バーゼル放送交響楽団二十五周年記念アルバム

バーゼル放送交響楽団二十五周年記念アルバム
(輸)瑞西 TUDOR 7041

 一九二四年にその前身となる放送用のオーケストラがチューリッヒに結成され、色んな名称で呼ばれていたオーケストラが、一九七〇年にバーゼルに本拠を移し、バーゼル放送交響楽団としてスタート。
 その二十五周年記念アルバムを今頃になって手に入れたのですが、この出来がなかなか良いので、ここに紹介することとしました。

 最初はモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」序曲。エーリッヒ・シュミットという指揮者による一九七七年五月に録音されたものだそうです。
 ウキウキしてくるようなこの曲の持ち味を、余すところ無く表現していると思います。強弱の幅が極端でなく、テンポも最近の流行のような目を回しそうなものではなく、極めて常識的な解釈による、ドイツの伝統的なモーツァルト演奏であると考えます。
 「可能な限り速く」と記したモーツァルトは本当にそれを望んでいたのではなく、そう感じることを望んでいたのではないでしょうか。当時のテンポ感(その時私は生きていたわけではないのであくまで推測ですが)としては、この辺りのテンポを意図していたのではないか、と私は考えています。
 オケのバランスも良く、開始部でやや不安定感のある木管もすぐに調子をあげており、過不足のない、実に私の好みの演奏であります。
 次は同じ指揮者による一九七一年一月の録音で、モーツァルトの歌劇「にせの女庭師」序曲。この曲はワルター指揮ウィーン・フィルによる戦前の名演がよく知られています。テンポの速い一気呵成に進むこの曲は、ミュンヘンの選帝侯マクシミリアン3世からカーニバルの催し物の為に依頼された作品で、一七七四年の暮れに完成しています。
 つまり、この曲は、モーツァルトの子供時代の作品なのですが、ワルターはテンポを速めにとり、力強く曲を進めますが、シュミット氏はやや落ち着いたテンポで、一つ一つの音の響きを大切にしながら、極めて丁寧に曲を進めています。
 ワルターの方が少し乱暴に聞こえるほど、この演奏は上品で、愉しく、それでいて決して生気の抜けた物になっていない、なかなかの名演であると思います。

 三曲目はイタリアの巨匠、ネロ・サンティが指揮して歌劇「ウィリアム・テル」第一幕のバレエ音楽を聞かせてくれます。一九八六年四月の録音です。
 この部分だけ抜粋しての録音というのは、ちょっと記憶がありません。でもなかなか面白い作品で、テーマの出だしがちょっと変わっていて印象に残ります。ロッシーニにしては珍しく短い単位で転調を含む、それでいてとても単純なテーマなのです。
 このテーマをロンド主題として、色んな場面が移って行くといった作品で、最後はお約束のロッシーニ・クレッシェンドで終わるという曲を、さすがベテランのイタリア人指揮者、ネロ・サンティが細部に至るまで丁寧に仕上げた演奏で聞くことが出来ます。これなら、ロッシーニ名序曲集などにぜひ入れてもっと知られて欲しい作品だと思います。

 四曲目は、これが始めて聞く作品でした。サンサーンスの「リスボンの夜」Op.63 。指揮も私はよく知りませんがリヒャルト・ミュラー=ランペルト(Richard Muller-Lampertz)という人が振っています。一九七三年二月の録音。
 静かでほのかに甘く、五分余りの間にまるで魔法のように転調を重ねて音色を変えながら、甘美な夢を追いかけ続けるといった作品で、弦の他に木管のソロが活躍する作品で、バーゼルのオケのメンバーの美しい演奏が楽しめます。

