リストの「旅人のアルバム」
 シリル・フーヴェというフランスのピアニストが、リストの巡礼の年第一年「スイス」の元となった曲の第一巻の六曲を録音したCDを手にいれました。それがなんと、1835年に製造され、現在はグリュイエールのお城に保管されているジュネーヴのピアノ製造家Braschossのピアノ・フォルテを使って録音されたものだったのです。
 グリュイエールのお城には二度行行きました。展示されているピアノは見ましたが、それがそんな曰くを持ったものであったとは、全く知りませんでした。あんなところに置いてあるとは・・・。
 さりげなく置いてあるので、なんでまたこんなところに古いピアノが、と思ったことは記憶にあるのですが、その音をCDで聞けるとは思いもよらなかったことで、何気なくバークシャーで買ったものが宝物に見えてきた次第です。
 そのピアノは、フランスのピアノとハープシコードを製造しているJohannes Cardaというメーカーにあったものを発見し、復元したもので、状態は大変よいものです。1822年にドイツから移ってきたヨハン・ウィルヘルム・ブラショスによって興されたピアノ・メーカーで、ジュネーヴのローヌ通りにあったそうです。
 おりしも、ダグー夫人とともにパリでのスキャンダルを避けて移り住んで来たフランツ・リストは、1834年にこのピアノを購入していたようで、後に巡礼の年第一年「スイス」としてまとめられた作品の元となった作品集「旅人のアルバム」はこのピアノを使って書かれました。 「旅人のアルバム」は元々三集に分かれていたそうで、ここではその第一集が弾かれています。ヴァーレンシュタットの湖畔にて」や「ジュネーヴの鐘」、「ノスタルジア」などが含まれていますが、知らない作品というか「巡礼の年」に含まれていない作品もあり、リストが最終稿としてまとめる前にずいぶん紆余曲折を経ているんですね。
 ジュネーヴに居を構え、スイス各地を旅して歩いた年は、ダグー夫人とも蜜月状態の年で、大変実り豊かでありました。リストは彼女から文学、美術などの教養を得ます。まるでワーグナーにとってのヴェーゼンドンク夫人のようですね。ともにスイスの二大都市、ジュネーヴとチューリッヒを舞台としていたことは大変興味深いことだと思います。(スイス好きにとっては・・・)
 ところで、演奏でありますが、雅な響きの楽器でもともとダイナミック・レンジが狭い初期のピアノですから、そう多くを期待してはいけないでしょう。まだ鉄骨のフレームが完成されていない張力の弱い弦を使っていた時代のピアノであることを考慮すれば、なるほどといった感じの演奏であると申せましょう。この響きのピアノでリストが作っていたということを、体験できるだけでも貴重なことと思います。
 リスト好きの方にこそどうぞ!!
(輸)EUTERPE 97103