ハスキルとリバールのブラームス、ブゾーニ、モーツァルト

ハスキルとリバールのブラームス、ブゾーニ、モーツァルト
(輸)DORON DRC 4007/8

 こんな演奏もあったのだなぁって、びっくりするような音源が、海外の放送局やマイナー・レーベルから出ていることがありますが、今回ここで紹介するのは、スイスのDORONレーベルから出ているハスキルとリバール、ヴィンタートゥーア弦楽四重奏団他の共演による、ブラームスのピアノ五重奏曲、弦楽六重奏曲第二番ト長調、ブゾーニのヴァイオリン・ソナタ第二番、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ変ロ長調 K.454 の演奏のCDです。

 この感動的な演奏の数々は、あまりに無名であります。リバールのCDとしては、ゴルドマルクのヴァイオリン協奏曲や夫妻のデュオを記録した二枚組などと共に、その天才を記録した数少ない音盤として長く記憶されるべき一枚でしょうし、ハスキルのCDとしても、音の良い正規盤であることと、ブゾーニやブラームスといった珍しいレパートリーを聞けるという大きな収穫を得ることのできるCDであります。

 まず一枚目のブラームスのピアノ五重奏曲ヘ短調 Op.34 。深刻ぶることなく、意外なほど身軽に始まる演奏は、重厚なブラームスというより、青年ブラームスの思いの長けを心から奏でるといった趣があります。
 この曲は、晩年の作品のように、物思いにふけるが如く演奏したり、北ドイツの重苦しい空のように、やたら重々しく演奏することが正しいとは私には思えません。何と言ってもこの作品は三十才そこそこの作曲家の作品なのです。恋愛をし、仕事を始めて前途に洋々たる未来を見ている少々内気ではあるが強い意志を持った青年の手に成る作品であることを忘れてはなりません。
 まぁ多少屈折はしているようですが…。

 ところで、ヴィンタートゥーアと言えばブラームスが、ドイツ・レクイエムを書いている頃、演奏旅行でヨアヒム、クララ・シューマン達と訪れている街です。そこの演奏団体というのも何やら…。うーん、そんな因縁をここに持ち出すのは、こじつけも甚だしいことだとは思いますがね。
 しかし、そういった若いブラームスの溌剌とした心の高まりを、この演奏は実に自然に余すところ無く表現していると思います。
 第一楽章、第二テーマの提示におけるアンサンブルのちょっとしたやり取りにも、皆が全身を耳にして反応している、アンサンブルの敏感さが、とてもよく出ていると思います。それは、若い恋人たちの語らいのような二楽章や舞曲風の第三楽章でも、静かに始まりそしてどんどん盛り上がる終楽章において頂点に達するのです。
 終楽章のポリフォニックな発展は、後年の彼の作風をはっきりと意識させる、実に良く書けた部分ですが、彼らの演奏は決してたたみかけるような圧迫感を与えるのではなく、全体としてのバランスに向かっているように感じます。
 ピアノの音が意外なほど美しく捉えられていること、リバールのヴァイオリンも実に良く聞こえます。しかし、アンサンブルのバランスが悪くなることは決してなく、強引さ、わざとらしさの全くない、それでいて実に表情豊かな演奏が繰り広げられていきます。

 大きなアンサンブルでは、弦楽六重奏曲第二番ト長調が同じ盤に入っていますが、これもなかなかノーブルで気に入っています。
 地味な作品で、一番のように甘美な二楽章を持たない為、ポピュラーな人気はありませんが、ピアノ五重奏曲の翌年に完成を見た(作曲者三十二才)作品で、ピアノがない分、ポリフォニックな面への傾斜がより鮮明に出ている作品ではないかと思います。
 ミニ・シンフォニーのような構えの大きさを持ちながら、細部までよく考えて作られた作品で、フラフラとしたトリルの様な動機が全曲を結びつけるイデーの働きをし、終曲で一機に発散するといった感じですね。
 ヴィンタートゥーア・クァルテットとその仲間(おそらくは同じオケのメンバー?)の演奏は、その辺りをよく意識した、曲に合った演奏をしていると思います。あと残念なのは録音が古いということだけで、この美しい音楽の前にそんなことはどうでもいいことのように思えて来てしまいます。
 三楽章の所在なげな悲しげなメロディーと無窮動な終楽章の開始部は、鮮やかな対比を形成し、リズミックな部分と、音程の幅の広いいかにもブラームス調のメロディアスな部分の対比の顕著な終楽章に集約される見事な構成感は、ポリフォニックな多層的な構造の中に収斂されていきます。
 それは、こういった落ち着いた、全体の見通しのよく効いた演奏でこそよく聞くことができると言えましょう。
 あとは、ハスキルとリバールのデュオが二曲。
 珍しいのはブゾーニのヴァイオリン・ソナタ第二番ホ短調ではないでしょうか。昔、確かクレーメルの演奏で聞いたのが最初だったと思いますが、ブゾーニのおそらくはこの種の作品の最後の曲となったホ短調のソナタから、ハスキルとリバールは、この後期ロマン派の未来を見つめる人物像をよく照らし出しているように思います。
 全六楽章の多楽章形式によるこの作品は、後期ロマン派の末尾に生まれ出たバロックの申し子のような曲で、響きは二十世紀を聴いているといった不思議なアイロニーに支配されています。
 これをこの二人は無理のない解釈で、馴染みの無い人達にも、まるで昔からこの曲を知っていたかのように、自然に聴かせてしまう、そんな説得力を持っています。
 クレーメルとアナファシエフのコンビの演奏は、国内盤は廃盤になって久しいですから、ぜひ一度この演奏をお試しあれと、声を大にして言いたい一曲です。
 最後はモーツァルトですが、これはちょっと録音が悪く(この曲の録音が一番古く、一九四七年)、私にはあまり楽しめませんでした。すみません。それにこの曲にはグリュミオーとのより録音条件の良い演奏が控えていますから…。
 この曲になると、いきなりヴァイオリンが精彩を欠くように思えるから不思議です。ピアノはいつも通りの素晴らしい演奏を繰り広げているようですが。
 ということで、モーツァルト以外は全て大推薦の二枚組でした。CDNOWなどでなら、まだ手に入るかも知れません。興味をお持ちになられたら、是非!!