労働者派遣法・職業安定法見直しの現段階と改正法案への意見

                    脇田滋(龍谷大学教授)



 1 労働者派遣法改正への反響

 ◆ 派遣労働者からの不安の声

「派遣法の改訂について質問があります。私は、三四歳の独身OLで、現在は、大手電機メーカーで派遣社員としてコンピュータインストラクタ業務に就いています。雇用条件や職場環境に恵まれて二年半同じ企業で業務についていますが、改訂された派遣法では、一年以上にわたり同一企業で業務に就く事が難しくなるのではと不安に思っています。」

 五月二一日、衆議院で「労働者派遣法改正案」が可決されたが、その前後から、私が開設している「インターネット派遣一一〇番」に、右のような質問や相談が殺到している。他にも「派遣労働の自由化」で賃金の切下げの話が出ているという声も少なくない。昨年末から、派遣先による労働者派遣契約途中解除をめぐる相談が急増している。不況のなかで最初に雇用を奪われるのが、派遣労働者であることを改めて確認させられている。

 法改正によってほとんどの派遣が「一年までの短期派遣」に限定されることから、すでに長期に同一派遣先に派遣されている派遣労働者に深刻な不安感をもたらしている。

 たしかに、「短期派遣」は現行二六業務以外に限られると言われているが、現行法でも「業務」の概念があいまいであり、建て前と現実の間には大きな差がある。労働行政が違法派遣の効果的規制をしないなかで、派遣がいっそう短期派遣に推移している(三ヵ月以上の派遣期間が一カ月派遣に変わっている)。「三五歳の壁(嶺)」と呼ばれる「年齢差別」も派遣労働者の常識である。

 派遣先従業員の常用雇用を守るというのが「派遣=短期限定」とする趣旨であるが、法改正によって、現実に長期派遣者を切り捨てる派遣元・派遣先の動きも目立っている。派遣労働者の悩みは深刻である。

 ◆ 「労働法のない世界」 派遣労働者の現実

 派遣一一〇番には、この三年近くの間に約一〇〇〇件余のメール相談が寄せられた。それらを振り返って派遣労働者をとりまく状況を一言で表現すれば、そこは「労働法のない世界」と言わざるを得ない。

 雇用の安定、労働基準法などの労働条件最低基準保障、権利行使、社会保険・雇用保険加入、労働条件の格差是正、労働組合加入等々が、派遣労働者には無縁のものとなっている。派遣労働者、とくに登録型派遣労働者は、つねに雇用喪失(=失業)の不安を抱えており、きわめて弱い立場におかれている。

 たとえば、派遣労働者からの相談には「有休(有給休暇)」をめぐるものが多い。時給制が基本の派遣労働者にとって、遅刻や欠勤は、即、賃金の喪失を意味する。その埋め合わせが「有給休暇」であり、日単位、できることなら時間単位で取得したいという。ILOの週単位の「年次有給休暇」という「余暇」の発想とは程遠い。

 しかし、この「有休」をとれる派遣労働者は幸運である。急な病気や一回の遅刻があっただけで次の契約更新を拒否されたり、派遣先から差し替えを求められる。権利行使をすれば、次の「契約更新」や「派遣先の紹介」がない、という雇用不安から、余程のやむを得ないとき以外は、権利行使を自己抑制せざるを得ない。

 また、労働組合に結集することがきわめて困難な派遣労働者の現実がある。派遣法の立法者は、この点を意識的に無視してきた。

 要するに、戦後五〇年間に労働組合の権利闘争や労働裁判などを通じて形成されてきた労働者の各種の権利が、派遣労働者には継承されていない。まさに、「リセット」されてしまっている(*例えば、パソコンの作業中に停電や落雷などでせっかく蓄積したデータが壊れて、一から作業をはじめなければならなくなること)。今回の派遣法見直しは、この派遣労働者の現実を労働者全体に拡大する点で、雇用と労働者権を劇的に破壊する狙いをもっている。

 2 「労働市場法制」論と労働法の虚構化

 ◆ 法的「虚構」の導入・拡大

 派遣法や職安法の見直しに見られるのは、労働者の現実からあまりにも離れた立法作業の姿勢である。とりわけ、派遣元事業主を、基本的な「雇用責任」を負う使用者とし、派遣先の使用者責任を曖昧にすることは、職場の現実からかけ離れた「虚構」としか言いようがない。

 事務所設置の最低基準面積が二〇平米以上でよいとされる派遣元が、各地に派遣された数百人の派遣労働者の雇用責任を負う使用者とされている。なかでも、三六協定をはじめ労使協定が労働条件規制の中心的役割を果たす傾向があるのに、派遣労働者については、派遣元事業場を単位、とする協定でよいとされる。いったい、派遣元事業場に、各地に散らばった派遣労働者が集まって選挙や集会を行ない、過半数代表者を選出しているのか、また、できるのだろうか?
 
