バッハ二題

シュナイダーハン/ J.S.Bach:ヴァイオリン協奏曲集
Grammophon/POCG-90173

 何という美しいバッハでしょうか!!シュナイダーハンがカール・フレッシュの後任としてルツェルンで教えはじめて七年目の、一九五六年のこのバッハのヴァイオリン協奏曲全三曲の録音は、実は正式デビュー前のルツェルン祝祭弦楽合奏団の演奏で、まぎれもない初録音なのです。

  それもドイツ・アルヒーフという、とても格式の高いレーベル(カラヤンが同じ系列のグラモフォンからレハールの「メリーウィドゥー」を出したときにポピュラー・レーベルから出すべきだと大騒ぎになったようなお国柄から想像して下さい)から出たという特別の一枚なのです。
 しかし、そういった上辺の事情は度外視しても、この録音は素晴らしいものだと思います。
 たるんだ所のない、実に颯爽としたテンポ。正確なピッチと細部にわたるよく考え抜かれたアーティキュレーション、そして緊密なアンサンブル。
 どれをとっても第一級の演奏でモノラルということを除けば、充分に今日でもレギュラー盤の一角を占めることができる鮮度を維持しているのは驚異的なことであると考えます。
 二つのヴァイオリンの為の協奏曲の演奏は、指揮を担当するスイス人のバウムガルトナーが2nd.を担当していますが、シュナイダーハンの弟子でもある彼が、その後この合奏団の顔となり、多くの名演を残すことになるのですから、その貴重な出発点を記録した一枚とも言えるでしょう。
 録音場所についてはルツェルンとだけあるので、クンストハレか、どこかの教会を使ったのかは不明ですが、ご存知の方がいらっしゃればお教えいただけたらと思います。

カール・リヒター/J.S.Bach:オルガン曲集
LONDON/POCL-3920

 スイスのバッハ、もう一枚はカール・リヒターがその最初期にジュネーヴのヴィクトリア・ホールのオルガンを使用して録音したバッハりオルガン作品集です。
 歴史的な楽器ではないホール付きのこのオルガンは、アンセルメのサンサーンスのオルガン交響曲でも聞くことができますが、おそらくカヴァイエ・コルの近代オルガンであることだけは間違いありません。(というのは、このオルガン私は見たことがないし、すでに消失してしまい新しいオルガンになっているからです。
 したがって、このオルガンのCDはそう多くは残っていないことだろうと思います。
 

 最初の曲は、バッハ青年時代の傑作「トッカータとフーガニ短調BWV565」。青年リヒターが情熱の限りをぶつけたような熱い演奏となっています。集中力の強さはとんでもないものです。トッカータはややおさえがちに出て、少しずつクライマックスに持っていく、その伽藍のような構築性に惹かれます。
 こうした構築性に対する関心はこの時代のバッハ解釈の最先端でありました。
 主題の関連、素材の展開の手法に対して、あらゆる面から分析に関する本が書かれたのもこの時期であります。最近、八〇歳を過ぎてグラモフォンと契約して話題となっているティーレックなどもこの世代に属します。
 これは、それまでのロマンティックな解釈。物語とばかり結びつけて、あるいは雲をつかむような精神性の論議ばかりとなった解釈から、現代に続く音楽そのものの構造から方法論を見つけるという演奏のスタイルの大きな転換点となっています。
 新即物主義(ノイエ・ザッハリッヒ・カイト)と言われた戦前の一部の演奏のスタイルが戦後、一挙に花開いたのであります。
 その寵児ともいうべき一人のオルガニストで指揮者、カール・リヒターの若い日々の演奏からは、青年らしい意気込みと、厳しい集中力がみなぎっていて、録音の古さ(一九五四年)にも関わらず、聞き手の集中力をそらさない演奏となっています。
 レジストは華やかで、伝統的な範疇に留まっていると思いますが、傑作中の傑作「パッサカリアとフーガ」の素晴らしいテンポの出だしは、あまりに重々しい出だし、思わせぶりにやりすぎた演奏が多い中、リヒターが外面的な場当たり的効果を、徹底して排除しているその、厳しい演奏態度に由来するものと考えます。
 新しいオルガンの機能をよく引き出して、それを自分のものとして演奏するというのは、いつも使っている楽器でないビジターでの演奏であることを考えれば驚異的なことであります。
 そして、それを録音に残してくれたおかげで、アルヒーフ=グラモフォンの有名なもう一つの録音とはひと味もふた味も違ったリヒターのバッハを、そして、今は無いヴィクトリア・ホールのオルガンの演奏を聞くことができるのです。(LONDON/POCL-3920)