ラフの音楽 -03- 交響曲第5番「レノーレ」

 ラフの交響曲の中でも、代表作として名高い第5番について、ここで紹介したいと思います。「レノーレ」という副題を持つ作品で、一八七二年に完成した作品です。ラフ五〇才の時の作品です。
 「レノーレ」という題名はゴットフリート・アウグスト・ビュルガーという人が一七七三年に書いた詩のタイトルで終楽章の音楽のベースとなっています。もとはスコットランドのバラードだそうですが…。

 お話の筋立ては、亡霊のお話で、花婿に化けた亡霊が花嫁を馬に乗せ疾駆していく真夜中の情景を描写したものだそうですが、そうおどろおどろしいものでは決してありませんが。
 まあ、最終楽章あたりに、切迫感と神秘性が微妙にバランスをとった世界が表現されていて、恍惚に満ちた第二楽章と共に印象に残る音楽となっています。

 この標題性のおかげでしょうか、チャイコフスキーの交響曲(チャイコフスキーはこの頃第二交響曲を書いていました)につながる叙情性と、響きの新しさ、管弦楽法の卓抜さをことさら印象づける音楽となっています。主要作品にこの曲と第三番の交響曲「森にて」があがるのはよくわかる気がします。

 全曲は四つの楽章から出来ていますが、最初の二つの楽章を「愛の幸福」という標題を持つ部分で、続く第三楽章が「告別」という標題を持っています。終楽章は「死による再会」という標題を持っており、三つの部分に分けられています。

 第一楽章は古典的な快活なテーマで始まります。快活なアレグロ楽章で、ちょっとオペラの序曲のようなワクワクするようなピアニシモから細かな音型が繰り返されてクレッシェンドして、フォルティッシモのテーマに到達するといった開始部で、叙情的な第二主題がこれに対峙します。
 入念な展開は、この作曲家が実にしっかりとした技術を身につけていることを証しています。転調の妙味はなかなか素晴らしいものがありますし、この時代の作品として考えれば、確かにメンデルスゾーンやウェーバーといった作曲家の影響下にあるとはいえ、なかなか独創性にも富んでいます。
 まぁ、ブラームスのような重厚さとは違い、イタリアに顔を向けて、身軽に羽ばたいているドイツ・ロマン派の音楽とでも評するべきでしょか?

 第二楽章は、ラフお得意の叙情的な(そしてとても美しい)息の長いテーマが、少しずつ変化を付けられて繰り返していくうちに盛り上がってゆく、実にロマンチックな音楽であります。弦でとうとうと歌い上げるメロディーの間にホルンや木管楽器によるメロディーが挟まれ、それもいつしか弦のメロディーに取り込まれていくといった音楽で、実に幸福で安らぎに満ちたメロディーと響きに満ちています。
 しかし、いきなりベースが刻み始め、後の悲劇を予感させるような音楽が響きわたりますが、それもすぐ消え、最初の平和で安らかな幸福に満ちた音楽に溶け込んでいきます。
 この悲劇的な挿入句は三楽章で更に拡大して登場します。
 
 第三楽章はマーチで始まります。明るく力強く、堂々としていてこの部分につけられている「告別」という題名に不似合いのようにも思えますが、いきなりその歩みを止め、ハ短調の悲しみのテーマが挿入されます。
 またマーチに戻るのですが、堂々とした勇ましいマーチなのにどこか空虚で、不思議な感じ方の変化をしていることに気づかされます。むしろ悲しみの時間に介入してきた行進のように聞こえます。

 終楽章はビュルガーの詩の物語の描写に忠実な音楽だそうで、いかにもロマン派の音楽という作りで出来ています。今までに出てきた主題を登場させて全体を統一する手法も、ロマン派で盛んに使われた手法ですし、物語性に準じた作り方も、交響詩などのリストからリヒャルト・シュトラウスにつながるドイツ・ロマン派の伝統の申し子のような作りとなっています。
 三楽章の短調のメロディーをもじったイントロの後、マーチのテーマも変容して再現します。弱々しく、不安げなテーマは今まで出てきたテーマから導き出された主題で、テンポが目まぐるしく変化し、戦いや死を暗示しています。
 七年戦争を戦ったウィルヘルムへの レノーレの愛をテーマとして書かれた詩だということですが、恐らく一七五六年から一七六三年にかけてオーストリアのマリア・テレジアがフランス、ロシアの同盟国の後押しでプロイセンとイギリスに対して起こした戦争のことでしょうし、イギリスの軍隊を指導したのがウィルヘルム・ピットと言いますから、史実に則った作品なのでしょうか。