名人たちの語らい ゼレンカのトリオ・ソナタとホリガーと仲間達

ゼレンカ:トリオ・ソナタ集 ZWV.181
ECM/POCC1058〜9

 スイスの生んだ世紀の名手の一人、ハインツ・ホリガーを中心にオーボエのブルグ、ヴァイオリンのツェートマイヤー、バスーンの名手トゥーネマン、チェンバロのジャコッテやリュートのルービン、コンバスのシュトールといったベテラン、中堅を配した布陣でのゼレンカのトリオ・ソナタ集のCDはこの冬の最大の収穫でありました。
 ホリガー、ブルグ、トゥーネマン、ジャコッテにとっては再録音にあたり、手の内に入った自在なアンサンブルの見事さは、曲そのものの良さと相まって、大変愉しい時を与えてくれます。
 古楽器奏法に背を向けての、近代楽器のその機能性に依存したその演奏は、ディナーミクを極端なアゴーギクで補う古楽器奏法によるものとは異なり、大変聞き易いというか、耳になじみやすい音楽となっています。
 そしてそれが、ゼレンカのこの名曲の多彩さ、面白さを自然と私たちに解らせてくれることになっています。

 ラ・ショー・ド・フォンのホールは、最近特にフィリップスの録音などで、よく聞きますが、このような室内楽では実に良い特性を示します。
 レーベルがECM(あのキース・ジャレットのケルン・コンサートのレーベルです。意外でしょ?)ということもあって、少々残響が「ECM的」で人工的な感じがして、この面ではもっと自然であっても良かったのではと思いますが(レコ芸の録音評では「このホールは大きいのか?」というコメントが出ていました)、やや好みを分かつところでしょうね。

 ゼレンカという作曲家はボヘミア(現在のチェコ)で生まれ、ドイツのドレスデンの宮廷で活躍した作曲家です。生まれが一六七九年、亡くなったのは一七四五年とありますから、ちょうどバッハやヘンデルと同世代の作曲家であったと考えてくだされば良いと思います。
 ドレスデンの宮廷オーケストラには管楽器の名手がたくさんいたそうで、その人たちのために書かれたのがこの作品なのです。したがって、ホリガーやその弟子ブルグ、トゥーネマン、ジャコッテという名手による録音が、とりわけ意味を持つのであります。

 トリオ・ソナタらしい、メロディーとメロディーの密接な絡み合い、出と入りの微妙なバランス感覚は、この演奏の最大の特徴でありましょう。全体に軽やかな弾力のあるリズム感と、滑らかなレガートと下品には決してならないアクセント、それぞれがジャマにならない絶妙のバランス、そしてそのどれもがよく聞き取れるという、ちょっと考えたら矛盾ともとれるようなバランスは、彼らのような名人たちにのみ許された世界なのでありましょう。
 それはツェートマイヤー(昨年、一緒に仕事をしたある若い日本人ヴァイオリニストは彼の弟子でした。なかなか美しい音を持つ奏者でしたっけ)が加わる、第三番でも水準は当然のことながら維持されます。
 ツェートマイヤーと言えば、ブラームスのヴァイオリン協奏曲を聞いたことがありますが、派手な身振りの無い、実に堅実な演奏だったと記憶しています。それは、指揮をしていたドホナーニの影響もあったのでしょうが、あまり特徴のない堅実なだけだったように思うのですが、ここでの彼は本当にのびのびしていて(もちろんブラームスの大コンチェルトと違うのは当たり前ですが)気負いもなく、実に愉しい音楽をやっているのですから、私の記憶は随分当てにならないものだと思った次第です。

 バロック音楽が好きな方皆さんに、このスイスの名人を中心にスイスで録音された一枚をお薦めする次第です。