【メモ・試訳】諸外国における有期雇用契約規制の状況について(1997.3.6 S.Wakita)

 1 全体的概観

 OECDは、各国の有期雇用契約について次のように概観している(OECD Employment Outlook 1994)。

・雇用契約は長い間労働立法の主要な焦点であった。ほとんどの国々では、契約法の主要な目的は労働者にいくつかの種類の雇用保障を与えてきた。
・その背景にある哲学は、労使関係は労働者が使用者に対して不利な立場にあるので、均衡をとらなければならないということである。
・しかし、テクノロジーの変化によって雇用契約により柔軟な形態が生み出されている。例えば、有期契約であり、これは伝統的な雇用保護法の領域の外に置かれる。

 i)現状

・大多数の諸国では有期雇用契約は特別法によって規制されている(資料1)。
・有期契約を利用するときの使用者側の条件は、とくにイタリアでは厳格である(事前に職業安定所の許可が必要)。フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン、そしてとくにノルウェーとスウェーデンでは、法律によって有期契約の利用が特別な場合(一般的には臨時業務や季節業務)に限定されている。しかし、ときには、法律はきわめて不明瞭であるので実際には使用者が大きな裁量権をもっている(ただし、ドイツは除く)。
・有期契約の更新については国によって大きな差異がある。特別な法規制が存在しない諸国(オーストリア、デンマーク、アイルランド、イギリス、そして北アメリカ)では、当然のことであるが、使用者は制約を受けていない。いくつかの国(アイルランドとイギリス)では社会保障給付が、正規従業員よりも有期契約従業員に対してより低劣なものになっていることに注意する必要がある。

 ii)最近の変化

・1970年代以降、ほとんどの諸国は有期契約の利用をより緩和するために、法律を修正してきた(資料1)。例えば、有期契約の適用範囲がほとんどの国に広がっている。有期契約の最長期間がいつくかの国、とくにドイツでは延長された。しかし、1990年のフランス法は有期契約の利用をより厳格に規制した。有期契約の最長期間はすべてのEC諸国で延長された。ほとんどの諸国では有期契約の解約手当算定の仕組みが期間を定めない契約と同等なものになっている(つまり、雇用継続の期間に対応して計算する仕組み)。例外はドイツ、ポルトガル、アイルランド、イギリスである。これらの諸国では、解約手当は一定の期間以降にはじめて支給される。


 2 日本との比較についての私見

 1 解雇制限=常用雇用が大原則

・有期契約の問題は、多くの国で解雇制限の問題と結びつけてとらえられている。つまり、常用雇用が原則であり、解雇に対する制限が各国で立法化され、国際労働基準となっている。ILOの「使用者の発意による雇用の終了に関する条約」(158条)は、労働者にとって基本的な雇用形態が長期の継続雇用を意味する「常用雇用」(期間を定めない労働契約)が原則であること、その使用者からの一方的な終了である解雇について、その正当性の基準と手続きについての原則を定めている。
・日本では判例で解雇制限法理が形成されているが、EC諸国に見られるような解雇制限についての特別法はない。

 2 有期契約は解雇制限=常用雇用の例外

・ILO158号条約は、有期契約は例外であって同条約の保護を回避することを目的とするものであるときには、これを許さないことが必要であると規定する(同条約2条3項)。つまり、雇用契約に期間を設定するのは例外であり、解雇制限法を脱法することを目的にしないように、期間設定について正当な事由が必要であるとする考え方が、1980年代までにドイツ、フランス、イタリアなどの諸国を中心に多くのEC諸国ではほぼ確立することになった。
・EC諸国ではこうした慣行は解雇制限法や有期契約規制法等に反するものとして歯止めがかかっている。日本には有期契約規制法もなく、使用者の裁量によって雇用契約に期間を付する慣行が無秩序に拡大している。

 3 雇用の柔軟化や規制緩和の動きと有期雇用

・OECDの概観が示しているように、近年になって各国の有期契約規制は緩和されてきた。その理由は、青年層を中心とした高い失業率とその上昇である。一度も就職したことがない者や長期間の失業者に雇用を与えるために、非典型的雇用(atypical employment)が導入されているが、その一つとして、有期契約が導入されている。
・各国の定義が異なっているので正確な比較はできないが、短期雇用の導入は次の通りである。各国のなかでも、日本では女性の短期雇用が多いことが特徴である。

   表 年齢・性別による短期雇用(temporary employment)の指標(%)

