パウル・ミュラー・チューリッヒの作品

 パウル・ミュラー・チューリッヒは、1898年6月19日にチューリッヒで生まれました。出生地を名の一部としているのは、おそらくドイツ語圏でありふれたパウル・ミュラーという名前のためではないかと、勝手に推測していますが、ともかく彼はこのチューリッヒで学んだ後、パリで更に作曲を学んだ後、1927年よりチューリッヒ音楽院で音楽理論を教え、更に1948年より1955年の間、ルツェルン室内合唱団の指導にあたりました。
 合唱音楽に対する造詣の深さは、スイスの音楽家に共通するものでありますが、彼もまた多くの女声合唱、男声合唱、混声合唱の作品を残しているということです。残念ながら私はまだ聞いたことがないので、彼の芸術を概観することは出来ずにいますが、近い将来、きっと聞くことがてできると信じています。

 彼の作風は、新古典主義というか、新バロック主義というべきでしょうか、大変見事なポリフォニーの技術を用いての作曲ということで、古いパッサカリアや合奏協奏曲などの様式を現代風にアレンジして創作していました。したがって協奏作品などはそうした様式
 オペラなどの劇場作品もあるそうで(ワーグナーを好み、特に対位法の権化のようなマイスタージンガーを愛していたそうです。)、他に管弦楽作品、交響曲(シンフォニエッタをいれて四曲)や交響組曲など大きな編成の作品から、トリオやクァルテットといった室内楽作品、デュオ、オルガン作品をはじめとするソロ作品と多岐にわたって多くの作品を残しています。
 1924年から26年にかけて書かれた六つのピアノ小品 Op.10は、はやくもミュラー・チューリッヒの新バロック主義の作風が聞かれます。1曲目の小プレリュードからその傾向ははっきりしていますが、二曲目のエレジー(シェックのコンソレーションというピアノ曲と関連があるそうですが、詳細は知りません)などを聞くと、この作曲家がロマン主義の最後の世代にその土台を持っていたことがわかります。
 ビオラと小オーケストラの為の協奏曲ヘ短調 Op.24は四楽章制でありますが、コンチェルト・グロッソで書かれています。アレクサンダー・シャイヘットというチューリッヒ室内管弦楽団の団員の助言によって書かれたそうですが、第三楽章はパッサカリアというバロック時代の様式を使って作られています。
 よりバロック・スタイルが出ているのは1937年に書かれた四重奏曲でしょう。ピアノとバイオリン、そしてクラリネットとチェロという一風変わった編成で、ピアノ・トリオにクラリネットが乱入することで、響きの均一性が奪われ、面白い効果が生まれています。重々しい第一楽章とスケルツォとフィナーレが結ばれた形の第二楽章の対照的な二章からなり、合わさらない響きがポリフォニックに組み合わさっていく作品です。急速なタランテラ風の部分と、ゆったりとした部分が交互に出てくるという第二楽章の方が一層面白い聞き物で、この編成の面白さがよく出ています。
 ミュラー・チューリッヒの作品の中でシンフォニエッタと並んで私が最も好きな曲であるバイオリン・ソナタ。特に第二楽章の変奏曲のように抒情的な表現は二十世紀にほとんど書かれなかった(ポピュラー音楽は別ですが)類いの音楽ではないでしょうか。この時代のスイスの作曲家のほとんどがあこがれたという美人ヴァイオリニストのゲイヤーの影がこの曲にも聞かれるのかも知れません。1941年という苦難の時代に書かれたこの作品はしかし、ミュラー・チューリッヒ得意のポリフォニーの技法を使い、見事に構成された傑作であると思います。
 バセット・ホルンとバイオリンとチェロという更に変わった編成で書かれたトリオは晩年に近い1981年の作品です。八十才をとうに過ぎた作曲家の手になるものであり、作曲家ミュラー・チューリッヒの最後の作品とされているものであります。この作品、ポリフォニックな処理は健在であるものの、やや力感というか、前進性に欠けるうらみがあります。創造力が衰えて来たのかどうかはこの一作だけで判断できるものではありませんが、この年になってもまだ作品を作り続けたことそのものに驚きを感じます。
 このパウル・ミュラー・チューリッヒの初期の作品から晩年の作品まで、概観できる一枚はGuild Musicから出ています。ビオラ協奏曲はエドモン・ド・シュトルツの指揮するチューリッヒ放送管とゲルハルト・ヴィザーというチューリッヒ出身でヴェーグ他に師事したビオラ奏者の共演による1963年の録音で収められている他、イギリスで活躍している演奏家たちにより、2000年にロンドンで録音された室内楽が組みあわされて収められています。
 スイスの作曲家パウル・ミュラー・チューリッヒの親しみやすい作品をぜひ多くの方に、聞いてもらいたいと思っています。(輸)イギリスGuild / GMCD 7194


  1963年と1964年に作られた二曲のシンフォニエッタは、パウル・ミュラーの集大成の位置にあるのではないでしょうか。
 1963年に作られたSinfonietta ,Op.66は、第一楽章がファンファーレ風のテーマではじまり、遠くリヒャルト・シュトラウスの「ツェラトゥストラはかく語りき」を思わせると解説にありますが、私にはシェーンベルクの室内交響曲の冒頭のようにも聞こえます。弦の細かな動きの上に幅の広い音程を跳躍するトランペットによる主題はとても印象的で、個性的であると思います。
 第二楽章はとても深刻な悲劇を思い起こさせる音楽です。弦と管楽器が対立し、折り重なって悲劇を形成していきます。どこかマーラーの音楽のような悲劇と喜劇が表裏一体となっているような極めて深い表現に偏ることがあり、この楽章を特別のものにしています。
 第三楽章は急速な楽章でありますが、前の悲劇性をどこかに残して作られています。トランペットなどに第一楽章の回想が出て来る等は、終楽章のお約束パターンなのでしょうが、前楽章の充実ぶりからするとちょっと気がぬけてしまったところがあるように思える点がネックでしょうか。

 翌年に作られたSinfonietta ,Op.68はアーラウのオーケストラ協会の75周年を記念して作られました。彼の音楽に似た作風を持つハンス・プフィッツナーの交響曲ハ長調(1940)に響きがどことなく似ているとライナーでは触れられていますが、私もなるほどと思った次第です。世代的にはパウル・ミュラーの方がずっと若いのてすが・・・。
 第一楽章はどこか深刻な響きを持っていますが、複雑な対位法を屈指して対立する二つのテーマを見事にまとめ上げた手腕に脱帽です。
 第二楽章は物寂しげなクラリネットのソロによるメロディーに始まり、どんどん盛り上がっていくところは、スゴイ迫力であります。ソリスティックな部分とアンサンブルでの響きの部分との対立がこの楽章の意図したところかも知れません。
 第三楽章は、始まりがバルトークの弦チェレの終楽章のようで「ハッ」とさせられますが、のびやかなメロディーとリズムがとても心地よい楽章となっています。Sinfonietta ,Op.66のような深刻さよりも明るい作品とまとめられているのが特徴です。
 これらは、スイスのJecklinからシュヴァイツァー指揮チューリッヒ交響楽団の素晴らしい演奏でCD化されています。もう一曲管弦楽のための組曲"Consenso"というチューリッヒ大学のオーケストラとその指揮者のRaymond Meylanからの委嘱で作曲された作品です。Jecklinはどうも最近CDの事業から引き気味なので(撤退したの?)バークシャーなどのサイト(出ています)から早めにゲットされることをお勧めします。
スイスJecklin-disco JD 663-2