 次はジョスランの子守歌で知られるゴダールの知られざる「イタリアの情景」の中の「シシリアーノ」。私も始めて聞く作品でしたが、ややテンポがこの曲にしては重いように思ったのですが、どうでしょうか。しかし、なかなか特徴のある面白い作品ですので、もう少し演奏されてもいいように思います。
 指揮は、フルニエなどの小品集などで指揮していたスイスの指揮者、ジャン=マリー・オーバーソン。一九七九年五月の録音でした。
 六曲目は、ロシアの作曲家リャードフの代表作、「魔法にかけられた湖」Op.62 をロシアの巨匠ルドルフ・バルシャイが指揮しての一九八五年五月の録音です。
 全曲を通してほとんどピアニッシモという、幻想的な題材による作品で、緊張感の途切れることのない素晴らしい演奏です。
 室内オケから、フル・オケへと対象を移していったバルシャイのこれは室内楽的な緊張感を保ったフル・オケでの名演の一つと言えるのではないでしょうか?
 昔、いくつかの演奏で聞いた私のこの曲への印象をあっさり消え去らせた演奏であります。

 次に、またリヒャルト・ミュラー=ランペルト指揮のイギリスの作曲家ウォルトンの「ヨハネスブルク祝典序曲」という、またまた珍しいというか、私の未知の作品が出てきました。
 一九七一年一月の録音。
 近代オーケストラをフルに活用した、実に力強い作品で、ウィットに富む主題に、イギリスの作曲家ウォルトンの面目躍如たるものがあると思います。怒れる作曲家ウォルトンは「いつもいつも怒っている」わけではありません。この曲のように、ポピュラリティーに富む作品(何と言っても祝典の為の作品なのです!!)も作っているのです。
 そしてリヒャルト・ミュラー=ランペルトの指揮は丁寧で生気にも欠けていない、実に楽しいものとなっています。時折出てくるラテン音楽のリズムも何ら不自然に思うことなく、実に自然で、余裕があると思います。これはいいですよ。

 次は、オーストリアの前衛音楽の旗手だった一人、クシェネックの自作自演!!です。" Elf Transparente" 何と訳せば良いのでしょうか?「11の透明なもの」では変ですね。録音はこのCDの中では最も古く、楽団創設の一九七〇年の五月です。シェーンベルクの流れを受け継ぐ作曲家の一人で、前衛とは言え随分ロマンチックな性格を持つ作品を書き続けた一人だと思います。
 彼の自作自演はいくつか聞いたことがありますが、この曲は始めて(曲を聞くのも)で、聞き易い作りは、いつもながら、実際この作曲家が生前ドイツ・オーストリアで(戦後ですよ!)受けていた尊敬は大変なものだったそうです。
 そして、バーゼルの面々は、そのマエストロの期待に見事に応えているようです。実際、ヘルマン・シェルヘンの薫陶を受けた前身のベロミュンスター管弦楽団時代から、現代音楽を積極的に取り上げてきたはずですから、このクシェネックの音楽に対する反応の良さは、当然のことであるし、このアニバーサリーの中に欠くことの出来ない一曲でもあったと思います。
 最後は、トランペット吹きの人は知っていると思いますが、ジョージ・アンタイルという今世紀前半にアメリカで活躍した作曲家の一九二五年の作品「ジャズ・シンフォニー」を、スイス、エアージンゲンに生まれたマティアス・バーメルトの指揮、一九八一年の録音で聞きます。
 バーメルトの指揮は実に見事で、このアメリカの二十五才の若者の作品を、おそらくは実際以上に魅力的に聞かせます。ホンキートンク・ピアノにアフリカ風のリズム、オスティナートにブルー・ノート。きっとガーシュインでお馴染みの節回しを、この作曲家はやや堅苦しくやってしまい「やっぱりガーシュインが良い」などと思わせてしまいがちなのですが、演奏は大変よくやっていて、曲の欠点をあまり意識させないで居させてくれます。
 バーメルトはこんな変わった作品を録音するのがとても好きなようで(レコード会社の政策なの?)他にもいろいろあるので、スイスの指揮者としていずれ紹介したいと思っているのですが、それなりに楽しめる一曲となっていることは特筆できます。(この手の曲は、オリジナルのガーシュインをのぞいて好みではないのです。すみません。)