長岡京市立保育所人権侵害改善要望書(全文)

にあります、京都弁護士会が、長岡京市の今井民雄市長に対して送った人権侵害改善要望書の全文は次の通りです。


1995年3月17日

長岡京市市長 今井民雄  殿

                                   京都弁護士会会長    川 中  宏

                                   同人権擁護委員会委員長 彦 惣  弘

 当会は、1993年(平成5年)11月30日申立人脇田滋外20名から人権侵犯救済の申立てを受け、調査した結果結論を得たので、貴殿に対し次のとおり要望する。

          要 望 の 趣 旨

 当会は貴殿に対し、長岡京市立保育所において以下のような措置を取られるよう要望する。

 (1) 午睡時間帯においても、児童福祉法45条1項に基づく児童福祉施設最低基準に定める保母有資格者数が確保されるように、保母有資格者を配置すること。

 (2) 保育所内において、保護者会のニュースや連絡文書の配布等について妨害を行なわないこと。

 第1 申立の概要

1、申立人らは、以下のように述べて本申立に及んだ。

 1987年(昭和62年)頃以降現在に至るまでの長岡京市の保育行政及び同市立保育所の運営は、入所児童及びその保護者の権利を尊重していない。年々保育内容・保育体制が悪化し、人権侵害的状況に至っている。

 具体的には、

■ 1日のうちに子どもを担当する保母が、早朝のパート保母、午前中の正規保母、昼休みのパート保母、午後の正規保母、夕方のパート保母と、5人から6人もコロコロ入れ替わる「こま切れ保育」体制が取られており、その引き継ぎ時間もゼロとされている点。

■ アトピー性体質の児童に対する、給食における調味料除去及び投薬は一部保育所で配慮され実行されてきたが、1988年(昭和63年)になり、一律的に禁止された点など。

■ 子どもの保育所での様子を保護者に知らせない保育所運営がされている点。

■ 保育所保護者会とその活動に対し、市当局及び保育所所長は、様々な否定的対応をしている点。

 第2 調査の概要

 1、本申立に関し、5名の調査担当委員が、次のとおり調査を行なった。

 申立人一らと、弁護士会で2回、長岡京市の現地で1回面談し事情聴取した。また、保母有資格者とも面談し、保育行政の在り方、保育の実態について研究した。

 1994年(平成6年)5月31日、長岡京市役所へおもむき、児童福祉課長ほか行政担当者と面談し事情聴取した。

 1994年(平成6年)10月、京都府の全市に対し、保母の人数、交替の際の引き継ぎ時間がどうなっているのかなどについて、調査協力依頼書を送り、回答書を得て検討した(但、京都市、舞鶴市は回答なし)。

 また、申立人、長岡京市双方から多数の資料をもらい、検討した。

 2、本申立に対し、長岡京市は、次のように反論している。

 ■ 1日のうちに、5人から6人も保母がかわる「こまぎれ保育」は行なっていない。1980年(昭和55年)4月から、保護者の就労等の事情により時間外保育事業(正規の保育時間は午前9時から午後5時まで)を実施するようになり、正規保母の指示・指導により補助的に保育を行なう要員としてパート保母を配置することになった。また、正規保母の勤務条件を改善するため、1986年(昭和61年)7月昼休憩制度を導入し、1993年(平成5年)10月から週40時間勤務制度を行なうことになり、現在平日は午前7時30分より9時まで、午後1時から3時まで、午後4時から6時までの時間帯に必要に応じ、パート保母を配置している。

 また、1986年(昭和61年)、保母と保母が交替する時間帯に、朝夕それぞれ30分の引き継ぎ時間を設けた。しかし、現実的には、引き継ぎ時間がごく短時間で終わること、また引き継ぎ時間帯は、引き継ぎを行なう保母のだれがその場の保育にあたるのかといった保育体制が不明確となり、かえって害となる保育所もでてきたため、1989年(平成元年)に見直しと引き継ぎ時間を特定する体制をやめた。

 ■ 保育所における給食は、集団給食を基本としており、個々の児童の体質や病状に応じて個々給食を作ることは無理である。1988年(昭和63年)以前には、保育所長の好意と判断により、ごく一部の児童に調味料等を配慮したケースはあった。

 食事療法では、児童によって除く食品がことなり、間違えて食べさせた場合は、きつい症状が出たり、ショック症状が出て生命にかかわることもある。また、保護者の責任のもとで行なうべき特定の療法や治療行為の一環としての投薬を保育所で行なうことは、無理であると判断する。