男 女 16-19歳 20-24歳
       1983 1994 1994 1994 1994 1994
オーストリア 15.6 23.5 17.9 30.6 58.7 26.1
ベルギー    5.4  5.1  3.5  7.5 38.6 16.0
カナダ     7.5 −−−−  9.2  8.5 16.7 −−−−
デンマーク  12.5 12.0 11.1 12.9 28.6 33.1
フィンランド 11.3 13.5 12.3 14.7 −−−− −−−−
フランス    3.3 11.0  9.7 12.4 80.8 35.0
ドイツ    10.3 10.3  9.8 11.0 74.0 23.2
ギリシャ   16.2 10.3 10.2 10.5 29.6 20.3
アイルランド  6.1  9.4  7.4 12.1 32.8 14.3
イタリア    6.6  7.3  6.1  9.3 24.0 14.5
日本     10.3 10.4  5.4 18.3 31.7 11.8
ルクセンブルグ 3.2  2.9  2.0  4.4 28.5  7.0
オランダ    5.8 10.9  7.9 15.0 40.5 20.7
ポルトガル  14.4  9.4  8.5 10.5 27.2 22.7
スペイン   15.6 33.7 31.4 37.9 87.5 70.6
スウェーデン 12.0 13.5 12.3 14.6 61.1 39.5
イギリス    5.5  6.5  5.5  7.5 15.7 10.1
アメリカ    −−−  2.2  2.0  2.4  8.1  5.1
(OECD,Employment Outlook July 1996, p.8)


 4 同一労働同一賃金の原則の貫徹と有期雇用

・日本と各国を比較したときに決定的に異なるのは、日本の有期雇用労働者の労働条件が同じ労働をしている常用雇用労働者に比較してきわめて劣悪となっており、身分的な格差といえるほどの大きな格差になっている。パートタイマーは、課税最低限の年収103万円や健保の被扶養者の130万円などの基準以下で抑えられているし、契約社員や嘱託は初任給の基準である16万円程度が一般的である。同一労働に従事している同一年齢の正規職員と比較して極端な格差を生み出しているが、業務内容に違いがない場合がほとんどであって、この格差を正当化する合理的な根拠を見出すことは困難である。
・EC諸国では、このような有期契約労働者にも、同一労働同一賃金の原則が当然のこととして適用される。あまりにも当然の原則であるので、この点についての問題指摘は少ない。パートタイマーについては、時間比例的な待遇が原則とされている(ILO175号条約)が、派遣労働者についても同じ業務に従事する派遣先の正規従業員との同等待遇が原則となっている(フランス労働者派遣法など)。なお、派遣労働者も短期労働者(temporary worker)の概念に含めるのも、直用であっても間接雇用であっても、同一の労働であれば同じ待遇という慣行が一般的であることを示している。日本では、正規従業員よりも格段に劣悪な労働条件を前提にして派遣労働者の受入れが進められているのとはまったく異なっている。

・こうした同一労働同一賃金の原則の普及には、労働協約の果す役割が大きい。OECDは、1994年の Employment Outolook で、各国の労働組合の組織率と労働協約適用労働者比率の比較をしている。この比較は、きわめて興味深い。

 
・これによれば、EC諸国では概して労働協約の適用を受ける労働者の比率がきわめて高い。しかも、労働組合の組合員以外の未組織労働者への労働協約の拡張適用が普及していることが分る。労働組合組織率よりも労働協約適用者の比率が少ないのは日本だけである。EC諸国では、労働協約によって労働条件の最低限をすべての労働者に保障し、同一労働同一賃金を保障する社会的基盤が形成されている。

・しかも、日本では労働組合の組合員の多くが大企業従業員や公務員であり、中小零細事業所や有期雇用労働者や派遣労働者など非正規雇用労働者のほとんどが未組織である。日本の有期雇用労働者は、雇用が不安定であるという点ではEC諸国と共通しているが、待遇の点でも身分的な大きな格差を強いられている。

・EC諸国との比較で、有期雇用や派遣労働の拡大は各国に共通しているという皮相な見方をしてはならない。日本での同一労働同一賃金原則の未確立や労働協約の適用拡張の慣行の不存在という前提のなかで、有期雇用の拡大がもたらす深刻な問題を正確にとらえることが必要である。


 資料1 各国における有期雇用契約規制の発展

 ☆注 OECD Employment Outlook 1994, p.144。
    これをもとに、他の文献(後記)から関連情報を付記。

 EC諸国

 ベルギー   現行法 1978年法
        @目的 限定なし
        A最長期間 規定なし(ただし更新は認めない。30歳以下の
         労働者の場合は1回だけ更新可)
        Bその他の規定 解雇は違法+特別の補償。

 デンマーク  特別の法規制なし

 フランス   現行法 1990年法
        @目的 季節労働、他の被用者の代替または業務量の一時的増大
        A最長期間 18ヵ月(一定の状況があるときは24ヵ月)
        Bその他の規定 解約手当は総報酬の5%

旧法  1986年法
        @目的 限定なし
        A最長期間 24ヵ月

        旧法  1982年法
        @目的 特別の場合
        A最長期間 6ヵ月−12ヵ月(例外的に24ヵ月)

 ドイツ    現行法 1985年法
        @目的 新規被用者と徒弟(apprentice)であった者
        A最長期間 18ヵ月(新設の小規模企業については2年)
        Bその他の規定 解雇保護は6ヵ月雇用以降に限る

        旧法
        @目的 正当事由(客観的根拠)が必要
        A最長期間 6ヵ月
        Bその他の規定 解雇保護は6ヵ月雇用以降に限る

 ギリシャ   現行法 民法典
        @目的 緊急の業務、一時的な業務量の増大
        A最長期間 限定なし
        Bその他の規定 解約予告期間は不要

