障害をもつ人への虐待             金沢大学  石原・西村

  1. はじめに
  2.  金沢大学では、実際に明らかになっている障害をもつ人への虐待事件の具体例を取り上げて考察することを敢えてしませんでした。その理由は、具体例が少ないため、事例研究だけを行うとその他にも潜んでいる、虐待が起こる要素を見落としてしまうのではないか、と考えたからです。そのため行政の施策の問題点を明らかにするという方針にしました。今回はその中でも知的障害者施設への施策に絞った内容となっています。虐待とは論点がずれるかもしれませんが、障害をもつ人を取り巻く「障害」を取り除くことで、差別そして、その極端な形としての虐待がなくなるのではないかと考えました。そのため、一般に言われている虐待より広い範囲、「健常者」に対してであったら裁判提起が可能であるはずの人権侵害まで考慮に入れています。

  3. 障害をもつ人を取り巻く現状

  1. 知的障害者施設の充足率はほとんど100%である。(資料参考)
  2. 知的障害者の判定  …18歳未満:児童相談所(児童福祉法15条の2)
  3.             18歳以上:知的障害者更正相談所(知的障害者福祉法12条)

     同じく措置     …県及び市の福祉事務所(知的障害者福祉法16条)            

     知的障害者施設の監督…県及び市(知的障害者福祉法21条の2)

      →知的障害者福祉の責任の分散

  4. 石川県には虐待の報告はない。(石川県障害福祉課職員)しかし、虐待に至らないまでも問題については県に報告されることがあるが、まず施設内の自助努力に委ねられ、行政が実態調査に乗り出すことはまずない。(知的障害者更正相談所職員)
  5. 施設への監査
  6. 施設への監査は、極力年一回の実施が求められている。監査では膨大な資料を調査するが、一日で済ませることになっている。事務効率のため事前に監査の日時を通知している。また、経理・処遇等の項目別に担当する部署が異なっている。(厚生省から都道府県知事への通達)

  7. 行政・施設の知的障害者施設の捉え方

Ex:知的障害者福祉法21条の5「知的障害者更正施設は18歳以上の知的障害者を入所させて、これを保護するとともに、その更正に必要な指導及び訓練を行うことを目的とする施設とする。」…「入所させて」に代表されるように「教育」「指導」「更正」「訓練」「保護」する場所として考えていて、「生活の場」としての認識に乏しい。

三.以上のことから考えられる問題点とその改善策

  1. 施設の充足率が高いことから、利用者である障害者の側に、施設を選択する自由がないことが 
  2.  推察される。「白河育成園事件」の発覚が遅れた原因には、この選択の自由がないと言うことが 

     挙げられるであろう。利用者である障害をもつ人に選択の自由を保障し、サービス提供者であ 

     る施設の、受け入れるかどうかの「選択の自由」をいかに規制するかが大きな問題である。国

     や 地方公共団体の施設監督権限を強化し、適正運営を行わせることが必要である。

  3. 知的障害者福祉の責任がどこにあるのか非常にわかりにくい。今年度(平成12年度)より、保健所、福祉事務所、更正相談所の業務が一本化されているが、福祉事務所には児童相談所のような虐待の実態把握に対する権限が全く与えられていない。仮に更正相談所や福祉事務所に虐待等の問題の通報があっても、県に報告するしか対策がないのが現実である。さらに県庁本庁の職員が虐待問題のプロであることは期待薄である。福祉事務所に知的障害者福祉に関する業務を一本化するか、県や市の監督権が正当に行使されているかのチェック機能をもたせるなどする必要がある。
  4. このことは施設の閉鎖性を物語っている。施設長の側から施設内での問題事項(ここに極端な虐待は含まれないであろうが)とその対応についての報告書が出されていれば、施設に対応を委ねるのが福祉行政実務の現実である。虐待の報告例がないからといって「虐待の事実はない」と言うことは、施設に処遇を一任している現状からして早計であろうと考える。実際に虐待があったとしても、行政が把握できない可能性の方が大きいのではないか。またそのような問題が明らかになったとしても、調査を行わない行政の対応は監督者としてどうであろうか。これでは例えひどい虐待が起こっていたとしても、虚偽の報告をしていれば、行政の側が早期にそれを知るすべがないことになる。利用者が簡単に利用できる苦情申立機関を整備することと、監督・調査の強化がされるべきである。
  5. 監査を充実すれば、虐待などの施設の問題がすべてなくなるわけではない。しかし現在の膨大な書類を一日でチェックするだけの監査であっては、たとえ回数を増やしたところで虐待防止の機能を期待するのは望み薄である。職員同席なしでの利用者からの聞取り調査、抜き打ちでの監査、泊り込みによる実態調査など、監査のやり方自体に抜本的な改革を行う必要がある。
  6. これが最大の問題であると考える。行政・施設のこういった考え方が虐待を容認する土壌とな 