 長岡京市としては、集団給食として児童の健康増進と安全を確保する範囲で、種々の配慮を行なっている。

 ■ 保護者との連携については、保育を行なう上で重要なものと考えている。具体的にはべ保護者全員に、毎月の保育所だよりを発行し、また保護者個々へは、乳児については連絡ノートで、幼児についてはクラス前に掲示しているボードにより、日々の保育や児童の様子を知らせている。特に必要な事項については、手紙や電話、児童の送迎時に口頭で保護者に連絡している。

 その他、年度始めの面談や定期的な懇談会、保育参観、また必要に応じ家庭訪問等を行なっている。

 ■ 保母や保護者個々の独自の思いでなく、保育所長が責任を持って公正で偏りのない保育所運営を行なうことにより児童の健全な心身の発達を図ることが重要である。保育所と保護者、保育所と保護者会の関係は、保育所本来の役割を果たせるようそれぞれが持つ立場や責任の上に立って常に協力しあう関係でなければならない。しかし、残念なことに、保護者会と一部保母が長年に渡り、保育所運営や保育内容について、責任者である保育所長を無視し強引な形で行動を展開し、ひいては事実を歪曲した保護者会ニュース等を配布し多くの保護者に不安を抱かせるような事態も出てきた。長岡京市としては、これらの行為を放置するわけにはいかず、保護者会に対し再三に渡り自粛を申し入れた経過がある。

 第3 認定した事実

 申立人ら、長岡京市当局等から事情聴取した結果を総合的に検討すると、以下の諸事実を認定することができる。

 1、長岡京市公立保育所入所児童数および保育所職員数の移り変わり

 長岡京市には、公立保育所が7カ所ある。1987年度を100として1993年度の児童数を比較すると、70.00%に減少している。これに対し、正規保母数は合計100名から90名に減少しているが、児童数の減少に比べゆるやかで、正規保母1人当たりの児童数は、1987年度は各保育所平均8.53人、1993年度は同6.44人であり、職員体制自体は数値上長〈なっている。もちろん、児童の年齢別構成比までは明らかでなく、これだけで判断できない点もあるが、少なくとも保育条件の悪化を推認させるものではない。

 2、パート保母

 長岡京市公立保育所において、パートタイマー「保母」が導入されたのは、1975年頃からである。

 1980年(昭和55年)4月からは、時間外保育事業のため、パート保母を午前7時30分から同8時30分の間、午後4時30分から同6時までの間に限定して配置するようになった。

 1986年(昭和61年)7月からは、昼休憩制度を導入し、正規保母が交替で1時間ごとに休憩する午後1時から3時の時間帯にもパート保母を配置するようになった。

 パート保母は、正規保母の指示のもとで補助的に保育にあたるという建前であり、従って保母資格を前提とはせず採用している。なお、これに対して、産休代替保母、フリー保母、障害児加配保母の場合は、保母資格を有することが採用の前提となっている。

 パート保母の労働条件は、1993年(平成5年)4月1日現在、時給820円である。早朝、昼休憩時、夕方の3つの時間帯の組み合わせで、1日4時間以内の労働時間である。

 勤続年数は、平均4.3年である。子どもの人数が少ない時には、出勤してきたパート保母を帰らせたり、また、子どもの傷の手当中のパート保母に対して「賃金が出ないから帰れ」といって帰らせるなどの取扱いがなされたこともある。

