フックスとノヴザァーク・トリオのモーツァルト

(輸)瑞西TUDER/7049

 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の首席奏者たちによるノヴザァーク・トリオ(Novsak Trio)と同じくトーンハレの名オーボエ奏者シモン・フックス(Simon Fuchs)の演奏でモーツァルトのオーボエ四重奏曲、エキストラを入れての同じモーツァルトのナンネル・セプテットを聞きました。

 プリモシュ・ノヴザァーク(こういう表記で良いのでしょうか?)はトーンハレ管の第一コンサート・マスターです。紅一点チェロのスザンネ・バスラーはナヴァラ、ローズ、カサド、に師事した逸材でヴィンタートゥーア音楽院でマスター・クラスを受け持つチェリスト。ヴィオラのミシェル・ルゥーイリーはコルティ、ジェランナに師事し、ズッカーマン等の室内楽で多く共演をしている奏者だそうです。 皆、一七〇〇年頃のクレモナの名器(ヴァイオリンはもちろんストラディヴァリウスです)を使用しています。

 オーボエ四重奏曲でその素晴らしい音色を聞かせてくれるフックスは一九六一年にチューリッヒで音楽家の一家に生まれ、父からオーボエを学んでいます。一九八二年のジュネーヴ国際コンクールをはじめとして、スイス国内のコンクールを総なめにしてミラノ、プラハなどのコンクールでも優勝といった輝かしい成績を修めています。
 一九八九年からはチューリッヒ・トーンハレ管のソロ・オーボエ奏者として活躍していて、あのジンマンのベートーヴェン全集の「運命」の一楽章や「英雄」の終楽章で刺激的な装飾を伴ったオーボエ・ソロを聞かせていたのはおそらくは彼、フックスでしょう。

 オーボエ四重奏曲 K.370 の冒頭の有名な一節を聞いただけで、魅惑されつくしてしまい、後は耳を離せなくなる、そんなドキドキするような演奏に久しぶりに出会えたというのが、第一印象です。
 特にピリオド楽器の影響を受けたような奏法でやっているわけでもなく、極めて伝統的な解釈によるモーツァルト演奏でありますが、よく歌うこと歌うこと!!心地よいテンポ感は、何にも代え難いものであります。
 二楽章の哀切感は、遅くなり過ぎず、あまりの悲壮感を漂わせた演奏とは違い、さらりとしていていつまでも心に残るような美しさの中で表現しています。
 だから三楽章のロンドとの対比が際だつように思えます。これを重々しくやりすぎ、様式を逸脱したような演奏をよく聞くものですからねぇ。

 そしてもう一曲、オーボエ四重奏曲変ロ長調 K.285b(Anh.171) が演奏されます。「えっ?モーツァルトのオーボエ四重奏曲は一曲じゃなかったの?」という人がいらっしゃると思います。これは、フルート四重奏曲第一番ニ長調をこのオーボエ奏者のフックスか編曲した版で、おそらくこれが唯一の録音でしょうね。
 不思議と違和感の全くない演奏となっていて、聞きなじんだフルート四重奏曲が全体に落ち着いたサウンドとなって流れていく様は、新しい発見でした。
 まぁ、モーツァルトのあずかり知らない音楽となっていることは事実ですから、否定的に考える方もいらっしゃるでしょうが。モーツァルトが生きていたらどう言うでしょうか。きっと「上手い編曲だねぇ。でもそんなことする位ならもう一曲、オーボエ四重奏を新しく書いてあげるからちょっと待って。」と言うのではないかなと、想像してします。

 そして名曲「アヴェヴェルム・コルプス」に似たテーマを持つアダージョ K.580a(Anh.94)が奏されます。これは、あまり演奏されませんが、コール・アングレ(イングリッシュ・ホルン)と2ヴァイオリンとチェロの四重奏の小品です。
 この作品でフックスはオーボエをコール・アングレに持ち替えて(コール・アングレはオーボエを少し大きくしたような楽器で多くの場合、オーボエ奏者が持ち替えで演奏する)実に美しい演奏を聞かせてくれます。かつてホリガーの名演がありましたが、それに匹敵するのは間違いありません。
 
 最後は、このCDもう一つの目玉であるディヴェルティメント第11番 K.251「ナンネル・セプテット」です。
 この曲には、トーンハレ管の二人のホルン奏者とコンバス奏者が加わります。
 一七七六年七月、ザルツブルクで姉ナンネルの命名祝日(当時は誕生日よりも重要な記念日だったようです)の為に書かれた作品は、全編にわたって創意に溢れた傑作とされています。
 この七楽章もある大変愉しい作品を彼らは実に見事に演奏しています。例えば三楽章のロンドの優しい歌心を伴った演奏、それぞれの奏者の音楽性の高さを証明していると思われますし、実質的に終楽章の役割を担っている第五楽章のロンドは、オルフェウス室内管弦楽団のような刺激的なテンポでもなく、全体に落ち着いた、それでいて雅やかな雰囲気に彩られたこの作品のイメージにピッタリの演奏だと思うのですが、いかがでしょうか。
 もちろん、メヌエット楽章やマーチの演奏も確かな様式感に裏付けられた、穏やかでそれでいて決して退屈な演奏になっていないのは見事です。
 ベルンのブルーメンシュタイン教会で行われた録音も残響のバランス、音像の遠近感も何とも丁度良いところで、私にはとてもピッタリときました。
 フックスはチューリッヒのトーンハレ管のメンバーで作っているラ・グラン・パルティータという木管アンサンブルのメンバーとしても活躍しているそうです。そちらもぜひ聞いてみたくなりました。
 みなさんもいかがですか?