長岡京市保育料訴訟 原告側 最終準備書面

1998年12月16日提出の最終準備書面です。99年2月24日に補充の書面を提出する予定です。

        準備書面

             原告    脇田 滋
                               外一名
             被告    長岡京市長
                     今井民雄

 右当事者間の御庁平成六年(行ウ)第六号保育料変更決定処分取消請求事件について、原告らは左記のとおり弁論の準備をする。

      一九九八(平成一〇)年一二月一六日

             右原告ら訴訟代理人
             弁護士    竹下義樹
             同      尾藤廣喜
             同      工藤展久
             同      安保千秋

京都地方裁判所 第三民事部 合議係   御中

               記

一、被告の保育行政の特徴

1、被告による保育行政の展開

 一九五二年四月に、被告による最初の保育所が開設された。一九六〇年代に入ると、大量に転入者が増え、新たな保育需要が拡大した。一九六四年四月に、長岡町保育所設置条例が制定された。
 一九七〇年には、保健指導や給食についての指導が行われるようになり、栄養士が一名配置され、全園統一の給食献立作成、調理指導が始まった。保育時間も、午前八時〜午後四時までになり、早朝七時三〇分から八時、夕方四時〜六時の長時間保育が実施されるようになった。この時期に、保母配置人員について、零歳児三:一、一歳児五:一、二歳児七:一、三歳児一七:一、四歳児二九:一〔後に二七:一〕、五歳児三〇:一の定数基準が定められ、現在に至っている。これは国の最低基準を超えるものであったが、京都や大阪など都市近郊型自治体に共通した最低基準でもあった。 一九七六年に、保育料改定をめぐり被告と保護者会との話合いが行われ、同年一〇月、当時の被告八田市長と連合保護者会の間で「保育料改定に伴う確認書」が締結された(甲第七号証)。当時は、保育料改定について被告の最高幹部が保護者会と話合いをしていたのである。
 一九七七年頃から、市立深田保育所で園庭でテントを張って泊るかたちで、年長児の「合宿保育」が始まり、七八年度からは市立各園で近隣の宿泊地を使った合宿保育が行われるようになった。この合宿保育は、保護者会主催として行われ、保護者、保母の実行委員会形式で運営された。一九七七年頃には保育所と保護者との連携が強まり、保育日誌が公開制となり、クラスだよりの発行、保育参観、個人懇談、家庭訪問が行われるとともに、保護者と保母の間で自主的な交流会、懇談会、学習会なども盛んになっていた(甲第三二号証ないし第三六号証)。
 このように一九七〇年代から八〇年代の初めの時期に、被告は高まる保育需要に応えるとともに、保育体制、保育内容、保護者との話合いの重視など、近隣の自治体と並ぶ保育行政の水準を実現させたのである。

2、時間外受託料裁判と和解

 一九八〇年四月、被告は、いわゆる長時間保育について「時間外保育受託料制度」の導入を保護者の反対を押し切って強行した。同制度は、平日の保育時間である朝七時三〇分〜夕六時までの一〇時間三〇分のうち、「所定保育八時間制」を導入する一方、八時間を超える分について「時間外保育受託料」を保育料とは別に徴収するというものであった。これに対して、連合保護者会が中心となって、反対署名を集め、被告に提出するなど反対運動が盛り上がった。同年六月、当時の保護者六名が児童福祉法などを根拠に被告の時間外保育料徴集処分の取消と、時間外保育受託料の支払義務がないことの確認を求めて京都地裁に提訴した。これに対して、同年一〇月、被告が受託料不払の保護者(一四〇名)に対して「支払わなければ時間外保育を停止する」との督促状を送るなどしたため、マスコミを含めて社会的に大きな注目を浴びることになった(甲第六六号証の一、二)。 そして、一九八一年一二月九日、長岡京市が時間外保育委託料の徴集を廃止することを主な内容とする和解が成立した(甲第六五号証、同第六六号証の二)。この和解は、本件にとっても重要な意義を持つ。けだし、和解では、被告は、保育料の改訂にあたって一九七六年の前記確認書を尊重し、保護者会と話合うこと、また、保育行政の向上に努めることを明確に約束しているからである(甲第六五号証、同第六六号証の二)。