 3、保育体制

 (1) 正規保母については、1993年(平成5年)10月1日から週40時間体制をとっている。

 正規保母の勤務時間は

   ■早朝勤務 午前7時30分〜午後4時 各園1人 7.5h

 平日■遅出勤務 午前9時  〜午後6時 各園1人 8.0h

   ■通常勤務 午前8時30分〜午後5時 残りの保母 7.5h

の3種である。

 なお、午後4時30分から午後5時は事務時間である。また、午後4時から午後5時まで会議時間となることもある。

 土曜日は、

  ■早朝勤務 午前7時30分〜午前11時15分 各園1人

  ■遅出勤務 午前9時 〜午後0時45分  各園1人

  ■当番勤務 午前9時 〜午後6時   各園1人

  ■通常勤務 午前8時30分〜午後0時15分  残りの保母

 の4種である。

 公休は日曜祭日のほか、4週間のうち土曜日2回、平日1回を交替にとる。但し、諸行事や子どもの人数に応じ、配置数に変更があることはある。

 (2) パート保母の勤務

 パート保母は、現在は、

    午前7時30分から午前9時の間

    午後1時   から午後3時の間

    午後4時 から午後6時の間

のそれぞれの時間帯において必要において配置される。

 パート保母は、3才未満児については5人に1人

        幼児については   25人に1人

の割合で配置される。

 午後1時から3時の時間帯は丁度子どもの午睡時間である。この時、正規保母が半数ずつ各1時間の昼休憩にはいる。

 1人担任クラスの場合は、その休憩時間にパート保母を配置する。2人担任のクラスの場合には、特にパート保母は配置しない。但し、年度当初は子どもがよく泣くので、臨機応変にフリー保母等も入っている。

 パート保母の研修については、年1回の同和研修などが行なわれている。

 (3) 引き継ぎ時間のゼロ化

 当初朝夕のパート保母が配置された際、正規保母との交替にあたり、子ども達の様子を引き継ぐための時間として30分間のダブり(パート保母と正規保母が同時に勤務する時間 が設けられた。これを引き継ぎ時間と呼んでいた。

 しかし、1987年(昭和62年)7月に「実際の引き継ぎ時間はもっと少なくてすむ。引き継ぎ時間中の責任体制があいまいとなる。」という名目のもとで引き継ぎ時間が廃止された。そのため廃止当初、引き継ぎ不十分なために子どものケガの発見が遅れた等のトラブルが何件か起こり、保護者を不安にさせた。また、午後4時前後にお迎えの保護者が集中するが、正規保母との対話の時間も減少した。現状においては、保母側の引継ぎ時間の確保の努力(サービス労働)により、子どもの安全、保護者との対話がはかられている。なお、昼休憩時は、当初から引き継ぎ時間はなかった。これは 子どもの午睡時間に対応する時間のため、通常は特に引き継ぐ事項がないためと思われる。申立人らもこのことは問題にしていない。

4、アトピー性体質の児童に対する給食における配慮など

 アトピー性体質の児童は年々増加し、社会問題化している。アトピー性体質の児童は家庭においてアレルゲン(卵、牛乳、大豆、小麦など子どもにより異なる)を除去した食事療法を実行している者も多い。

 入所児童の中にも、アトピー性体質の児童がみられるようになり、一部の保育所で給食調理員ないし所長の好意で、給食、おやつにおける調味料等を配慮していた(たとえばサラダにおけるマヨネーズを抜くなど)。ところが、1988年(昭和63年)12月に公立各保育所全体で、今後はそういった配慮はやめることを申し合わせた。理由は、集団給食において別々に食事をつくることは困難であり、間違うと生命に危険が生ずることもあるというにある。そのため、アトピー性体質の児童の保護者は、調理法を他にかえれば十分摂取できるメニュー(野菜サラダ等)も自宅から持参しなくてはならなくなった。

 なお、1993年(平成5年)5月現在、アトピー性体質による弁当持参児童は、公立保育所全体で28名である。また、アトピー性体質の児童に対する投薬も、それ以前は保護者の依頼により保育所でもなされていたが、1988年(昭和63年)12月よりこれも危険性を理由に拒否されるようになった。

 ただ、一般の風邪薬などは保育所で与えている。

 なお、保育所側としては、

 ■ 保護者との面談時に〜 アトピー性体質の有無、食事療法の有無を確認する。

 ■ 給食に使用する全ての材料を事前に配布し、代替食品を弁当で持参してもらう。

 ■ アレルゲンの明確な児童については、配食時に該当するメニューを皿ごと除く。

 ■ 油は、アレルギーの少ない高価なコーン油を使用する。

 など、一定の配慮をしている。

5、保護者との関係について

 (1) 日々の保育内容を担任が保護者に伝える連絡簿(各クラスごとに備えつけられ、保護者が送迎時に読む)が、1992年度から、以前の日誌形式からホワイトポード記入形式に変更された。文字数も少なく、十分な情報が保護者に伝わらない。また、記録性もなく、保護者が迎え時間が遅くなる等のため見ることができない日があると、後日遡って読むということもできないため、保護者から大きな不満が出ている。なお、乳児(3歳児未満)クラスについては、個々人用の連絡ノートがある。

