生保裁判連ニュース第四号
一九九七・二 発行 生保裁判連事務局
竹下法律事務所(〇七五-二四一-二二四四)


 生保裁判連第2回総会・交流会
新たな広がりのなかで開催

 1、去る一一月一〇日に福岡市の福岡県教育会館において全国生保裁判連第二回総会と研修会が開催されました。
昨年一〇月八日に結成された連絡会は、生活保護行政を中心に社会保障分野の国の動きや裁判の動向をできるだけ把握し、それを情報として会員に提供するためニュースを随時発行してきました。さらには、「これでわかる生活保護争訟のすべて」を編集し、頒布することもできました。
 この間、東京地裁においてホームヘルパーの派遣を巡り、一部勝訴の判決を勝ち取ったり、名古屋地裁において野宿者に対する生活保護不支給決定を取り消す勝訴判決が言い渡されるなど際立った前進もありましたが他方で東京都新宿区において野宿者を強制撤去させる暴挙が強行されたり、東京都豊島区で母子餓死事件が発生するなど生活困窮者の生存権を踏みにじられる事態も発生しています。
 2、第二回総会・研修会は「こげんこつは許されん。福岡で必ず裁判に勝ちまっしょ」というスローガンのもとで、福岡地裁(増永訴訟)と福岡高裁(中嶋訴訟)で争われている二つの生活保護訴訟の勝利を目指し、全国から九九名の参加者を得て大いに盛り上がりました。
 参加者は一五都府県にまたがり、弁護士、自治体ケースワーカー、研究者、学生、院生、生健会会員のほか支援者や社会福祉士など、多彩な顔触れとなりました。今回初めて参加していただいた弁護士やケースワーカーも多く運動の広がりを実感した総会・研修会でした。3、総会は、林健一郎代表委員の歓迎を兼ねた開会の挨拶で始まり、事務局長から連絡会の活動や前記のような情勢が基調報告されました。また、直前の一〇月三〇日に名古屋地裁で言い渡された林訴訟の勝利判決の報告が小森晴夫(林訴訟を支える会)さんからありました。
 総会では、中川健太郎代表委員(花園大学)から「どうなっている?生活保護の現場」という演題で講演が行われました。中川先生は、ケースワーカーの役割を中心に以前と今日の福祉事務所が大きく様変わりしたことを自己の経験から話されました。今日の保護行政がいかに歪められてきたかを如実に知ることのできる講演でした。午前中の最後は、福岡県生健会の小林良和会長から「こげんこつは許されん。福岡の生活保護」という演題で、特別講演を受けました。
 昼食をはさんで、午後は二つの分科会に分かれ意見交換と交流がなされました。そして、三時から再び全体会を開き、分科会の報告を受けた後、小川政亮代表委員からまとめの発言をいただきました。小川先生は、今日のように生活保護裁判が全国で多数提起されている状況を戦後三番目のうねりであると特徴づけられました。最後に、事務局長から今後の活動方針と役員体制(昨年と同じ)が提案され、参加者全員で提案を確認し、第二回全国生活保護裁判連絡会総会・研修会が成功裏に終了しました。(事務局長 竹下)



  分科会で紹介された審査請求の事例

福岡市東区のX(五七歳)さんは、中学校二年生の子どもと二人暮らしの母子家庭です。骨折後の腰痛などではたらけなくなったため、一九九六年六月二八日、福岡東福祉事務所に生活保護の申請を行いました。
同福祉事務所は、申請から六二日経過した八月二八日、「医師の検診を受けていただきましたところ、あなたには稼働能力があると認められましたので、今回の保護申請については却下します」を理由とする保護申請却下通知書を送付してきました。
Xさんは八月三〇日、生活保護の再申請を行うとともに、九月四日、保護申請却下の取消を求めて福岡県知事に不服審査請求を提起しました。同審査請求に対し、処分庁である福祉事務所は、病気を理由にした保護申請は、検診の結果、稼働能力を有すれば申請を却下できるとする弁明を行ってきました。審査請求代理人は、反論書を提出するとともに、田中さんを中心に口頭意見陳述を行い闘いました。
その結果、福祉事務所は審査庁の指導により、一一月五日、八月三〇日の再申請に関わる保護を決定し、八月、九月、一〇月、一一月の扶助費五六万六千円を支給しました。

