「大阪歯科大で働いてきた臨時職員の女性2名が「正職員と同じ仕事をしているのに賃金などで差別を受けた」として、差額など約6200万円の支払いを求めた訴訟が22日、大阪地裁(松本哲泓(てつおう)裁判長)で和解した」(2001年1月22日 毎日新聞)というニュースが報じられました。 この事件の発端は1996年です。大学が1年更新の臨時職員を突然、派遣職員化しようとしました。おかしいと感じた女性たちが、がんばって派遣化を食い止め、組合を作って、ついに正職員化を実現したのです。以下、事件にかかわる記事です。 |
1996/03/07 大阪読売新聞 朝刊 大阪歯科大(大阪市中央区、佐川寛典理事長)が、人件費削減のため、臨時職員計14人に対し、いったん解雇した上で派遣会社の契約社員として再雇用すると通告していたことが分かり、大阪府労働部は6日までに、労働者派遣法違反(対象業務外の派遣)の恐れがあるとして、同大などを指導した。 |
1996年10月17日 新婦人しんぶん第2188号 3面の記事より
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全国一般 大阪府本部 大阪歯科大学分会 鶴野祥子 1 事件の背景 臨時職員と正職員が同一労働をしているのに、賃金格差があることは違法であると、1999年12月、大阪地裁に提訴致しました。 昭和61年6月に講座補助員業務を職務内容とする臨時職員として大阪歯科大学に採用されました。採用当時は、「経費節減の為正職員としては一切採用していないが、2〜3年一生懸命働けば正職員になると思う」と人事課から伺いました。 当時、講座補助員には正職員19名、臨時職員8名の陣容でした。その外にも事務職員では正職員103名、臨時職員12名、歯科衛生士は、正職員22名、臨時職員11名でした。 私がしていた講座補助員の業務や歯科衛生士に関しては臨時職員といっても当時は業務内容も実質の勤務時間も正規の講座補助員の方と変わらず、違うのは正職員の約35%という賃金と労働条件の差別待遇でしたが、担当講座の先生方に恵まれやりがいのある職場で一生懸命働きました。今日まで1年毎の契約更新を余儀なくされておりますが、毎年担当教授からの継続願いを自動的に出していただき私も継続して働くのが当然であり、契約書とは名ばかりのものであったと思っております。 平成4年には日本歯科医学会総会において国際セッション演者の接待をし、その際、現学長・理事長より「自分が学長になったら、正職員にしてあげるから」との言葉を受け、子供を育て生活していく上で賃金格差には辛い思いをしておりましたが、いずれ正職員になれると思い、骨身を惜しまずに働いてまいりました。 2 臨時講座補助員の派遣化のたくらみ それが平成7年12月、臨時職員を派遣会社に移行させるとの大学の方針が決まり、何年も働いてきた私達を解雇の状況に追いやったのです。当時の私は、労働法も派遣法も知りませんでしたが、「不当な解雇に当たるのではないのか?」と思い、人事課長や事務部長に相談に行きましたが、「決まったことだから」とにべもなくあしらわれ、また人事担当理事には「あなたには団体交渉権がないから、話は出来ない」と突っぱねられ、情けなく苦しい思いをしました。 しかし、弁護士の先生や労働組合のご尽力により、平成8年3月に大阪府労働部から派遣法違反との指導が大学に入り白紙撤回となり、今後、自分の事は自分で守り、「おかしい」と思ったことを大学に伝えることが出来るようになりたいと考えた末、労働組合結成を決意し、私が分会長という立場になったのです。 3 労働組合の結成と成果 平成9年4月より正職員の年間給与の65%を臨時職員の給与とすることが団交で決定しましたが、本大学での臨時職員としての勤務期間を2/3と経歴換算されたことなどで、実質は52%ほどです。また、母性保護に関することや慶弔規程の差別など、同じ働くものとしての基本的な権利については毎回の団体交渉で是正を求めてまいりましたが、改善される様子は全く認められていません。 正職員登用に関し当分会は、臨時職員としての勤務期間の長い者から登用するように、また歯科衛生士については本大学での他の有資格者と同様正職員とするように申し入れてきました。平成8年より11名が臨時職員から正職員に登用されていますが、その中で歯科衛生士は2名のみであり、その他の者は勤務期間が2〜7年目の事務職員でした。正職員化は喜ばしいことですが、長期に働いている私を正職員にしないのは、派遣会社移行の際に表立って名前を出し、その後、分会長として運動を進めていることなどが理事長や大学の反感を買った為だと判断しています。 4 大学による臨時職員差別のための偽装の始まり 同時に、平成9年4月、私のような旧講座補助員は大学庶務課員と名称換えをされ、その際正職員と臨時職員の仕事を分けられ、臨時職員は、ワープロ文書作成・ファイリング業務・コピー・ファクスのみの仕事をすることと文書通達されました。長年にわたり講座補助員の仕事に精通してきた者に対し、このような業務の縮小を命じる措置は、文書上だけであっても臨時職員と正職員の業務の差を設け、格差について文句を言わせないための小手先の措置だと思い憤りを感じました。 5 裁判の意義 この裁判を闘うことによって、同じ仕事をしているにも関わらず、名称の違いだけで差別を受けながらも一生懸命に働いている弱い立場の臨時職員の代弁者となり、無知や無関心は罪であり、人格を傷つけられることに鈍感ではいけないと、改めて啓蒙することが出来たら幸せなことだと思っています。 この国では、正職員もパートや臨時・派遣などの不安定雇用者も、企業も政府もすべての者が、不安定雇用者の給与は安くて当たり前との考えがインプットされています。また、私自身もそうだったような気がします。しかし、決してそうではないことが提訴後遅まきながら勉強してきたことで確信になったのです。EU諸国ではパートと正規の差は時間の差でしかないこと、相互転換の自由があること、ILO条約の批准と適用、間接差別の禁止等々、今の日本では夢物語のような労働条件で働くことが出来ることを知った時、なぜ、ヨーロッパで行われていることが日本で出来ないのか、政治が悪いからと鼻から諦めていては何も変わらないのではないか、国際的な流れを広く世の中に知らしめ、労働者としての意識を変えねばならない時期に来ているのではないかと感じたのです。 不満があっても自分さえ我慢していれば、今の状況は守れるとの考えは、すでに過ぎ去った感がある「1億総中流意識」から来るものでしょうか。人間は何によって良き方向へ向かうために突き動かされるものなのでしょうか。今のご時勢だからと、リストラされ不安定雇用におきかえられても賃金カットされても、「雇用があるだけまし」「賃金がもらえるだけまし」という労働者の意識が財界を太らせる温床になっているのではないかとも感じています。これからの運動は、ただ賃上げ要求をするのではなく、人が生き生きと働き続けられ世の中で起こっていることを自分の目で見て判断出来るような人間形成を行い、また若い人を教育することから始まる気がしています。何と時間のかかる遠大な理想(?)を持つことと、人は馬鹿らしいと思われるかもしれませんが、一歩踏み出さねば何も変わらないことも学びました。 大阪歯科大学に採用された時に4歳だった娘が、今は19歳になりました。職場の色々な人に支えられ伸びやかに育っていますが、この事に感謝し、母親がどんな気持ちで仕事をし生きているかをきちんと伝え、彼女たちが社会に出た時に社会で生きることに喜びが持てる世の中に変えて行きたいと思っております。 民主法律244号(2001.2) p.181-183
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