ソルフェッジョ K.393(385b)に見るコンスタンツェの技量

コンスタンツェがソプラノを歌ったことは誰もが知っていることであるが、一体どの程度の技量の持ち主であったのだろうか。事実1783年10月26日にモーツァルトと共に帰郷したザルツブルクでミサ ハ短調 K.427(417a)のソロを歌ったり、未完のオペラ・ブッファ《騙された花婿》K.430(424a)の三重唱でのエウジェーニア役を1801年までに2回歌っていることなどがわかっている。

そしてもう一つの手がかりは何曲か残されているソルフェッジョ(読譜練習曲)とエセルチツィ(練習曲)にある。第1曲に"Per la mia cara costanza"(わがいとしのコスタンツァ)、第5曲に "Per la mia cara consorte"(わがいとしの妻)と書かれていること、第2曲の冒頭がコンスタンツェが歌ったミサ ハ短調 K.427(417a)のキリエの第2部分「クリステ・エレイソン」と類似していることからコンスタンツェが歌うためにモーツァルトが書き付けたことは間違いない。折に触れ書かれたものと思われるこれらの練習曲からコンスタンツェの歌唱の特徴が読みとれるか試みてみよう。

ソルフェッジョ ハ長調/変ホ長調(アレグロ、4分の4拍子)(未完)K.393(385b) Nr.1 

自筆譜は長らく紛失したと思われていたが、1970年代に再発見され、現在はパルマ近郊サント・アガータのヴェルディ館に所蔵されている。ケッヒェル第6版では誤って縦長16段譜表であると報告されていたが、正しくは横長12段譜表であり、タイソンのすかしカタログによればヴィーン製の用紙である。モーツァルトはこの用紙を1781-87年の間に使用しているので、従来からの1782年作曲説(しかも結婚した8月4日以降)はおそらく正しいと言えるだろう。

曲はハ長調の44小節(丸ごと反復される)及び変ホ長調の18小節からなる全62小節であるが、尻切れトンボの形で放ってある。スペースは充分に余っているので未完成と言って良いだろう。コンスタンツェがその後を即興で歌ったとは思えないため実際にはハ長調の部分のみ実用に供したのではないだろうか。凸型凹型の音階が8分音符と16分音符を中心に2小節、4小節、5小節と単位を大きくしていき、順次上昇していく。次にトリラーに挟まれた上昇音階が続き最高音b2に至るやいなやb音、a音に飛び降りる。その後は最高音b2の確認が続き、ニ長調を経てト長調を経由して終止する。

なお、変ホ長調の部分はファクシミリからの採譜が難しくまとまりが掴めないためコメントは差し控えさせていただき、皆様からの誤り等のご指摘を仰ぎたいと思う。

練習用としては声の高さも、難易度も他の練習曲よりは易しいと言えるであろう。

ソルフェッジョ ヘ長調(アダージョ、4分の4拍子)K.393(385b) Nr.2

自筆譜は紛失しているがファクシミリのみ現存しており、横長12段譜表であるため、おそらくヴィーン製の用紙で1782年の作曲と考えられている。前述の通り、ミサ ハ短調 K.427(417a)のキリエ(変ホ長調、アンダンテ・モデラート)の「クリステ」と同一主題であるが、これをコンスタンツェが歌うためにミサ曲から引用したと見るか、コンスタンツェに歌わせていたオリジナルの練習曲を逆にミサ曲に引用したと見るか意見が分かれよう。前者であれば練習曲が演奏会などの機会のために書き下ろされていたことの証明になるし、後者であれば練習曲は日課のために書かれていたことの証明になる。