 第3回総会のご案内

生保裁判連の第三回総会が平成九年九月七日(日)、横浜市にて開催される予定です。
今からご予定いただき、日にちを空けておいていただきますようお願い致します。詳細は追ってお知らせ致します。

 第一分科会のまとめ
 自動車・学資保険など「資産問題」について活発な議論

1.約五〇名が参加。
2.平田弁護士が中嶋訴訟の論点と現時点の訴訟の到達点について報告。
取消訴訟の門前払いは、「子どもは受給権者でない」とした点で、全く法律を理解しないものである。
 損害賠償訴訟での総論での学資保険容認は当然とはいえ評価できる。しかし、目的外に使ったなどと被告の言い分を全面的に採用したことは論外である。また、保護費を源資とした貯金について「再収入認定」を認めたことは、加藤訴訟からの明
確な後退。絶対認められない。中川健太朗証人尋問でひっくりかえしたい。
3.林弁護士が増永訴訟について報告。
 「車の保有、借用、仕事以外での運転禁止」という指導指示に反したとして保護廃止された。現在三人のケースワーカーの証人尋問を終了したが、「何で借用が駄目なのか」、被告は法的根拠を示せないでいる。いよいよ一二月には課長を引きずり出す。それが山場。
4.事務局斎藤から実施要領上の資産の取り扱いの到達点、問題点について別紙レジメを使い報告。
5.フロアから発言
 (1)金沢高訴訟
 脳性麻痺の重度障害者について県の身障害者扶養共済・月二万円を生活保護で収入認定したのは違法として提訴している。
 (2)神戸、震災を巡る状況
 「被災者の手持金については七〇万円まで収入認定除外」というのが新聞に出たが、内部的な通達で支援団体などが横についていないと認めないため、業を煮やしてリークしたもの。被災者への義援金についても収入認定除外とされたが、実際は市民が知らないのをいいことに運用しないケースもある。まさかの時の預貯金として保護費を貯めたものを仮設の住宅地で預貯金調査・収入認定して一〇〇〇ケース近くがきられていると思う。
 (3)九州 ローン付住宅所有者の自殺事件
自営業者が疾病等によりうまくいかなくなり破産。息子は福岡大学を中退して働くも生活がやっていけないため保護申請したが、「ローン付住宅は保護できない」と申請すら受理せず。本人は「自殺して生命保険金が入れば」との思いから自らの命を絶った。抗議と「保護せよ」と申し入れている。
 (4)九州 違法な保護抑制
 知的障害や糖尿病などで生活困窮している世帯について「稼働能力を活用していない」と取下書を提出させる。字が書けないので申請書をMSWが代筆したケース。「おかしい」と調べると「上をなぞれ」と言われたとのこと。
また、ホームレスの人が救急車で入院してくるが、「入院させるな」「金もってそうな人だけとれば」などと平気でいう。

 6.尾藤弁護士のまとめ
 補足性の原則というのは、本来公的扶助にとって克服すべき、緩和していくべき原則である。それが、日本では異常なまでに強化されるなど歴史の逆転現象が起こっている。少し冷静に諸外国の制度を見て見れば分かるはず。借用した車を問題にしたり被災者を蹴落とすなど考えられない事態。
 例えば増永訴訟で「車に乗らないよう尾行しました」「医者にいくのも遊興の一つです」とケースワーカーが堂々と証言している。とんでもない偏見(スティグマ)をはびこらせて制度への接近を拒むやりかたを国はとっているが、現行制度を前提にしたとしても明らかに違法である。
 法律や権利に対する基本的理解をさせないように生活保護運用をしているのが最大の問題。しかし訴訟になるともたない。ソーシャルアクションを起こし、社会的に訴えることが是非必要。この総会の意義もそこにある。 (事務局 A)