3、被告による保育行政の転換

 被告は、一九八二年頃から長時間保育の早朝にもパート保母を導入し、一九七九年以後は、正規保母の新規採用を行わず、以後一三年間正規保母採用を採用しなかった。これは近隣の自治体にも見られない人事政策であったが、その結果、一九七九年に一三六名を数えた正規保母は、一九九一年には八四名にまで減少することになった。その反面、日々の保育に対応するために、パート保母が大幅に増員された。また、被告は、一九八四年には臨時職員取扱規則(甲第六三号証)を制定し、昼間の保育時間帯にもフリー保母などとしてアルバイト保母を導入するようになった。
 一九八五年頃には、保育所入所申請が減少傾向を見せるようになり、市立保育所数園で認可定員が変更・削減されている。その原因は、出生率の低下もあるが、主たる原因は公立保育所が産休明け保育をしていないこと、保育料が高いこと、保護者の就労実態に合わない保育時間が設定されていたからである。現に、その頃、長岡京市内にも産休明け保育のための無認可保育所や長時間(深夜)保育のためのベビーホテルが増加してきているのである。
 一九八七年度に入って、市立保育所で、突然、各保育所長から、「園外保育のときに子どもにカラー帽子を着用させるように」という指示が保母に対して行われ、保護者にもカラー帽子の購入が要請された。同年八月には、「カラー帽子に関する指示事項を守らなかった」との理由で、被告はクラス担任保母一〇一名中七一名の保母に「処分」(文書訓告三八名、口頭厳重注意三三名)を行っている(この違法性については、甲第一二八号証参照)。
 この事件は、被告による保育現場への強権的な介入としてマスコミでも大きく取上げられ、異常な保育行政として全国的にも注目されることになった(甲第四〇号証)。この事件は、労働条件の改善や保育水準の向上を求めて活動していた保母集団(いわゆる「保母合同職場会」)に対する強権的な対応への転換であり、後述する保護者会への対応にも直結するものであり、被告の保育行政の重大な転回点であった。

4、一九八八年からの保育料の連続値上げ
 
 一九八四年に被告の児童対策審議会が保育料について国基準に基づくスライド制導入を趣旨とする答申を出したが、そこでは保護者会との話合いが要望事項に挙げられていた(甲第五号証)。この答申が出た後も、しばらくは保育料値上げをめぐって被告は保護者会をはじめ、市民に対する説明会を持ち、話し合いを行っていた(甲第八号証ないし同第一〇号証、同第一二、一三号証)。
 ところが、被告は一九八八年を最後に保育料についての話合いや説明会を一切中止し、今日まで連続して保育料を一方的に引き上げたのである(甲第一一号証)。その結果、被告の保育料は、連続値上げ開始前にはほぼ同水準であった近隣自治体(向日市や京都市)と比べて高額になり、大きな格差が生じることになったのである(甲第四三、四四号証、同第七三号証の一ないし三)。

5、保母の生理休暇取得妨害

 保母の生理休暇取得妨害事件は、長岡京市立保育所で子どもの保育にあたる保母の配置に問題があることを明らかにした。すなわち、一九九一年四月に、市立保育所の保母職員四名が生理休暇取得時に管理職からイヤガラセの発言を受けたり、申請用紙を破り捨てられたことについて労働基準監督署や京都弁護士会に人権救済申立を行った。一九九二年二月二五日、京都弁護士会(人権擁護委員会)は、ギリギリの保母の配置体制のもとで生理休暇を取得しにくい手続きに変更した点など、具体的な問題点を指摘し、被告に対し人権侵害改善の要望書(甲第一二八号証)を発したのである(一九九五年六月一六日付原告準備書面、第三、三、甲第七九号証ないし同第八二号証、同第八四号証)。

6、保護者会の活動妨害

 一九八九年以降、被告は保護者会に対する対応を以下のように変更してきた。
 被告の保育行政担当者や各市立保育所長らは、連合保護者会や各園の保護者会との話合いにおいて保育料に関する事項の話し合いを拒否し、保護者会が会合をする際にも施設提供を拒否するようになった。
  被告の各市立保育所長らは、保護者会文書の検閲をしたり、配布文書の抜き取りをはじめとする各種の違法・不当な妨害行為を加えるようになった。
  被告の保育行政担当者ないし各市立保育所長らは、「合宿保育」に対して執拗に妨害を繰返した(以下の各項目につき、甲第五九、六〇号証、同第六二号証の二、同第一三三、一三四号証、証人岩村伸一の平成九年一一月一四日付証人調書参照)。