 っているのではないだろうか。現在の施設はあくまで「入所させる場」であり、「刑務所」に等

 しい施設だといったら言い過ぎだろうか。たしかに更正や職業訓練を目的とする施設も存在す

 る。しかし、入所施設はもとより、通所施設・授産施設などは第一義として「障害をもつ人の

 生活の場」でなければならないのではないだろうか。施設の職員には、「障害をもつ人の生活を

 支援するのだ」という認識が必要であるし、そのような認識を持たせるための啓蒙活動が必要

 である。法律の文言も変わってしかるべきと考える。

四、まとめ

 障害をもつ人への施策はこのように、様々に虐待を生みかねない要素を含んだ内容となっている。しかしその実態にはほとんど光があたっていないのが現実であろう。障害をもつ人の虐待問題として「健常者」から「障害者」に対する差別意識が根強くあると思う。そのことは、Dの文言にも如実に現れているのではないだろうか。また痴呆のある高齢者、知的障害をもつ人が外に出られない(危ないからという理由で鍵をかけて出させない)などは、虐待として語られてはいないが、明らかに人権が侵害されている状態であると言える。障害をもつ人が虐待はもとより、いかなる人権侵害も受けない社会、仮にうけてもすぐに救済が求められる社会の構築のためにはどのようなことが必要であるのか、さらに検討する必要がある。

参考文献 @障害者の人権20の課題:障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会・共同作業所 

      全国連絡会・全国障害者問題研究会編:全障研出版部:1992年

     A障害者虐待を許さない:副島洋明著:水戸事件のたたかいを支える会:1996年

     B施設内虐待:市川和彦著:誠信書房:2000年  

 

その他の参考 @副島洋明弁護士のホームページ

       A石川県知的障害者更正相談所の職員の方のはなし(大変熱心に教えてくださっ

        たので参考に加えておきます)

 

資料

石川県内療育手帳交付者数状況(平成1241日現在、石川県庁 判定A重度 判定B軽度)

 区分        判定A     判定B       計

18歳未満       496人    401人       897

18歳以上       1850人   2115人       3965人 

 計         2346人    2516人      4862

石川県知的障害者施設の状況(平成12101日現在、石川県中央福祉センター)

県内施設

入所更正施設 9ヵ所 778人 定員充足率平均:933%

通所更正施設 3ヵ所 71人  定員充足率平均:947%

入所授産施設 5ヶ所 247人 定員充足率平均:988%

通勤寮    1ヶ所 24人  定員充足率:960%

通所授産施設 13ヶ所520人  定員充足率平均:958%

福祉ホーム  1ヶ所 10人  定員充足率:833%

県内施設計 定員1695人 利用者1650人 定員充足率平均:973%

県外施設

更正施設 7ヵ所 利用者計14

県内訳…群馬県・富山県(2ヵ所)・福井県・京都府(2ヵ所)・山形県

県外施設計 利用者14

小規模作業所 22ヶ所 232人 定員充足率平均:909%

グループホーム23ヶ所 98人