ラフの音楽 -02- 交響曲第2番と第3番「森にて」 |
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| スイスの作曲家ヨアヒム・ラフは、交響曲で高く評価された人ですから、その交響曲を聞くことでその音楽的特徴を探ることができると思います。 この項では、彼の交響曲第二番と傑作と名高い第三番「森の中で」について書いてみます。 第二番の交響曲は作品番号一四〇を持ち、一八六九年、四七才の時に完成しています。 開始部の溌剌とした雰囲気は、管楽器を効果的に扱い、田園調とでも言うのでしょうか、なんとも伸びやかで、広がりのあるテーマで幕が開きます。 第二楽章は、ラフは恐らく意図的にモーツァルトのレクイエムの中の「キリエ」に似た旋律を中間に挟むことで、ある重みを伴う叙情性を獲得していると思われます。 アンダンテ・コン・モトという歩くような速さで、しかも動いてという指定を持つ楽章は、しかし暗く重々しい北国の空模様というのではなく、常にイタリアの南国の青空に心が向いている音楽であると思います。 第三楽章はスケルツォ。ト短調の快速な楽想にメンデルスゾーンを連想してしまいそうですが、決して借り物なんかではなく、しっかりとした土台と自らの語法を持って堂々とした作品に仕上がっています。トリオ(中間部)の優しい叙情性は、ラフのメロディー・メーカーの面目躍如たるものがありますし、スケルツォ・テーマとの対比の鮮やかさに、強く印象付けられる楽章に仕上がっています。 終楽章は、第一楽章に対応した、なかなか力強いフィナーレで、開始部からそのグランド・スタイルとでもいうのでしょうか、広がり、威風堂々といった佇まいに圧倒されます。漸進性に富む楽想が中心となって、全曲を華やかに引き締めます。 CDは第1番と同様にマルコポーロ・レーベルから出ていて(番号は8.223630)ザンクトガレン生まれの指揮者ウルス・シュナイダーがスロヴァキア国立フィルハーモニー管弦楽団を指揮しての演奏ですが、これはなかなかの名演であると思います。スロヴァキアのオケも共感して、ダイナミックな演奏となっています。 これはお薦めなんですがねぇ…。 さて、傑作第三番「森の中にて」も同じ年に完成しています。ラフの伝記が手に入らないので、推測でしかありませんが、恐らく一八六〇年代にいくつか同時に作曲を進行させていたと思われます。 森はロマン派の音楽のテーマとしてよく取り上げられています。ブルックナーの音楽もおそらくはそういった傾向の中から生まれ出てきたものではないでしょうか。ウェーバーの「魔弾の射手」も森が舞台ですし、シューマンにもありますね。 十四分ほどかかる第一楽章には「Am Tage」という標題が付けられています。 主題の断片を散りばめた序奏の中から浮かび上がって来る主題は、たいそう快活な、動きを伴ったテーマで、少々凝った作りというか、複雑な構造になっています。 時折出てくるゆったりとした静かなホルンの吹奏が、アルペン・ホルンの響きを思い出させ、この森の木々の梢には白い氷河と万年雪の覆われた神々しい山並みが(ローゼンラウイの風景のような…)顔をのぞかせているのではと思えてくるのですが。 おそらくは、この音楽がリヒャルト・シュトラウスにつながる、ドイツ音楽の正統な系譜を辿っていることはまちがいなさそうです。 第二楽章はブラームスのような佇まいの楽章で、弦を中心に所々クラリネットのオブリガートが印象にのこります。悠然と流れるメロディーと美しい和声が特徴的で、「トロイメライ(夢)」と標題をもってよばれているのも、当然のことでしょう。 曲はそのままメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」に似た主題を持つ、スケルツォに続きます。「Tanz der Dryaden」というという標題を持っています。訳すと「森の精の踊り」とでも言うのでしょうか?木管楽器が活躍する作品で、ここでもラフの卓越したオーケストレーションの技術を聞くことができます。 終楽章。ここにも「夜」という標題がついていて、実に充実した終曲となっています。 ドイツの神話に基づいたプログラムを持つ音楽のようで、CDについていた英語の解説によると、「森の静かな夜に、荒々しい狩りを行う神ヴォータンと冷ややかな女性オーレの物語」だそうです。よくわからないようなわかったような…? 静かな中に、何かが起こりそうな予感をいだかせる、蠢くような序奏に続いて、チャイコフスキーの「悲愴」の第三楽章のマーチのような力強い動機が流れ始めると(ラフのこの作品の方がずっとチャイコフスキーに先んじているのですよ!)主部に移ったことに気づきます。(序奏部のメロディーは終結部で晴れがましく、堂々と再現されます。) ホルンや金管楽器の咆哮が、この「夜」というタイトルから想像していた「静かな」音楽とは正反対の世界を描き始めます。狩りの様子を描いているのでしょうね。 ワーグナーの有名な「ワルキューレ騎行」のような動的な強さを持つ音楽です。その熱い音楽に対して、スケルツァンドの飛び跳ねるような、少々エキゾチックな第二テーマが続きます。リムスキー・コルサコフの「シェラザード」かなにかのような味わいを持っています。 この二つのテーマは強く対比させられ、曲にダイナミックな変化を与えています。 演奏はイタリアの作曲家で指揮者、ダヴァロスが振るフィルハーモニア管弦楽団による名演がいいです。英ASVレーベルでかつては日本盤もでていたのですが、今は輸入盤でならというところでしょうか。 (CD DCA 793) もう一つ、二番の交響曲でも紹介したウルス・シュナイダー指揮スロヴァキア国立フィルハーモニーのものもまずまずの出来で満足出来ますが、ダヴァロス盤とは比べるとどうしても落ちてしまいます。オーケストラの優秀さもフィルハーモニア管の方が遙かに優秀なのは仕方ないでしょうね。 それでもなかなかの健闘ぶりですし、ここにはラフの交響曲第10番も入っているので(なかなか良い演奏ですよ!)決して捨てたものではありません。(香港マルコポーロ 8.223321) ただ、この二つの演奏、随分版が違うようで、ダヴァロス盤は終楽章の演奏時間が十六分かかっているのに対してシュナイダー盤は十分と長さも違うのです。 シュナイダー盤では、終楽章の後半、第二テーマの提示の後の展開が省略され、第二テーマに弦の衣擦れのようなやわらかなオブリガートや、魔女の飛び交うような二つのテーマのやりとりがないのが少々不満を感じさせるところで、更に第一主題がきちんと再現されず、そのまま終結部につなげられていて、(ダヴァロス盤で慣れた耳には)あまりにあっけない感じをうけます。細部の差はスコアで調べたわけではないので何とも言えませんが、詳しい方のお話を伺いたいと思っております。 したがって、現在手に入る二つのCDでは、ダヴァロス盤を私はファースト・チョイスとしてお薦めする次第であります。 一番を聞いた時、その充実した作風にこれはロマン派の隠れた巨匠の一人だと考えたのですが、ただあまりに長すぎ、その長さを時に意識させてしまうような構成の緻密さに欠ける点が気になったのですが(演奏が少々ダルで、単なる未知の作品の紹介以上の役割を担えていなかったせいもあるのでしょうが)、その七〜八年後に生まれた作品の充実ぶりには本当に驚かされます。 いかがでしょうか? |
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