7、こま切れ保育の実施

 一九九三年一一月三〇日に、保護者会の有志二一名は、被告の保育行政及び市立保育所七ヵ園の運営が、子どもと保護者の権利を侵害するものであるとして、再び京都弁護士会に人権救済申立を行っている。申立の趣旨は以下のとおりである。
 子どもを担当する保母職員が、早朝(パート)、午前中(正規)、昼休み(パート)、午後(正規)、夕方(パート)と一日のうちに五人から六人もコロコロと入れ替わる「こま切れ保育」体制がとられていること
  被告及び保育所長が子どもの保育所での様子を保護者に知らせないこと
 保護者会に施設の利用を拒否したり、ビラ配布を妨害すること
 これに対し、一九九五年三月一七日、京都弁護士会(人権擁護委員会)は、被告に対して具体的な改善の措置をとるよう要望書を送付したのである。同要望書は、保母配置基準、保母の引継時間をゼロにしたこと、アトピー性体質児童に対する給食配慮のとりやめ、保護者に保育内容を知らせる努力、保護者会ニュースなどの配布妨害等に問題があるとして、被告に対し、
 昼休み時間にも、児童福祉法に基づく人数の保母有資格者を配置すること
  保育所内で、保護者会のニュースや連絡文書の配布等の妨害を行わないこと
 の二点を具体的に改善するよう求めているのである(甲第七八号証)。
 以上のような、引き継ぎ時間なしに保母が入れ替わる「こま切れ保育」や「合宿保育」の禁止並びに保護者会文書の検閲や配布文書の抜き取りなどは、児童福祉法をはじめとする法的根拠のないものであり、厚生省や京都府の指示によるものでもなく、被告の保育行政独自のもので他に例をみないものである。

二 保育料の決定及び徴収の手続の適法性

1、保育料の徴収の法的根拠

 保育料の決定及び徴収権限に関する法律論は、すでに原告の一九九五年一一月七日付準備書面等で詳述しているところであり、証人田村和之(広島大学教授)の証言によっても明確にされているところである(同人の平成九年四月二三日付証人調書)。ここでは、以下の点を補足する。
 児童福祉法第五六条第二項は、次の四点についてのみ定めており、その他の点については定めていない。
ア、市町村長による保育に関する費用の徴収権限
イ、費用を負担すべき者が本人又は扶養義務者であること
ウ、負担能力に応じて負担させなければならないこと
エ、負担させるべきものは第五一条一号の二の費用の全部または一部で あること
 したがって、同法第五六条第二項は、市町村長が保育料の額をどのような方法で決定し、どのような手続で徴収するかなどを規定しておらず、何らかの準則規定を別個に設けざるをえないのである。費用を本人か扶養義務者のどちらに負担させるのか、あるいは扶養義務者が複数いるときには、どのように負担させるかについても同条は定めていない。さらには、同条は、応能負担の原則を定めるにとどまり、具体的な方法や基準については何らの定めもしていない。
 そこで、同条同項に定められていない事項を全て市町村長の裁量で決することができるかが問題となるが、児童福祉法及び地方自治法をあわせて考えると保育料に関する事項は条例事項とみざるをえないのである。なぜなら、保育所は明らかに「公の施設」にあたるので、その使用に伴って徴収するものは他方自治法の規定に基づかなければならず(地方自治法第二二五条)、「使用料」であるというほかないからである。学校教育法第六条による「授業料」、地方公営企業法第二一条による「料金」、博物館法第二三条による「入館料」などが使用料とされ、条例によってその額が決定されている(甲第七七号証、同第一五四号証)。これらの法律では、特に料金等を「条例」で定めなければならない旨の明文はないが、当然に地方自治法第二二五条・二二八条が適用されるものとされているのである。保育料も、これら公の施設の使用に伴うものであって「使用料」と解されるから、地方自治法第二二八条によってその金額等は条例で定めることが必要となる。なお、保育料を負担金(地方自治法第二二四条の分担金)としても、地方自治法第二二八条が適用されるので、結論は同様である。
 要するに、保育料は、前述の通り、児童福祉法だけでは決定されず、重要な事項がいくつも残されており、同法第五六条第二項だけでは条例によらずに規則だけで費用を徴収できる根拠にはならないのである。(田村和之『保育所行政の法律問題(新版)』甲第六七号証、碓井光明東京大学大学院教授『自治体財政・財務法』甲第六八号証、同『改訂版 自治体財政・財務法』甲第七五号証、同『要説 自治体財政・財務法』甲第一二〇号証)。
  被告は、保育所設置条例を制定しているが、そこには保育料(とくに、その改訂)に関する条項を設けておらず、被告保育所規則に基づいて保育料の改訂を行なっている。これは直接に条例に基づいて保育料に関する事項を決定することを義務づけた地方自治法第二二八条第一項に明らかに違反するものである。
 なお、児童福祉法第三五条第三項は、「市町村は、厚生省令の定めるところにより、あらかじめ、厚生省令で定める事項を都道府県知事に届け出て、児童福祉施設を設置することができる」と規定している。同項は、市町村による保育所設置権限の授権規定であるが、被告は、この規定があるのにもかかわらず「保育所設置条例」を制定している。それは、地方自治法第二四四条の二第一項が、地方自治体は「公の施設」(保育所)の設置・管理に関する事項は条例で定めなければならないと規定しているからである。被告自身、この保育所設置については、児童福祉法をまず適用し、次に同法に規定されていない事項について地方自治法に基づき条例を制定しているのである。したがって、児童福祉法第三五条第三項と同様に市町村長の権限(受験)のみを定めた同法第五六条第二項の存在をもって保育料決定ないし徴収手続を条例事項でないとする根拠にはなりえないのである。

