ルガーノ・カルテット

 ティチーノの美しい湖畔の町ルガーノに、ルガーノ・カルテットという弦楽四重奏団があり、この春(一九九九年)一枚のCDを出しました(fontec FOCD20012)。
 カルミナ弦楽四重奏団やベルン弦楽四重奏団、シネ・ノミネ弦楽四重奏団といった団体に続いて、新しいスイスの演奏団体なので、楽しみにしていたのですが、昨日やっと手に入れて、聞いてみたのですが、これがなかなか良い演奏なので、紹介することにしました。
 とは言え、スイス人の奏者が全くいないというのも、他のスイスの弦楽四重奏のグループと違う点ではないかと思います。
 第一ヴァイオリンが、スイス・イタリア放送管弦楽団のコンサート・マスターのタマス・マイヨルという人で、ハンガリー生まれで、ブダペストのリスト音楽院の出身。
 第二ヴァイオリンは、日本フィルハーモニー管弦楽団のコンサート・マスターでソリストとしても活躍している木野雅之氏。
 ヴィオラは、スイス・イタリア放送管弦楽団の奏者でミラノ・ヴェルディ音楽院でも教えているジャンパオロ・グァテリ、イタリア人です。
 チェロを弾いているのは、スイス・イタリア放送管弦楽団の首席奏者で、ジュネーヴ音楽院卒業の山下泰資氏、日本人です。

 多くはスイス・イタリア放送管弦楽団のメンバーとはいえ、日本人二人とハンガリー人、イタリア人という構成というのもスイスらしいと言いましょうか。
 一九八七年にルガーノで結成されたそうで、来日もしているそうですが、私は知りませんでした。本職を別にちゃんと持っている人たちのスケジュールをやりくりしての練習と公演はなかなか大変だろうと思いますが、スイスのイェックリンからすでにCDも出していたとは、まったく知りませんでした。

 さて今回、手に入れたCDはヴェルディ、ドニゼッティ、プッチーニといった歌劇作曲家達の弦楽四重奏曲で、中でもヴェルディのものは、なかなかの名曲で、この作曲家が劇場音楽でない分野で、その音楽的特質を示した数少ない作品の一つで、ドニゼッティの弦楽四重奏曲のように習作的なものではなく、かなりの熟達した作品で、隠れた名曲の一つで、演奏もかなりの技量を要求するものなのですが、ルガーノ・カルテットの面々は、実に鮮やかに弾ききっています。
 習作的とはいえ、歌に溢れたドニゼッティの作品なども、「ああ。イタリアなのだ」という感慨を持たせるほどの、歌心に溢れたいい演奏です。
 また、伸びやかに歌う演奏に、ノーブルな表情を与えているのは、彼らのインターナショナル性に寄るところが大きいのかも知れません。

 それにしても、あのザンクト・ゴットハルトのトンネルを抜けて、一面の青空と、いきなり車内放送がイタリア語の明るいイントネーションに変わる体験は、スイス旅行の忘れがたい体験の一つです。
 あまりのご当地性に依存した紹介をしすぎてもいけないとはおもうのですが、このイタリア語圏から紹介される演奏には、そのイメージが強烈にあり、この土地がそういった音楽を育てるというか、それがどんなにインターナショナルな奏者であっても、どこかにこの土地の文化的特質を、この土地自体が与えるというか、そういった特別のところのような気がします。
 ドイツ人あたりからしたら、ゲーテのように「君よ知るや南の国」と言いたくなる、あこがれの土地なのでしょう。

 さて、CDの解説の表紙には、ルガーノの湖畔のプロムナードの絵が使われ、ケースの裏には小さいのですが四枚のルガーノ湖の表情をとらえた写真が使われ、ルガーノの弦楽四重奏団ということをアピールしています。夕日のサン・サルヴァトーレは、ガンドリアからルガーノの途中の湖畔の散歩道からですし、あの辺りの風光を良くとらえているものです。(ああもうちょっと大きな写真だったらなぁ)

 最近、スイス・イタリア放送管弦楽団の新録音が、千円盤レーベルのナクソスから出ました。中にはベリンツォーナのカステル・グランデとおぼしき場所での全員の集合写真も載っています。ルガーノ・カルテットの三人も何とか確認できます。

 今世紀前半に活躍したイタリアの作曲家カッセラの作品集なのですが、元気の良い演奏で、あのシェルヘンのベートーヴェンの演奏を思い起こさせるに充分な、楽しいアルバムとなっています。
 あの辺りに行けば、誰もがイタリア語の軽快で情熱的なトーンで歌い始めるのではないだろうかと、思えるほど、リズムが弾み、旋律は大きく振幅します。
 土地が文化を育むという、好例のような感じですね。エルミタージュ・レーベルのスイス・イタリア語放送の音源の多くの録音も、そういった音楽的特質を持っているようです。
 
 このカッセラの音楽の指揮はチェコの十八世紀の大作曲家ベンダの子孫が振っているのですが、この辺りにまた、スイスの音楽業界のインターナショナル性を感じさせられますね。(香港ナクソス8.553706)

 久しぶりのティチーノ州の話題でした。