 (2) 1988年(昭和63年)8月以降、スナップ写真の公表、販売が制限された。なお、遠足、運動会などは公費で保育記録として撮っている。

 (3) 引き継ぎ時間がゼロとなったことにより、保護者と保母が送迎時に子どもについて話し合う時間が減少している。

6、保護者会との関係について

 (1) 保護者会ニュース等の配布の妨害

 保護者会ニュース等を子どものカバンや状差しに入れておくと管理職により抜き取られる事件(友岡、1991年5月)(神足、1988年6月)(新田、1994年7月、なお、これはニュースではなくクラス連絡網記載)が相次いで起こっている。

保育所側は、「子どものカバンの中も所長の管理下にある。」「ビラ配布には所長の許可が必要である。」という態度である。

なお、保育所の門前でのビラまきも所長にとめられたりしたこともあり、やむなく各家庭に配布しなければならない状況にある。

 (2) 保護者会主催行事への協力拒否

 保護者会主催行事であるお泊まり保育、夏まつり、文化まつりなどについて、保育所に対し場所提供等をたのんでも拒否される。

第4 判  断

 1、保育所とは

 保育所とは、日々保護者の委託を受けて、保育に欠けるその乳児または幼児を保育することを目的とする児童福祉法上の児童福祉施設である(児童福祉法39条)。

出世率の低下が社会問題化している今日の日本において、次代を担う子どもが健やかに生まれ育つ環境づくりを進めることは切実に求められている。その中で、仕事と育児の両立支援を図り、乳幼児の健全育成の向上及び女性の社会参加を支える保育所の充実は、とりわけ重要である。

 2、子どもの権利条約と保育を受ける権利

 1989年(平成元年)11月20日に国連総会で採択された「子どもの権利に関する条約」は、わが国においても批准され、1994年(平成6年)5月22日発効した。

子どもの権利条約では、子どもの権利を保障する主体として、親が第1次的な責任を持つとし、親がその養育責任を果たすことができるように適切な援助を与え、子どものケアのため機関、施設及びサービスの発展を確保すべき国の義務について規定している(同3条、18条)。

さらに、「働く親を持つ子ども」については、18条3項で「締約国は、働く親を持つ子どもが受ける資格のある保育サービス及び保育施設から利益を得る権利を有することを確保するために、あらゆる適切な措置をとる。」と規定している。つまり、働く親を持つ子どもには、保育を受ける権利があり、その確保をはかる責任が国にあるということを明確にしているのである。

また、3条3項では、「締約国は、子どものケアまたは保護に責任を負う機関、サービス及び施設が、特に安全及び健康の領域、職員の数及び適格性、ならびに職員の権限ある監督について、権限ある機関により設定された基準に従うことを確保する。」としている。

施設やサービスの基準を設定する場合、国には「子どもの生存及び発達を可能な限り確保する」(6条2項)義務があり、さらに、保育にも教育的要素が含まれる以上、子どもの人格や才能、能力を本来可能性としてもつ範囲いっぱいにまで発達させること(29条1頃a)も必要である。

また、子どもには休息し、余暇をもつ権利があり、その子どもの年齢にふさわしい遊びやレクリェーション活動をする権利、文化的な生活や芸術に自由に参加する権利がある(31条)。

 以上より、保育所は、子どもが健康で安全に生活でき、しかも楽しくのびのびと遊び、人間性豊かに成長できるような内容の保育を保証することが要請されるのである。

 3、判 断

 (一) 保母配置基準と子どもの保育を受ける権利

 (1) 児童福祉法45条1頃に基づく児童福祉施設最低基準(厚生省令、以下「最低基準」と言う)では、保母の配置基準につき、「保母の数は、乳児または満3歳に満たない幼児おおむね6人につき1人以上、満3歳以上4歳に満たない幼児おおむね20人につき1人以上、満4歳以上の幼児おおむね30人に1人以上とする。」と定められている(「最低基準」33条2項)。

この配置基準は、専門的知識や経験を有する保母有資格者が継続して乳幼児の保育に従事することを前提にして、定められていると解される。

すなわち、まず配置基準にいう「保母」は、厚生大臣の指定する保母を養成する学校その他の施設(保母養成所)を卒業した者、または、保母試験に合格した者でなければならない(児童福祉法施行令13条1項)とされている。保育には教育的側面があるため、保育従事者に専門性が要求されるのは当然である。従って、右の保母配置基準以上に保育に従事する者を配置する場合でも、保母有資格者であることが望ましい。

