カルロ・ゼッキ
シューマンの「子供のためのアルバム」「子供の情景」

シューマン/子供の情景、子供の為のアルバム
カルロ・ゼッキ(Pf)
輸)ERMITAGE ERM 190-2

 ERMITAGEレーベルは大変興味深い演奏を廉価で提供してくれています。この一枚の最初はこのレーベルからカルロ・ゼッキ(Carlo Zecchi)の演奏したシューマンの「子供のためのアルバム」と「子供の情景」です。

 ゼッキと言えば、指揮者としての方がずっと有名ですね。
 一九五八年の初来日以来定期的に来日し、晩年には草津音楽祭で指揮をしたりしていますが、ピアノもベルリンでブゾーニやシュナーベルに習った経験を持つ人で、指揮者としてはピアニストとしてのデビュー後に勉強し、アムステルダム・コンセルトヘボウ管やウィーン・フィルやロンドン・フィルとも共演している音楽家であります。
 サンタ・チェチーリア音楽院やザルツブルク・モーツァルテウム音楽院でも教鞭をとり優秀な人材を輩出していますが、もちろん指揮しての演奏会も行ったりしています。
 私たちにとってゼッキは、戦後、クララ・ハスキルがスイスで演奏活動を始めた頃、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第四番をロンドン・フィルと録音した際の指揮者としての方がよく知られているのではないでしょうか。

 しかしこのゼッキ、あなどれないピアニストで、亡き近衛秀麿が「是非共演したい」ピアニストとして挙げていることからもわかるように、ピアニストとしても一流でした。この点、ショルティやセル等と似ていると思います。
 そうそうスカルラッティの楽譜の校訂者としても有名だったそうですから、なかなか多才なひとだったようですね。作曲もしているそうですから。

 一九〇三年七月八日、ローマ生まれ。デビューは一九二〇年。名チェリストのマイナルディとの室内楽も有名だったそうです。ゼッキの指揮者としてのキャリアはずっと後のことだったんですね。

 さて、このゼッキがルガーノのスイス・イタリア語放送の為に録音したのがシューマンの「子供のためのアルバム」です。選集ですので、全曲ではありませんが、なるほど品の良い、素晴らしくきれいな音の持ち主であるようです。録音があまり良くなく、音像がちょっと引っ込み気味で歪みがちの録音でもあるので、ちょっと聞いただけでは地味な印象をうけることでしょうが、ゼッキ自身の丁寧な解釈と選曲により、なかなかの聞き物となっています。
 曲順もゼッキの考えで入れ替えられていますが、その辺はとてもよく考えられたものという感じです。
 演奏は、第一曲「メロディー」のハッとする美しさ、「哀れな孤児」の豊かな表情、有名な「楽しき農夫」の柔らかなメロディーラインの表現、バッハの有名な平均律の前奏曲を思わせる「小練習曲」のレガート、しみじみとした「春の歌」の多声的な動きの表現、伸びやかなメロディーの「愛しい五月お前はまたやって来た」のカンターピレ。
 ゼッキにかかると「田舎風な歌」までが洗練の極みとなり、シューマンの得意の「ロマンツェ」では絶妙のテンポの変化で引きつけ、第四曲の「コラール」を天才が新たに解釈し直した「装飾されたコラール」の深い世界がゼッキの手によって見事に再現されています。
 こんな素晴らしい作品が聞き逃されているとしたら、実に残念なことであります。
 第21曲を弾くことで「冬季氈vの重要なモチーフをさりげなく印象づけて、さらりと「大晦日の夜」につなげるあたりは実によく考えられていますし、その「大晦日の夜」も大柄な身振りを押さえて、あくまで中庸の美に徹しているのです。
 「他国の人」などは録音がもう少し良かったら!!と思いますが、次に第三〇曲目のモルト・アダージョ(極めてゆっくりと)がその多声的な立体感のある静謐な世界と対比させる辺りはゼッキの面目躍如たるものがあります。「シェヘラザード」「ロンド」と続くのもそういった性格の対比を印象づけ、聞く者の興味を引き続けるように工夫しています。
 第二六曲のゆったりとした無題の曲は、「ロマンツェ」のように秘めやかな情緒に満たされ、続く「追憶〜メンデルスゾーンの命日に〜」は美しいだけでなくその奥にあるべき悲哀までもがよく表現されたものです。
 「冬季氈vはミケランジェリの名演もある隠れた名曲とでも言うべき作品ですが、テンポ・ルバートが絶妙で、大変美しい演奏となっています。最後は「ミニヨン」。響きの変化とテンポの変化の得難い結びつきを感じさせる演奏で、この録音を終わっています。
  一曲ずつ曲名のアナウンスがあり、それもゼッキ自身によるもので、ちょっと面白い録音となっていますが、恐らく放送局の要請でそうなったのでしょうが、アナウンサーはいないのでしょうかねぇ。

 曲も子供の為などと書いてある為、学習用の軽い練習曲と見なされやすいのですが、この曲集は確かに平易な作品もありますが、決してそのレベルの作品ではなく、バイエルなどと同等に扱うべきでは決してありません。

 もう一つ「子供の情景」は一九四二年、トリノの録音で私的な録音が原盤となっているそうですが、なかなか良い音で入っています。「子供のためのアルバム」は一九六七年の録音でゼッキ62歳の時の録音ですから、その25年前の30代後半のゼッキは、まだ指揮者としての活動よりピアニストとしての活動に重きをおいていた時代であり、「子供のためのアルバム」のようにテクニック的にミスがやや目立つこともなく、このピアニストの実力を充分に堪能できるできであります。
 他にももっと聞きたいという気にさせる演奏で、特にしなやかなカンターピレと音色の多彩さが印象的でありますが、キレの良いテクニックという点では多少劣るかも知れませんが、それを補ってあまりある演奏と言えましょう。

 ゼッキのピアノ。噂には聞いていたのですが、実際に聞くことが出来ずにいたわけで、こういったCDが出てくるという幸せな時代に生きていることに感謝、感謝です。