マルタンの晩年の作品について

 昔、ウィーン室内管弦楽団とウォルフガング・シュナイダーハン、そして夫人のイムガルト・ゼーフリートと大阪にやって来たことがあり、そこでのレスピーギの「夕暮れ」の美しかったこと!!つい昨日のことのように思い出します。
 こんな美しい音楽があるのかと、感動してその後あちこちのレコード屋を探してあるいたことも懐かしい思い出です。
 さて、シュナイダーハンがルツェルン音楽院の先生をしていたことは以前にも触れました。そして彼とその夫人の為に書かれた名曲があることはみなさんご存知でしょうか?
 ジュネーヴに生まれ、ダルクローズに師事。ジュネーヴのダルクローズ音楽学校でも教鞭をとりつつトリビューン・ジュネーヴに音楽評論を書き、更に1943年からスイス音楽家協会会長をつとめたスイスを代表する作曲家の一人、フランク・マルタンの「マリア三部作」がそれです。
 テキストは「アヴェ・マリア」「マニフィカート」「スターバト・マーテル」の三つで、1967年から68年にかけて作られ、1968年のルツェルン音楽祭でベルナルト・ハイティンクの指揮、シュナイダーハンとゼーフリートのソロで初演されています。
 この初演のメンバーによる録音が残っていたらと、常々思っていたのですが、残念ながら未だ聴くことはかなわないでいます。が、最近、シュナイダーハンのソロ、スイスの名ソプラノ、エディット・マティスとフランスの名指揮者ジャン・フルネという組み合わせでルツェルン音楽祭での実況録音がCDとして出ていることを知り(インターネットのおかげです)取り寄せて聴いてみました。(独KOCH/3-1619-2)
 それまでは、マティアス・バーメルト指揮ロンドン・フィルのシャンドス盤で聴いてきたのですが(これもお薦め!です。なんといっても名作「イェーダーマンのモノローグ」が聞けるんですから=英CHANDOS/Chan 9411)これは決定盤とでもいうべき仕上がりとなっています。
 何と言ってもマティスの歌の素晴らしさは、バーメルト盤のリンダ・ラッセルをはるかに凌ぐ出来なのですから。オーケストラはややバーメルト盤の方が響きがすっきりとしていて良いのですが、ヴァイオリン・ソロは引退直前とは言えシュナイダーハンの出来は素晴らしいということで、総合点では、圧倒的にルツェルンの方に心は傾いてしまいます。
 ルツェルンのオケはこの年はどういうメンバーで構成されていたのか知りませんが、常設のそれもロンドン・フィルなどという一流オケのようには、いくら名指揮者ジャン・フルネをもってしても無理だったということなのでしょう。しかし、寄せ集めのオケにしては、とても健闘していると思いますし、音が厚ぼったくなることが数カ所で聴かれる他は、なかなかの出来と考えます。
 更にこの演奏ではフォーレのレクイエムがその後演奏されているのですが、これを聴くとフォーレの難しさ、あのコルボの旧盤の空前絶後の名演の凄さを実感できます。(ということは、あまり私には気に入らなかったのです。まわりくどい言い方でスイマセン)
 
 あの美しいゼーフリートの声で無いということは、この際言わないでおきましょう。マティスの演奏が聞けるのに、そこまで言うのは贅沢なのでしょう。
 しかしです。みなさん、この曲を聴いてこれが七十八才の老人が書いた音楽だと思えるでしょうか!その瑞々しさ、エネルギッシュな展開。まだまだ油の乗り切ったとでも評したい素晴らしい作品であります。
 更に同時期に彼は「四大元素」というフル編成のオーケストラの為の作品も作っているのです。混沌の中から世界が生まれるという旧約聖書に基づく作品ですが、エルネスト・アンセルメとスイス・ロマンド管弦楽団の為の作品で彼らによって初演されています。
 ドビュッシー的なオーケストレーションで、ドイツ的思考を音にしたというか、モダニズムの洗礼をうけたドビュッシーの宗教的作品とでもいうのでしょうか、ちょっと大河ドラマ風のスケール感で、その息の長さに驚かされます。オーケストレーションがとても見事で、色彩感豊かで作者の腕の確かさが伺えます。バーメルト指揮ロンドン・フィルの演奏。(英CHANDOS/Chan 9465)

 マルタンは晩年に至っても、全く創作力の衰えが見られなかった作曲家で、ユーディー・メニューインとチューリッヒ室内管弦楽団のエドモンド・シュトルツの為に死の前年の1973年に「ポリプティーク〜キリスト受難の六つの印象」という作品を書いています。恐らく最後に近い作品だとは思いますが、「棕櫚の聖日の印象」「最後の晩餐の印象」「ユダの印象」「ゲッセマネの印象」「受難の印象」「神の栄光の印象」という、聖書における受難の物語を追っている作品ですから、そう聞き易いものではありません。どちらかというと大変重い作品だと考えますが、二つの弦楽オーケストラとソロ・ヴァイオリンの為の作品ということで、響きがずいぶんすっきりとしているのが特徴であると思います。
 きっと作品を書いている背後にバッハの受難曲が聞こえていたのではないでしょうか。マルタン自身が極めて強い信仰心の中から音楽を作り続けたことに思いを馳せれば、この音楽が彼の最後期を飾る傑作となったことは偶然であるとは私には思えません。
 ゴットフリート・シュナイダーのソロ・ヴァイオリン、ハンス・シュタドルマイヤー指揮ミュンヘン室内管弦楽団の優れた演奏(独KOCH/3-6732-2)でどうぞ。

 スイスの作曲家フランク・マルタンは豊かな創造意欲を維持したまま、1974年11月21日に八十四才で亡くなりました。