 アイルランド 現行法 特別な規制なし
        @目的 限定なし
        A最長期間 限定なし
        Bその他の規定 解約手当なし(ただし、契約が1年を超えて継続
         するとき〔不公正解雇の場合〕または2年を超えて継続する
         とき〔人員削減の場合〕を除く。)
         母性保護、休日および一定の社会保障給付は一般的に期間を
         定めない契約よりも低い水準である。

 イタリア   現行法 1987年法
        @目的 労働協約によって定める(1989年の労働協約は不熟練
         の失業者〔イタリア南部では全ての失業者〕について有期契約を
         容認している。ただし、および労働力の10%は超えない。)
        A最長期間 労働協約によって定める
        Bその他の規定 解雇は職業安定所による特別の承認が必要

        旧法 1962年法
        @目的 季節労働と見習労働者
        A最長期間 12ヵ月

 オランダ   現行法 1992年法
        @目的 限定なし
        A最長期間 法律上の限定はないが、労働協約で限定できる
        B他の規定 契約更新は2回に限って可能(2回目の契約が6ヵ月
         以内の場合は官庁の事前承認は不要)

        旧法 民法典
        @目的 限定なし
        A最長期間 法律上の限定はないが、労働協約で限定できる
        B他の規定 最初の更新以降、労働事務所の承認があったときに
         限って解約可能

 ポルトガル  現行法 1989年法
        @目的 季節労働、業務の一時的増大、長期失業者の採用、新規事業
        A最長期間 6ヵ月から3年
        B他の規定 解約手当は1ヵ月の試用期間以降に限って支給

        旧法 1976年法
        @目的 いくつかの限定された場合
        A最長期間 6ヵ月から3年

 スペイン   現行法 1984年法
        @目的 臨時労働、新規の事業、特別業務の遂行、職業訓練、
         雇用促進措置
        A最長期間 3年
        B他の規定 解約のとき年12日の特別報酬

        旧法 1976年法
        @目的 いくつかの限定された場合
        A最長期間 6ヵ月から9ヵ月

 イギリス   現行法 特別の法律なし
        (1年または2年以降に限って解雇手当。3ヵ月以内の有期契約
         労働者は退職手当又は傷病手当金、法律上の病気手当の権利を
         もたない)


 EFTA諸国

 オーストリア 特別な規制なし
        (最長期間は定められていないが、裁判所は継続雇用関係があるか
         否かを問題にすることができる)

 フィンランド 現行法 1970年法
        @目的 一時的業務または季節業務
        A最長期間 限定なし

 ノルウェー  現行法 1977年法
        @目的 特別な場合は可能
        A最長期間 限定なし

 スウェーデン 現行法 1974年法
        @目的 特別な場合は可能
        A最長期間 限定なし
        B他の規定 職場の労働組合は有期契約労働者の採用に拒否権をもつ

 スイス    現行法 債務法典
        @目的 限定なし
        A最長期間 限定なし


 北アメリカ

 カナダ    特別な規制なし

 アメリカ   特別な規制なし

 出典:Wyatt(1991); European Industrial Review(EIRR), Management Centre Europ
e, Labour relations in Europe in 1982; Income Data Service(IDS), Terms and con
ditions of Emloyment, 1991.)


 資料2 雇用保護法規制 最近の変化(抄)

 ☆注 OECD Employment Outlook 1994, p.146


 EC諸国

 ベルギー   1985年
        それ以上であれば3ヵ月の予告期間を設ける必要がある賃金の下限が
        25万BF〔ベルギーフラン〕(=最低賃金)から65万BF(=ほ
        ぼ平均賃金)に引き上げられた。

 フランス   1986年
        集団的解雇についての行政による事前許可制度を廃止

        1989年
        集団的解雇法は解雇の予防についての規制を導入、労働行政官庁は
        社会的計画作成に拘束力はないが示唆を与えることができる

 ドイツ    1985年
        連邦労働裁判所は、被用者が解雇を争うとき判決が下されるまで雇用
        の継続を認める判決。

        1993年
        ブルーカラーとホワイトカラーについて法律の定める予告期間は、後
        者を短縮し、前者を延長することで同等にした。ホワイトカラー労働
        者について解雇手続きをより緩和した。小規模事業所についてより短
        い予告期間が認められる。

 ギリシャ   1983年
        労働協約で多数の規制を導入。労働行政官庁が許可しないとき規制を
        超える解雇は違法。

 イタリア   1986年
        個別的解雇について正当動機の概念が導入された。35人以上の従業
        員の企業で経済的理由による個別解雇が認められた。

        1989年
        憲法裁判所は(16人以下の)小規模企業における労働者に解雇につ
        いての諸権利を拡張した。

        1990年
        不当解雇に対する保護が法律によって小規模事業所とパートタイマー
        に拡張された。

        1991年
        法律で失業保障手当についての2年(例外的な場合は4年)の最長期
        間が導入された。以前は何の限定もなかった。

 イギリス   1988年
        不公正解雇についての訴えの期間が2年に延長された。

 出典:Wyatt(1991); Income Data Service(IDS), Monthly Report, various issues;
and OECD Employment Outlook, July 1993)