありませんが、慣れていない人にはちょっと難解かも知れません。
 二枚目二曲目は、ハンス・ウェルナー・ヘンツェ(1926〜)のオーボエとハープと弦楽合奏のための二重協奏曲(1966)です。ソロはもちろんハインツ・ホリガーとウルスラ・ホリガーの夫妻で担当しています。一楽章形式の作品ですが30分近い演奏時間の力作であります。特殊な奏法等は意識的に避けたようで、オーボエのグリッサンド(音程を徐々にずらしていく奏法)位でも重音奏法などの特殊な奏法は聞かれません。弦楽合奏(18人の弦楽奏者による)もアカデミックと言いたいほどのものです。
 ザッヒャーはチューリッヒのメンバーを指揮しているのですが、アンサンブルの密度は驚くほどの高みに達しています。なかなか侮れないメンバーです。
 次はアンリ・デュティユー(1916〜)の"Mystere de l`Instant"(1989)です。24名の弦楽奏者とツィンバロンと打楽器の為に作られた作品は、現代音楽そのものの不協和な響きの中に例えようもないほどの叙情性を与えた傑作であると思います。マティアス・ヴェルシュのツィンバロンもなかなか効果的です。
 二枚目の最後はドイツのカールスルーエ大学でシュトックハウゼン等に学んだ戦後の世代の作曲家、ヴォルフガング・リーム(1952〜)の"Dunkles Spiel"(1988/90)です。
 四人の打楽器奏者と室内オーケストラの為の10分あまりの小品ですが、ザッヒャーから見れば随分若い作曲家の作品を、実に丁寧に扱っています。

 三枚目はバーゼル打楽器アンサンブルの作品集です。
 最初にメキシコの作曲家カルロス・チャベス(1899〜1978)の"Tambuco"(1964)です。六人の打楽器奏者の為の作品ですが、CDのライナーには何も書いていないので、どういう機会に作られ演奏してのか、さっぱりわかりません。民族的な血がそうさせたのでしょうか?とてもリズミックで面白い作品です。
 こういった打楽器のための作品としては聞き易い部類に入るのではないでしょうか。チャベスは交響曲をはじめたくさんの作品を残した人ですが、あまり前衛的というイメージを持っていなかったので、こういった作品が残っているとは、とても意外でした。
 二曲目はバーゼル生まれの作曲家ルドルフ・ケルテルボルン(1931〜)の"Visions sonares"(1979)です。六つの打楽器群とオブリガート楽器(ヴァイオリン、チェロ、フルート、クラリネット、トランペット、トロンボーン各1)の為の作品です。
 主役は打楽器で、バーゼル交響楽団のメンバーがオブリガート楽器の演奏に加わっています。ケルテンポルンの他の作品、例えば私の知っている曲といえば交響曲第4番(1985/86)やフルートと室内オーケストラの為の"NUOVI CANTI"(1973)といったあたりですが、この作品("Visions sonares")でもかなり前衛的な作風で、聞かせます。
 オブリガート楽器の存在がとても大きいと思いました。それが無かったらかなり退屈な作品となってしまったかも知れません。
 次にフリードハイム・デール(1936〜)の「コンドゥクトゥス」(1980)は四人の打楽器奏者の為の作品。「ニコラス・ボーンの思い出に」というサブタイトルがついている曲です。コンドゥクトゥスとは12-13 世紀のラテン語の歌詞をもつ声楽曲のことで、ボーンというのは若くして事故で亡くなったドイツの小説家のことだそうです。
 この曲はそれに対する悲歌として書かれたそうです。全体に静謐な響きの緊張感が支配していて、強い印象を受ける小品です。
 最後はノイベルト・モレの三人の独唱者、三台のオルガン(リーガル、ポジティブ、グランドの三種類のパイプ・オルガン)、ピアノ、六人の打楽器のための"Visitation"という曲です。テキストもモレ本人による25分弱の大変な力作です。「訪問」「長逗留」などの意味のタイトルですが、果たしてモレはどういう意味を意図していたのでしょうか?