2、児童福祉法と地方自治法

 既に繰り返し指摘してきたように、児童福祉法第五六条第二項によって市町村長に保育料徴収権限が授権されているとしても、その重要な内容(徴収すべき保育料の額、保育料の決定方法、徴収義務者の範囲と順序など)を条例で定めるのか、規則で定めるかについては同法には何らの規定もなく、地方自治法によって決するしかないのである。市町村長が規則制定権を有する根拠も地方自治法によるのであり、市町村が団体事務を行うにあたり、いかなる事項をいかなる法形式で定めるかは地方自治法の規定によって決せざるをえないのである。保育料以外の市町村長の権限も、かかる原理に基づいて処理されているのである。市町村長が地方自治法を離れて団体事務を処理するための事項が規則事項であるか、条例事項であるかを判断するなどということはありえないのである。被告が主張するように、かりに保育料は児童福祉法第五六条第二項に基づく負担金であるとしても、右規定のみをもって保育料徴収事務を執行することは不可能である。条例または規則によって保育料の額や徴収手続が定められない限り徴収事務を執行し、あるいは未納者に対する滞納処分(児童福祉法第五六条第七項)を行うことはありえないのである。したがって、被告の主張を前提とした場合でも、そのことから直ちに保育料の決定手続が規則事項であるとする根拠にはなりえないのである。
  地方自治法第二四四条の二第一項は、「普通地方公共団体は、法律又はこれに基づく政令に特別の定めがあるものを除くほか、公の施設の設置及びその管理に関する事項は、条例でこれを定めなければならない」と規定している。保育所が同項にいうところの公の施設であることは論をまたないところであり、被告もまた右条項及び児童福祉法第三五条第三項に基づいて保育所設置条例を制定している。そして、地方自治法第二四四条の二第一項に基づいて制定された条例には保育所設置条例を除く全ての条例に使用料に関する規定が設けられているのである(甲第一五四号証)。けだし、同項は「・・管理に関する事項は、条例でこれを定めなければならない」と規定しているからであり、利用料はここにいうまさに管理に関する事項だからである。公の施設においては、それを利用する住民は、利用の対価としての利用料(使用料)を負担することは同項にいう「管理に関する事項」であることは疑う余地はない。保育所という公の施設における利用料は取りも直さず保育料であり、それが同項にいう「管理に関する事項」に含まれることもまた疑う余地のないところである。したがって、保育所を利用する場合にだけその対価的要素としての保育料が同項にいう「管理に関する事項」に含まれないとすることは極めてご都合的な解釈であるといわざるをえない。
  地方自治法第二三一条の三第一、二項は督促手続が条例事項であることを規定している。市町村長が保育料の未納者に対し督促手続を行うには、右条項に基づかざるをない。市町村長は保育料未納者に対し督促を行う手続を児童福祉法第五六条第七項を根拠に規則で定めることは絶対に許されないのである。したがって、かかる点からしても、被告が主張するように、保育料をもって児童福祉法第五六条第二項に基づく「負担金」であるとしても、保育料の決定方法や徴収手続を条例でなく規則で定めるなどということは、明らかに違法となるのである。
  地方自治法第二三一条の三第三項は、「普通地方公共団体の長は、分担金、加入金、過料又は法律で定める使用料その他の普通地方公共団体の歳入につき第一項の規定による督促を受けた者が同項の規定により指定された期限までにその納付すべき金額を納付しないときは、当該歳入並びに当該歳入に係る前項の手数料及び延滞金について、地方税の滞納処分の例により処分することができる。この場合におけるこれらの徴収金の先取特権の順位は、国税及び地方税に次ぐものとする。」と規定している。すなわち、地方自治法第二二四条の分担金は常に滞納処分の例によるのに対し、同法第二二五条の使用料は法律に別段の定めがある場合に限り滞納処分の例によることができるとしているのである。
 児童福祉法第五六条第二項に基づく保育料が地方自治法第二二五条の使用料の一種であるからこそ、同法第二三一条の三第三項にいうところの法律による別段の定めとして児童福祉法第五六条第七項が規定されているのである(甲第一五五号証)。