さて、実際はどうなのだろうか。もし、この曲がミサ曲 ハ短調の練習を目指して書かれたのだとすれば、ミサ曲の「クリステ」で一番難しい部分、―最低音asを全音符で引っ張るところ―、が出て来なければならない。しかし、この曲の最低音はbである。むしろ最高音の方が「クリステ」のa2よりも高いb2となっている。従ってこの曲はオリジナルの練習曲であって、モーツァルトは後日その主題をミサ曲に引用したと考えられるのである。見方を変えれば、この曲はミサ曲 ハ短調のスケッチであるとも見なすことが出来、コンラッドがK.393(385b) Nr.2 zu K.427(417a)の番号を与えていることが正しいと言えることになる。

この曲の練習の主眼はアダージョというテンポにある。ジャン・ピエール・マルティの「モーツァルトのテンポ表示」により、MM=46に設定したのでおわかりと思うが、インテンポで歌うのはとても難しい。トリラーをゆっくり歌うことについてモーツァルトはかつてこう書いている。「カイゼリーン(女声歌手の名前)はトリラーを一段とゆっくりかけるので、じつにうれしくなりました。というのは、いつかもっと速くかけようとすれば、それだけいっそう澄んではっきりしますからね。もともと速い方がやさしいにきまっています(1777年10月2日の手紙)」また、後半は3連符が続くのでさらに難しいと思われる。テンポが速くなったように錯覚させるのが3連符であるからである。全26小節ある。

ソルフェッジョ ハ長調(アレグロ、4分の4拍子)K.393(385b) Nr.3

この曲はザルツブルク製の10段譜表に書かれていることが他と大きく異なる点である。作曲は従って1783後半と位置付けられる。第2曲で述べたことと反対のことがここでは成立しそうである。すなわち、作曲がハ短調ミサの練習中に書かれたと推測されるからだけでなく、最低音がasに達していることから、コンスタンツェがミサ曲を歌うことを想定した練習曲であろうということが言えるであろうということである。

さらに言えることは全96小節の曲構成が、音階と跳躍の網羅性において充実しているばかりでなく、鑑賞にも向いた作曲をしているのではないかと思われるふしがある。最後に拍手が期待されているかの如くである。誰の拍手であろうか。私はコンスタンツェの練習中にレーオポルトやナンネルが隣の部屋(?)で聴いているのをモーツァルトは想定して作曲したのではないだろうかと思う。

最高音がd3であるというのは驚異的である。もちろんK.316(g1-g3)を歌ったアロイージアにはかなわないが、《後宮》のコンスタンツェ役(最高音d3)のカヴァリエリや、《コシ》のフィオルディリージ役(a-c3)のガブリエリ(別名フェラレージ・デル・ベーネ)にも匹敵する声域である。。

エセルチツィ K.393(385b) Nr.4

声慣らしのための音階集である。4小節ないし8小節の曲が7曲ある。モーツァルトが1782年前半から1784年にかけて使用しているヴィーン製の横長12段譜表用紙に書かれている。これらは日課のための練習曲であるとして間違いないであろう。声域はc1からa2であり、ソルフェッジョ各曲のいずれよりも狭い。

ソルフェッジョ 変ロ長調(アンダンテ、4分の2拍子)K.393(385b) Nr.5

用紙はモーツァルトが1781年から1784年にかけて使用しているヴィーン製の横長12段譜表用紙に書かれている。曲は全133小節と最も長く、装飾音の多い練習曲となっている。声域はbからd3であり、最低音は第3曲に及ばないものの最高音は同じとなっている。コンスタンツェの歌唱テクニックを鍛えるための曲と見ることが出来よう。

以上総合するとコンスタンツェは声域といい、テクニックといい、かなり立派なソプラノ歌手であったと思われる。モーツァルトの要求を過不足無く受け入れられたのであろう。

CH1: Soprano(Clarinetto), CH2: Basso(Fagotto)
使用楽譜 Nr.1: Facsimile in MJb1980-83 pp.430-431, Nr.2: NMA I/1/1/5 Anh.II, Nr.3-5: AMA
              


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作者:野口 秀夫 Hideo Noguchi
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URL: http://www.asahi-net.or.jp/~rb5h-ngc/j/k393.htm
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(作成:1997/11/3、改訂:1997/11/30)