スイスの録音ホール

 ルイサダというフランスのピアニストがいます。ブーニンが一位を獲ったショパン・コンクールで確か入賞していたはずですが…。
 この度、そのルイサダがショパンのピアノ協奏曲第1番の室内楽版のCDを出したので、面白そうなので買ってきたのですが、その録音会場がシオンのティボール・ヴォルガ財団のホールだったので、スイス好きの私としてはとてもうれしくなってしまい、つい何度も聞くこととなって、今や愛聴盤となっています。
 室内楽の録音としてもとても優秀で、中央のピアノと弦の広がりのある響きが快く、なかなかいいのです。伴奏がオーケストラから弦5本(ヴァイオリンが二本にヴィオラ、チェロ、コントラバスが各一本)の編成になった為に、チェロとの掛け合いなども実に即興的で、息づかいが伝わってくるようなゾクゾクするような面白さがあります。それでいて、ピアノの弾き方はしっかりと協奏曲スタイルで、室内楽的な奏法ではなく、そこらあたりに、この音楽の新鮮さがあるようにも思えます。

 ああ、少しスイスの話題から離れてしまいましたね。
 スイスの録音に使われることの多いホールと言えば、かつてはジュネーヴのヴィクトリア・ホールが有名でした。あのアンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団の録音のほとんどが、ここで行われたのですから。
 しかし、いつだったでしょうか、ヴィクトリア・ホールが火災にあって、その素晴らしい響きは永遠に失われ、わずかにアンセルメの録音にその輝かしい歴史を刻んでいるだけとなっています。
 スイス・ロマンド管弦楽団の音が変わってしまったのは、シュタインやサヴァリッシュといったドイツ系の指揮者が、その伝統的な音を変えてしまうという人選ミスもあったとは思いますが、ホールの喪失は大きかったと思われます。
 そうそう、火災に遭う前のヴィクトリア・ホールのパイプ・オルガンは素晴らしいものでした。西側に定住するようになったカール・リヒターの初期のオルガンの録音がデッカに二枚ほど残されています。このオルガンの音も今は録音でしか聞けなくなってしまったのですね。ああ残念!ルツェルンのカペレ橋を消失したのと同じくらいもったいないことでした。
 バックハウスのベートーヴェンの全集もここで録音されていたのですよ。知ってました?

 あと、現存するホールとしてよく使われるのは、グリュミオーの素晴らしい録音が残っているラ・ショ=ド=フォンのムジカ・テアトルです。
 ここで、グリュミオーはバッハのヴァイオリン協奏曲やワルター・クリーンとモーツァルトのヴァイオリン・ソナタなどを録音しています。
 アラウの新しい方のベートーベンのソナタの録音はここでしたね。ショパンもそうだったはずです。
 シェリングがヘブラーと録音したベートーベンのヴァイオリン・ソナタ全集もここですし、ボザール・トリオの録音にもよく使用されているようです。(モーツァルトのトリオ全集など多数あり)
 イタリア弦楽四重奏団もムジカ・テアトルをよく使用して録音しています。アルゲリッチとフレイレのピアノ・デュオの録音にも使われてました。
 以上フィリップス・レーベルばかりで、同レーベルのプロデューサーがよほどこのホールを気に入っているのだろうと推察しますが、以前取り上げたヴェレシュのパッサカリアなどをホリガーがECMレーベルに録音したのもここでしたから、別にフィリップスだけが使っているわけではなさそうです。

 ヴィンタートゥーアのホールも時々使われます。ハスキルの録音や、シェリングとリバールのバッハのヴァイオリン協奏曲の録音がここのホールで行われています。まぁ、そのくらいでしょうかねぇ。夏のサン・モリッツのカラヤンの録音(以前音楽家たちの夏休みと題してこの欄でとりあげました)を除けば…。

 あと、ルツェルンのクンストハーレがよく知られますが、ルツェルン音楽祭の実況録音で知られているのみで、録音のためにわざわざというわけではありません。
 ルガーノのテアトロ・アポロもスイス・イタリア語放送局のライブ盤で親しいのですが、CD制作を前提としての録音では、私は知りません。
 
 ほかには、チューリッヒのトーンハレなどもありますが、トーンハレ管弦楽団の録音以外ではあまり聞いた記憶がありません。バーゼル、ヴィヴィイ、ローザンヌにもありますが、わざわざ大家が出かけて録音するというのは、上の二つのホールになるでしょう。
 他には教会での録音があげられますが、それはまたいつか…。