3、保育料に関する裁判例とその意義

 これまでの保育料裁判としては、一九八一年に東京地裁に提訴された小平市と渋谷区の事件があり、ほぼ同様の争点をめぐって争われているが、この二つの事件はいずれも保育料徴収が機関委任事務であった時期の事案である。両事件についての裁判例のうち、小平市保育料訴訟では(最高裁一九九〇年九月六日判決)保育料徴収事務は機関委任事務であることから条例によらずに厚生省の示す通達等に基づき規則で保育料について決定できるとしているのである。
 保育事務が一九八七年(昭和六二年)四月一日から、「地方公共団体の執行機関が国の機関として行う事務の整理及び合理化に関する法律」(昭和六一年法律第一〇九号)により自治体の団体事務とされ、その法的性格を根本的に変更されたのである。したがって、かりに前記判例の考え方によっても、本件は保育料徴収事務が団体事務化された後のものであるから、規則事項とされる根拠は消滅しており、条例によって保育料を決定することが必要となるのである。なぜなら、保育料徴収事務が団体事務になった現在では、以前のように「機関委任事務」を理由に条例で定める必要がないとすることは最早できないからである。
 したがって、現在もなおそれにもかかわらず、条例によらずに保育料を規則によって決定・徴収している被告の保育料決定・徴収は違法であることは明白である。
 そうした判例の考え方と期を一にして、保育行政が団体事務化された以後、保育料決定・徴収に関する条例が自治体によって次々と制定されており(甲第九二号証の一ないし同第九八号証の二)、その後一零年間は改定がなかったため条例制定の必要がなかった自治体でも保育料改定にあたって、市民の代表である議会で定める条例によって保育料徴収の具体的内容・基準を定める自治体が増加しているのである(甲第一一〇号証ないし同第一一五号証、同第一一八、一一九号証、同第一三六号証ないし同第一五三号証、証人田村の平成九年四月二三日付証人調書)。

三、非民主的手続による保育料の決定と保護者会活動の妨害

、かりに、被告主張のように保育料に関する事項を直接に条例によることなく保育所規則で定めるとしても、その決定にあたっては、少なくとも、保護者の要望や意見を十分に反映する適正で慎重な手続が踏まれなければならない。保育所規則は議会の議決に基づかない市長による専決とされているからである。