 第二分科会のまとめ
 「生活保護争訟のネットワークづくり」をめぐって交流

 第二分科会は、「生活保護争訟のネットワークづくり」と題して行われた。
参加者は、約四〇人ほどで、福岡県生健会のメンバーからの報告と、林訴訟を支える会のメンバーからの報告を受けて各地の取り組みや経験の交流が行われた。
福岡県生連のレポートでは、争訟を提起する場合、被保護者の側の次のような困難や悩みがあることがリアルに報告された。「担当ケースワーカーに恨まれるのではないか。他のことでいじめられないだろうか。どうせ勝てないようなあ。」しかし福岡でこの間、中嶋訴訟や増永訴訟の他にもいくつも審査請求を提起する中で、成果を上げていることも報告された。
 林訴訟を支える会からは、一〇月三〇日の地裁勝利判決を受けてこの一審勝訴を支えたものとして当事者・運動団体・そして弁護士ケースワーカー・研究者等のネットワークの広がりがあったという意気高いレポートが行われた。
 そして、ネットワークづくりのポイントとして、「あらゆる機会・情報を活かす努力。先入観を持たずに誰にでも働きかける。裁判ニュースの発行(情報提供)。足下を固める。当事者が主体の運動を。署名と募金は成功。」という指摘とともに、「各地の訴訟母体の間でニュース機関紙の交換をしたい。」という提案がされた。
これを受けて会場から、神戸のゴドウィン訴訟、神戸のケースワーカーの配置転換を争っている事件、或いは、被災者に対する生活保護支給を求めて運動している状況の報告があった。
 金沢での就労能力有りとして生活保護申請が却下されて審査請求を提起している事例、広島での無年金障害者を無くすための取り組みの紹介、大阪での社会保障社会福祉一一〇番活動の報告等が相次いだ。また、東京での特別基準設定を求めて争われている事例の紹介や、受給権者の立場に立とうとするケースワーカーの身分保障をめぐっての発言等、多様な実践の紹介と議論が行われた。
 争訟を積極的に行っていく上で、どう「金・人・情報」を確保していくのか、もっと交流を深めたい論点も多かったが、当面、各地で取り組まれている審査請求段階の実践事例集を作って情報交流をすすめることを確認して、二時間半の議論を終えた。(事務局B)

林訴訟第一審完全勝訴
 林訴訟を支える会 藤井克彦

 一〇月三〇日、名古屋地方裁判所は林訴訟について、原告林勝義さんによる九三年七月三〇日の生活保護申請に対し、名古屋市中村区福祉事務所がした生活扶助・住宅扶助を含まない保護開始決定を取消、名古屋市長が原告に二五万円を損害賠償として支払うこと、を認めた判決を出した。原告の完全勝利である。

一、判決の論点
 (1) 保護開始決定の適法性
被告は「利用し得る能力を活用していない」と主張する。この「利用し得る能力を活用する」との意義は、申請者が稼働能力を有する場合であっても、1.その稼働能力を活用する意志があるかどうか2.申請者の具体的な稼働能力を前提にすべき、3.申請者の具体的な生活環境の中で実際に活用できる場があるかどうか、により判断すべきである。原告の場合は、野宿生活をしている日雇労働者である原告が、両足痛などの症状のある状態で就労先を見つけることは極めて困難な状態であり、利用できる稼働能力を活用していなかったとする被告らの主張は誤りであり補足性の要件を満たしていないとしてなされた〈生活扶助・住宅扶助を含まない、医療扶助のみという保護開始決定〉は、取消すべき理由がある。
 (2) 不法行為について
 原告は申請当日に不服審査請求をすると伝えたのであるから、一四日以内に書面で保護開始決定通知をすべきなのに一カ月を経過した後なので、法二四条三項に違反する。保護開始決定は違法であるが、廃止決定も稼働能力において補足性の要件を満たしていないことを理由としており、かつ応急的に行った医療扶助を廃止するためになされたのであるから、違法と評価すべきである。
 一九九六年五月二二日付けで生活扶助・住宅扶助・医療扶助を内容とする生活保護を開始していることからすると、本件申請についても、他の要件は満たしていたものと推認できるから、被告において稼働能力に係わる補足性の要件を適正に判断しておれば、生活扶助・住宅扶助・医療扶助がなされていたものと推認でき、開始決定の通知の遅れについては明らかな法違反であるから、被告に過失があった。原告は、保護申請後も野宿をせざるを得ず、食事も余りとれず、仕事も九月末まで見つからなかった。
 以上の事情を考慮すると、原告は、本件開始決定・廃止決定、通知の遅れという一連の行為により本件開始決定の取消によって回復できない精神的損害を被ったものと認められる。
 (3) 訴えの変更の適法性
当初の請求は、保護開始決定の中に生活扶助・住宅扶助が含まれていないことの違法確認を求めるものであり、本件開始決定そのものの違法確認を求めるものであると言える(もっとも、行政事件訴訟上、行政庁を被告として、そのような違法確認を求めることは認められない)。他方、変更後の請求は、本件開始決定の取消を求めるものであり、訴訟物は、本件開始決定の決定の違法性である。従って、両請求は実質的に同一であるから、訴状受付の時点で変更後の請求により訴えの提起があったものと見ることができ適法である。

