私たちは、私立大学に働く教員の立場から、性急な任期制の導入に反対する。

 大学審議会はさる十月二九日、「大学教員への任期制について」と題する答申を文部大臣に提出し、これを受けて文部省は法令化の準備を進めている。  すでに周知のようにこの答申は「大学における教育研究の活性化を一層図る観点から、大学教員の流動性を高めるための方策の一つとして」任期制の導入を提言している。しかし、任期制の導入によって、本当に、教育研究の活性化」が図られ、「教員の流動化」が高められるかは疑問である。日本における雇用状況、今日の大学とりわけ私立大学の体質等から考えて、任期制の導入は形だけの「流動化」によって、逆に大学の教育研究を停滞させ、大学の荒廃を促進する危険性をはらんでいる。さらには、大学再編の一環として、大学の企業化を促進しかねない。「大学における教育研究の活性化」、「教員の流動性」および「任期制」という三つの事柄を直線的に結び付けているこの提言について、私立大学で働く私たちはむしろ次のような事態をもたらすものと考え、反対の意を表明し、かつ関連の法改正を立法府及び行政当局が性急に行わないことを強く求めるものである。

 〈業績主義を加速化させ、学問の自由をないがしろにする〉

 一見して評価の対象になりがちな研究業績や点数稼ぎを助長する一方で、評価対象となる教育活動が学生への安易な迎合になりかねない。また本来研究者個人の主体的な判断に委ねられるべき研究テーマの決定に際しても、理事会の意向や経営的な側面からの圧力が働くことは充分に予想できる。

 答申では「選択的任期制」を打ち出し大学当局による「次心意的な運用」について注意を喚起しているが、依然として教学関係者の意見を聞いて民主的な大学運営を行うことなく「理事長・理事会」中心の大学運営が残っている私立大学の場合には、恣意的な運用」が逆に拡大する恐れがある。

 九五年九月の大学審議会答申にもとづき、大学運営の円滑化を図るとの理由で管理権限の強化・集中化が画策されつつあることを考えれば、制度運用にあたつて理事会の意向が一層強まり、「恣意的な運用」は避けられない。ひいては大学を支える原理ともいうべき「学問の自由」を契約更新のためにないがしろにする事態を招き、憲法の精神をも揺るがすことになりかねない。

 〈現在進行中の各大学の改革の努力に水を差す〉

 周知のように、各私立大学では大学設置基準の改訂以降、自己点検評価などを通じて、各々の教育研究の個性化を図るべく、来るべき二一世紀に向けた改革を実施中である。しかるに、不安定な身分制度をもたらす任期制が導入されるとすれば、大学教員の改革への意欲を削ぐ反面、保身的な態度を助長しかねず、思い切った大学改革は不可能となり、また理念の独自性とその継続性を特徴とする私立大学教育をないがしろにする。さらに任期制による教員の流動性の上昇は、教員の序列上位校への移動競争を呼び起こし、結果としてすでに入試ランキング等によつて序列化されている大学間の関係を一層拡大するものとなり、さらに大学における研究・教育活動の画一化を助長する。

 〈安易な労働基準法改正につながる〉

 答申では、労働基準法の改正の必要性を提言しているが、日本社会においていまだ多数である「終身雇用制」はそれなりに現行の労働基準法の精神が具現されたものに他ならない。

 「終身雇用制」の是非はともかく、コンセンサスを抜きにして一辺の答申をもって安易に労働基準法等の改正を行なえば、労働問題としてのトラブルが大学教員にとどまらず、他の業種へ波及することは不可避である。  大学教員等にのみ任期制が導入されれば、教員の身分保障に欠け、大学は不安定な職場として優秀な人材が集まらなくなるし、導入大学における従来型との併存は大学教員間の様々な協力関係を突き崩すことになる。

 もとより、私立大学関係者の一人としてその研究と教育の現状をよしとするものではない。我々もその改善のための努力をおこなうのは当然である。しかしながら今回の任期制導入の提言はあまりに私立大学の現状を無視した施策であり、しかも教員をその有機的な構成員として位置づけることの否定につながり、私たちは容認できないものと考えている。

   一九九七年一月二二日

 呼びかけ人(五十音順 一月二二日現在)

  赤尾 勝己(関西大学 教育学)     伊藤 正純(桃山学院大学 経済学)     内山 一雄(天理大学 社会教育)

  小畑 精和(明治大学 文学)      加藤 一夫(静岡精華短期大学 国際政治)  鐘ヶ江 晴彦(専修大学 教育社会学)

  北野 弘久(日本大学 税財政法・憲法) 銀林 浩(明治大学 数学)         栗木 安延(専修大学 社会運動)

  国府田 晃(東日本国際大学 統計学)  菅井 益郎(国学院大学 経済史)      高野 敏春(国士館大学 憲法・労働法)

  田宮 高紀(東京理科大学 数学)    戸沢 行夫(亜細亜大学 日本経済史)    田中 節雄(椙山女学園大学 教育学)

  永井 憲一(法政大学 教育法)     初岡 昌一郎(姫路独協大学 国際関係論)  藤田 祐幸(慶応大学 物理学)

  嶺井 正也(専修大学 教育学)

 賛同人(五十音順 一月二二日現在)

  伊藤 裕夫(相模女子大学 科学技術思想)  井下田 猛(姫路獨協大学 教治学)  今井 義一(数教協会員 数学)

  宇井 純(沖縄大学 公害論)        遠藤 三郎(愛知大学 財政学)    乙部 武志(大東文化大学 日本語教育)

  角山 元保(早稲田大学 フランス文学)   片桐 善衛(軍部藍六学 民法)    菊田 幸一(明治大学 刑事法)

  国祐 道広(大谷女子大学 教育学)     熊谷 一乗(創価大学 教育学)    熊沢 誠(甲南大学 社会政策・労働問題)

  小谷 敏(鹿児島経済大学 社会学)     小林 一俊(亜細亜大学 民法)    小林 好作(麻布大学 獣医学)

  斉藤 日出治(大阪産業大学 経済学)    坂田 仰(日本女子大学 憲法)    澤野 義一(大阪経済法科大学 憲法)

  柴田 高好(東京経済大学名誉教授 政治学) 芹沢 宏生(実践女子大学 政治学)  竹内 良夫(東洋大学 地方財政)

  高木 郁朗(日本女子大学 社会政策)    田中 直人(同志社大学 日本近親代史)高崎 宗司(津田塾大学 日本史)

  鶴田 俊正(専修大学 経済学)       槌田 勤(京都精華大学 環境論)   中野 徹三(札幌学院大学 社会思想史)

  中野 泰雄(亜細亜大学 社会思想史)    西田 照見(立正大学 政治学、社会思想史)  庭山 英雄(専修大学 刑事法)

  原田 実(中京大学 経済学)        平井 孝治(名城大学 数理会計学)  広瀬 裕子(専修大学 教育学)

  前原 清隆(長崎総合科学大学 憲法)    水島 朝穂(早稲田大学 憲法学)   百瀬 宏(津田塾大学 国際関係学)

  ロバートリケット(和光大学 異文化コミュニケーション)  若森 章孝(関西大学 経済理論〉


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