2、一九八四年児童対策審議会答申

 被告は、保育料引き上げについて「国基準の一定率範囲で市の保育料を定める」という一九八四年の長岡京市児童対策審議会答申を値上げの根拠として、各保護者への通知書にその旨を記載していた(甲第五号証)。例えば、福祉事務所長の「平成三年分保育料改定について(お知らせ)」によれば、一九八四年(昭和五九年)の長岡京市児童対策審議会(会長成田錠一)の「長岡京市保育料の適正化について(答申)」で「保育料改定については国基準に基づき毎年改定する旨の定式化を行」ったことを保育料改定の理由にし、さらに保護者会との話合い拒否の理由にしている(甲第一一号証)。しかし、一〇年以上も前の答申で値上げを続けるのは非常識であるという保護者からの指摘もあったため、一九九二年頃からは被告の文書でもこの答申を根拠とすることができなくなったのである。
 一九八四年児童対策審議会答申は、次の点で被告の保育料引き上げの適法根拠とはなりえないのである。
 保育料徴収事務は、自治体の団体事務とされ、その法的性格がそれ以前と根本的に異なるものとされるに至った。したがって、国基準を重視する一九八四年(昭和五九年)答申は、法改正によってその意義を失っているのである。地方自治法第二条第二項及び第一三八条の二は、地方行政を行う際にはその独自の責任において判断しなければならないとしているのである。それゆえ旧法に基づくこの答申をもって、昭和六二年以後の保育料決定の根拠とすることはできないのである。
  児童対策審議会の法的性格、権限、委員選出の基準、手続などは、条例その他によって何ら明らかにされていない。単なる市長の諮問機関に過ぎない。少なくとも、児童福祉法など明確な法的根拠もなしに、保育料の改定・決定などの重要事項をこうした諮問機関に委ねることはできないのである。
  右一九八四年答申そのものが、最後の要望事項 で「児童福祉施設としての保育料のあり方について市民および保育所保護者に正しく理解を得るように努力をすること」としている。しかし、一九八九年以降の保育料値上げに関しては、被告は市民および保育所保護者の理解を得るような努力を一切していないことは明らかである。
  一九八四年答申の要望事項 では、「保育所は、今後一層の保育の質的充実を図る」ことを求めているが、被告は右答申が出された以後保育内容を劣化させ違法な保育行政(細切れ保育や無資格保母の導入など)、保護者回との関係においても違法な行為を繰り返しており(文書の抜き取りなどの保護者会活動の妨害)、当審を無視してきたのである。
 この点でもこの答申をもって保育料値上げの根拠とすることは恣意的であると言わざるをえない。
 いずれにせよ、右児童対策審議会答申をもって保育料値上げの法的根拠とすることは不可能である。したがって、右当審をもって本件処分を適法とすることはできないのである。
 なお、被告は、一九九五年(平成七年)九月に、児童対策審議会を再開したが、この新たな児童対策審議会は、審議会委員の氏名、肩書などを公表せず、市民や保護者に審議会傍聴も許さず、議事録も公開しないという極めて非民主的な運営を行っている。また、会議の度に前回の記録を委員に確認させることもせず、保護者を代表して委員となった岩村伸一氏が、審議会の論議で存分に意見を述べることができないという、およそ審議会と言えるための最低限の体裁もとっていないのである(証人岩村の平成九年一一月一四日付証人長所)。国の中央児童福祉審議会が公開を原則とし、民主的な運営を行っているのと比較しても、極めて不合理、非民主的な審議方法であると言わざるをえない(甲第一〇二号証)。

3、被告の管理的職員による違法な保護者会活動の妨害

 被告の職員である市立保育所長らは共通して、保育所保護者会の保育料値上げ問題についての文書活動等を妨害してきた。これらの妨害活動は市立保育所に共通したものであって、市の保育行政担当者の組織的な指示によるものであることは明らかである。保護者の言論・表現の自由を抑圧する被告の保育行政は、違法かつ不当なものと言わざるを得ない。その結果行なわれた保育料の改訂は手続的に重大な瑕疵を有し、それに基づく個々の保護者に対する保育料決定処分は強い違法性を帯びる結果となるものと言わざるをえない。
 文書配布や通信を妨害することは連合保護者会の保育料問題への取組みなどを行う会の基本的活動そのものを妨害する行為であり、保護者会という市民の自主的団体の自治的活動を抑圧するものであり、いかなる理由であれ、こうした文書活動を被告の公務員としての保育所長が一方的に抑止することは許されないものである。
 こうした保護者会の自由な活動に対する違法・不当な規制に対しては、連合保護者会や各公立保育所保護者会は、被告や福祉事務所長に対して、再三、改善の要望を行なってきたが、何ら改善されることはなく、違法行為が繰り返されているのである(甲第一二六号証)。それどころか、一九九一年四月二日付の「保護者会活動についての申入れ」の最後には、保育行政の立場から「保育所運営の五つの基本」なるものが示されている(甲第五一号証)。そこでは、保護者は行政に従うべきことが示されているが、この「保育所運営の5つの基本」は、厚生省の通達をはじめ何らの法的な根拠をもたないものである。むしろ、自治体が保護者とともに児童の育成
  を行うという児童福祉法等の理念や目的に反する違法な内容を含んでいる。