 一三年間の運用についての基礎的な実情調査すら行なわれていない。それにもかかわらず、派遣元での労使協定という「虚構」を受け入れる立法者の感覚は、私には到底理解できない(なお、一九九七年イタリア法は、派遣元での派遣労働者の集会権を明文で保障している)。

 ◆ 「労働市場法制」論者による「労働法」の虚構化

 近年、労働省関連の文書では、「労働市場法」、「労働市場法制」という概念が強調されている。今回の派遣法や職安法改正にあたっても、中職審の答申や雇用法制研究会の報告書(「今後の労働市場法制の在り方について」一九九八年一〇月・労旬一四四六号四八頁)には「労働市場法制」という新たな概念が頻繁に用いられ、重要なキーワードとされている。

 十分な検討が必要と言えるが、筆者は、この「労働市場法制」がはたして憲法にもとづく「労働法」と言えるか、強い疑念を抱いている。

 とくに「労働市場法制」論者は、保護を強めれば、いっそう違法派遣が広がるという理由(口実)で、保護の拡充に消極的な「現実論」を主張している。派遣労働者の無権利な現実(=「労働法のない世界」)を追認するのが新たな「労働市場法制」であれば、憲法の理念に即した「労働法」とは思えない。労働省とそれに連なる労働法学者たちは、意識して労働者の現実を無視し、法的「虚構」を通じて「労働法のない世界」を産み出し、拡大することに加担していると言えよう。

 3 今後の課題

 すでに衆議院で法案が一部修正のうえ可決されている。修正案は一定の改善をもたらすものとされている。しかし、法案の根本的欠陥は何ら改善されていないし、全体として多くの不明確な点を抱えたままであり、慎重な審議と抜本的な修正が必要である。
 参議院での法案成立は、六月一一日予定という。間に合わないかもしれないが、少なくとも次の点を指摘しておきたい。

 @ 法改正の基調を「派遣労働の拡大」や「規制緩和」から、派遣労働者保護へ根本的に変えることである。労働行政が「違法派遣」を規制し、派遣労働者の保護について有効な対応ができるように、特別の監督体制とその人的保障、行政責任明確化など、定めたルールの遵守を徹底するように行政の怠慢を許さない措置を導入するべきである。

 A「短期派遣」の導入は、派遣労働者の雇用不安定化に拍車をかけるおそれが強い。派遣期間を超えたときに、派遣先での「自動直用義務」を明確にすることが絶対に必要である。また、ドイツのように派遣元は派遣労働者と「期間を定めない雇用契約」しか結べないとして、登録型派遣を禁止するなど、派遣先・派遣元での派遣労働者の「雇用継続」の保障が不可欠である。

 B派遣先常用労働者との同等以上の待遇を保障することが必要である。常用労働者の代替への歯止めとしても、派遣労働者保護のためにも、同等待遇を明確化することは不可欠の要請である。

 C過去一年間に人員削減解雇のあった事業所では、派遣導入に制限を加えるなど、リストラの一環としての派遣利用に規制を加えることが必要である。

 DILOや各国法が重視する派遣労働者の権利保障、なかでも団結・団体交渉を助長する具体的措置を定めることが必要である。

 最後に、もし、抜本的改正が盛り込まれずに派遣法改正が実現すれば、労働法の一層の「虚構化」が進むことになり、「労働市場法制」論の本質が明らかになるに違いない。労働者の無権利がいっそう広がるなかで、イデオロギーや雇用形態の壁を乗り越えて、職場や労働者の現実を徹底して重視する、新たな労働組合の活動が広がることを期待したい。   (一九九九年六月四日記)

労働法律旬報 NO.1457‐1999.6.10 p.42-43


派遣110番 ホームページ
S.Wakita's ホームページ