二、判決の特徴・意義
 (1) 当たり前のことであるが、稼働能力があり、能力を活用しようとする意志がある場合、その人の具体的な生活環境の中で実際にその稼働能力を活用する場がなければ、保護の要件があるとしている。
全国的に失業を理由とする生活保護が認められにくく、「住所不定者」に対しては「稼働能力があるから」という理由で生活保護が認められない状況である中で、判決でこのように明確に述べたことは、非常に意味がある。また、野宿者が増えている事実を重く見ており、不況を考慮すべきと示唆していることも注目すべきである。
なお判決は、稼働能力を活用する意志がある場合について被告の判断が適法かどうかを判断したのであり、能力を活用する意志がない場合は保護の要件がないと判断しているわけではない。
 (2) 判決は、一四日以内に決定通知書を渡さない場合は、損害賠償請求の対象になり得ることを確認した。適正な保護だけでなく、適正な手続きも重要なのである。
 (3) 名古屋市民生局の「住所不定者」に対する差別的な保護行政については、被告が審査請求・訴訟上は、一切「住所不定者」である点を主張しなかったので直接的な争点にならなかった。従って判決は直接的にそのことを批判していないが、何よりも、判決は野宿を強いられていた林さんについても生活保護法に従って通常通り適用しなさいと言っているのであり、そのことによって「住所不定者」を保護の対象としないという全
国的な保護行政の現状を告発しているといえる。
 事実と法解釈からすると、極めて当たり前の判決であるにもかかわらず、名古屋市当局は控訴した全く許せない。この三年間、「住所不定者」に関する生活保護に関して全国的に大いに関心を呼び、認識が深まり、各地で生活保障の闘いが進んでいる。我々としてはこの判決の内容と意義を全国に知らせ、更に名古屋市保護行政の違法性を明らかにしつつ、窓口における闘いや法的な闘いを平行してすすめたい。



 変臭香気

▼実は、生保裁判連第二回総会は“予想外の盛況”でした。事前の予想では現地から三〇名程度、他府県は三〇名程度とみていました最悪の場合、事務局と現地との“交流会”程度に考えていました。ところが、いざふたをあけてみると、多めに用意したはずの百部の資料は午前中にほぼ底をついてしまい、資料を余分に欲しいと言われた方から回収する始末でした。この場を借りて、総会の成功に奮闘された福岡の生健会、弁護団はじめ関係者に感謝申し上げます。
▼他方、一面の記事で竹下弁護士も指摘しているように全国的な新たな広がりもありました。総会の成功が、二つの裁判を闘っている現地福岡の生健会、弁護団に大きな励ましとなったそうです。参加されたすべての皆様に心からの感謝を申し上げたいと思います。
▼さて、随分先の話で恐縮ですが一面のお知らせの通り、第三回総会を横浜で開催する予定です。横浜では、ケースワーカーを中心に“福祉一一〇番”の開設と結びつけて準備をすすめていただけるとのことです。関東近県の皆様には是非ともご協力をお願いしたいと思います。(編集部Y)

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