四、児童福祉施設最低基準に反する保育内容と保育料

1、児童福祉施設最低基準に反する保育体制

  細切れ保育の実態

 被告では、かなり以前から、早朝(正規保母とパート保母)、午前(正規保母のみ)、昼休み(正規保母とパート保母)、午後(正規保母のみ)、夕方(正規保母とパート保母)という複雑な保育体制が実施されていた。一九八七年七月一五日以降、正規保母とパート保母の朝夕の引継ぎ時間が従来は三〇分間あったものがカットされた。その結果、現在、パート保母と正規保母の引継ぎ時間は設けられていない。従来は、ダブリの時間に子どもや保育内容について正規保母とパート保母の間で引継ぎや交流ができたのに、昼間の子どもの様子をパート保母に伝えることができない状況になっている(証人中村浩司の平成八年一〇月一一日付証人調書二六頁)。証人藤井修は、実際の保育において引き継ぎ時間のもつ重要な意味を指摘し、公立保育所よりも財政的に運営が苦しい民間保育園においても、こうした引き継ぎ時間を前提にした保育体制をとっていると証言している(甲第一二二、一二三号証、証人藤井の平成九年九月三日付証人調書三三頁以下)。被告が市立保育所において引き継ぎ時間を設けない保育体制をとっていることは、「地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」ことを明確に定めた児童福祉法第二条とその尊重を求めた同法第三条に違反する違法な措置である。
 右記のような保育体制の下で、一九八九年には、市立新田保育所で年長の子どもが早朝保育所で負傷(鎖骨骨折)をしていたのに、夕方まで保育所側が気が付かなかった例などが発生しており、子どもに大きな犠牲を強いる安全管理体制となっているのである。
 被告においては、正規保母の採用がストップされるなかで導入されてきたパート保母はほとんどが無資格である。児童福祉施設最低基準第三三条は、保母の有資格者による保育を義務づけており、無資格保母を導入することそのものが同条違反であることは明白である。とりわけ、京都弁護士会の要望書が指摘している通り、少なくとも、正規保母の昼休憩時間(子どもが昼寝をしている時間)に無資格のパート保母が保育を担当しているクラスについては明らかに児童福祉施設最低基準違反となることは明らかである(甲第九一号証)。
 なお、証人中村は、パート保母については同じ人を連続して雇用することはない、と証言したが、新田保育所のパート保母については、数年にわたって同じ人が継続して雇用されている(甲第一〇三号証ないし同第一〇七号証)。その点は地方公務員法第二二条第五項にも違反するものである。

  週休二日制実施にともなう保育体制

 一九九三年度、週休二日制の完全実施が課題となった。他の市町村では、何らかの形で保母職員や給食調理員の増員をして条件を整備したが、被告は「金をつかわず、人を増やさない」ことを前提にして、正規保母職員を一人も増員することなしに、一九九三年一〇月一日から新たな保育体制を導入した。同年一〇月以降、正規保母のなかで早出(七時三〇分から四時まで)、遅出(九時から六時)の時差勤務が導入された。その結果、八時三〇分から九時、四時から四時三〇分に担任の正規保母がいないクラスが出ることになった。また、休みが土曜日以外の平日に指定されるなかで、担任保母がいない日や時間帯が増えるなど、従来からの「こま切れ保育」体制がますます悪く拡大されている(甲第四一、四二号証)。
 また、土曜日の保育が話合いや十分な説明なしに本来の保育態勢と異なる「例外」扱いとされているため、保護者に保育体制に不安を感じて子どもを連れて帰るという動きまでが出ている。

2、児童福祉施設最低基準違反の保護者会活動の妨害

 一九八九年以降、市立保育所では、従来、保育所施設を利用し保育所と協力して実施されてきた保護者会主催の各種行事(もちつき大会、夏祭り、文化行事、新春お楽しみ会、クリスマス会、バザー等)が、制限・縮小された。一九九一年度には、すべての市立保育所でこうした行事を保育所内で行うことが拒否されることになった(甲第三一号証)。さらに、保育所外で行われた自主的な催しについても、妨害的な文書が被告福祉事務所長や市立保育所長から出されたこともあった(甲第四八号証ないし同第五〇号証)。
 保育所長から、「保護者会は、保育所には関係のない団体である」とされ、いくつかの保育所では、夏祭りのための櫓や、卒園のときに保護者会が保育所に寄贈した書籍を、保育所外に持出すように保護者会役員が求められているケースも出ている(甲第六〇号証)。
  証人藤井修は、証言のなかで、保育所の運営にとって保護者との結びつきが重要であることを強調し、保護者会活動を尊重して積極的に協力体制をとる必要性を指摘している(甲第一二一号証、証人藤井の平成九年九月三日付証人調書)。
 ところが、被告市立保育所長らは、自主的な保護者会活動を否定し、被告の方針に従わない保護者会との話し合いを拒否している(甲第五二号証)。被告市立保育所長らは、「保護者会とではなく、個々の保護者とは話合う」と釈明するが、保護者会が全員加入を原則とする保護者の自主的組織であること、従来から保護者会と話し合うのが被告の保育行政担当者の態度であったこと、所長が多くの保護者個々人と話合うことは不可能であること、現に話し合いを希望している保護者との間でもほとんど話し合いが行われていないことからしても、被告の主張は極めて欺瞞的なものである(証人藤井の平成九年一一月一四日付証人調書)。
 結局、被告は、「保育所の長は、常に入所している乳児または幼児の保護者と密接な連絡をとり、保育の内容等につき、その保護者の理解及び協力を得るよう努めなければならない」と定めている児童福祉施設最低基準は第三六条ゐ無視する保育所運営を行っており、「保護者の理解及び協力を得るための努力義務」を果していないと言わざるを得ないのであって、この点で被告の保育行政は明らかに同最低基準に違反している(甲第九一号証)。

3、違法な保育行政と保育料の徴収権限

  児童福祉施設最低基準第三三条第一項は、保育に当たる者は必ず保母で なければならないとし児童福祉法施行規則第一三条は保母の資格を規定している。被告は保母の資格を有しない者を保育所の保育に配置している。保母資格を有しない者を保育に当たらせることは、児童福祉施設最低基準第三三条第一項及び児童福祉法第四五条に違反しているものであり、それらの職員をもって児童福祉施設最低基準第三三条第二項の人数に計算することは絶対に許されないことも当然である。したがって、被告が無資格保母を保育に当たらせていることにより、時間帯によっては資格を有する保母が全く関与しない状態で保育がされていることになる。かかる状態は明らかに同最低基準第三三条第一、二項に反する結果となることは明白である(甲第一五六号証一八一、二頁参照)。
 また、「細切れ保育」を常態化させることによって、児童の健全な発育を阻害する恐れのある保育を行っているのである(児童福祉法第二条、第三条)。そして、保護者及び保護者会と連携し、あるいはその連絡を密にすることによって、保護者の協力を得ながら保育を進めなければならないにもかかわらず(児童福祉施設最低基準第三六条)、積極的に保護者会を排除し、あまつさえ保護者会の自主的活動を妨害までしているのである。
   こうした被告の保育行政は、保育の本質的部分ともいうべき健全な児童  の発達を阻害し、児童の安全性を時には脅かすものであるから、極めて本質的かつ重大な違法性を有するというべきである。
 児童福祉法は児童の健全な発達育成を保障するため児童福祉施設最低基準を設け、右基準を上回る保育を児童に保障しているのである(児童福祉法第一条ないし第三条及び第四五条)。したがって、被告の保育行政の違法性は、児童福祉法に基づく児童の健全な保育を求める権利を侵害しているという点でも極めて重大なものである。
   児童福祉法第五六条第二項によれば、市町村長が本人またはその扶養義  務者から徴収することのできる保育料は、同法第五一条第一号の二によって市町村が支弁した費用である。そして、同法第五一条第一号の二は、「市町村が、第二十二条、第二十三条本文及び第二十四条本文に規定する措置を採った場合において、入所に要する費用及び入所後の保護につき、第四十五条の最低基準を維持するために要する費用」と規定しているのである。なお、同法第四五条第一項に基づいて厚生大臣が制定したものが、児童福祉施設最低基準である。したがって、市町村長が保育料として本人または扶養義務者から徴収できるのは、あくまでも児童福祉施設最低基準を遵守し、少なくとも右規定を維持し、それを上回る保育内容のために支弁された費用でなければならないのである。
 しかし、被告が行っている保育行政は、明白に児童福祉施設最低基準に反するものであり、「最低基準を維持するため」の費用とはいえず、本質的な部分で同規定を下回る保育行政を行っている被告においては、同法第五六条第二項に基づく保育料徴収権限は自ずと制限されざるをえないのである。けだし、被告が違法な保育行政(児童の福祉を保障するための児童福祉法の定める最低基準を下回る保育)を行っておきながら、その対価的性格を有する保育料を何らの制限も受けることなく同法第五六条第二項によって徴収できるとすることは、同法の自己矛盾であり、同法第三条の規定に明らかに反する結果となるからである。


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