また、保育は、乳幼児の成長と発達に応じて、人間的な触れ合いとコミュニケーンョンをはかりながらなされるものである。こうした保育の性質上、ある特定の保母有資格者がある程度継続して乳幼児に接しながらなされるのが基本というべきである。

保育の時間が、保育に従事する者の労働時間と合致するように、「1日につき8時間を原則(「最低基準」34条)とされているのも、保母有資格者の継続した保育を保障する趣旨を含むものである。

そして、この保母の配置基準は、現に保育を受けている乳幼児の人数に対して、その配置基準に沿った人数の保母が配置されていることを要求しているものと解される。いわゆる定数として保育所全体が配置基準を充足しているだけでは、個々の乳幼児の保育を受ける権利が保障されているとは言えないのである。

 (2) ところが、保育時間延長の要請と保育従事者の労働条件改善の要請とから、特定の保母有資格者が1日継続して乳幼児を保育することができなくなってきているのが実情である。

 そして、特定の保母有資格者が労働時間を超えて保育活動できないことは、子どもの保育を受ける権利に対するやむをえざる制約として認めざるをえない。

 しかしながら、その制約も、必要最小限度のものでなければならず、必要以上の制約は子どもの保育を受ける権利の違法な侵害となる。

 そこで、保育従事者の労働条件改善の要請を考慮しつつ保母有資格者による継続した保育を保障するためには、保母有資格者を増配し、集団で継続的な保育活動ができるようにしなければならない。すなわち、各クラス毎に複数の保母有資格者を配置し、保育時間中その保母有資格者が少なくとも配置基準以上保育に従事していなければならない。「最低基準」による保育を受ける権利は、右内容を含んだ権利であり、地方自治体は、かような条件整備を行なう義務を有すると解される。

 (3) 長岡京市の場合、保母有資格者が、継続して乳幼児を保育することができるよう、複数の保母有資格者を配置して、保育時間中、配置基準以上の保母有資格者が保育に従事する体制を整備してはいない。

 乳幼児の保育を受ける権利を十分に保障する上で、かような保育体制に整備していくことが望ましい。。

 (4) 特に、1時から3時までの午睡時間帯において、正規保母1名のクラスはパート保母だけとなり保母有資格者が配置されていない状態が生じうる。

 長岡京市は、午睡時間は子ども達が寝ている時間だから、と説明するが、子どもによってはすぐに浸られる子どももいればなかなか寝つかない子どももいるし、寝つかない子どもにはお話をしたり絵本を読ませたりして対応しなければならない。また、早く起きてしまう子どももおり、ただ、寝ている時間というわけではない。この時間帯に健康状態が急変する子どももいることがある。

 そもそも「最低基準」35条では、「保育所における保育の内容は、健康状態の観察、…及び昼寝のほか、…とする」とあり、午睡も保育の内容なのである。

 従って、午睡時間だからといって、保母有資格者を1人も配置していないのは、保母配置基準に違反するとともに、乳幼児の保育を受ける権利を侵害するものである。

(5) この点に関し、保母配置基準では「おおむね」という留保がついているため、保母配置基準に違反するとは言えないのではないかという議論も有りうる。

 しかし、そもそも「最低基準」自体が低水準にあり、実際上正常な保育所運営が不可能であるとして、独自の保母配置基準を設けている自治体も少なくない。また、「最低基準」が低水準で出発したことを考慮して、「最低基準」3条2項は、「厚生大臣は…最低基準を常に向上させるように努めるものとする」と定めているものの、「最低基準」はさほど大きな改善が加えられたとは旨いがたい。こうした実態からすると、「おおむね」という文言によって「最低基準」を引き下げる解釈をすることは許されないと言うべきである。

 また、保育配置基準に違反したとしても、直ちにそのことによって乳幼児の保育を受ける権利が侵害されたということができるのかも、議論となろう。前述したような子どもの権利条約のみならず、憲法13条、25条、児童福祉法1条ないし3条によって国や地方自治体は、子どもが人間として成長発達する権利を基礎とした乳幼児の保育を受ける権利を保障するために、あらゆる適切な措置をとるよう義務付けられている。

 そして、これらの規定を受けて児童福祉法45条1頃が児童福祉施設につき厚生大臣にその最低基準の定立を義務付け、その結果定められたのが「最低基準」である。

 こうしたー連の規定の態様趣旨から考えると、保育所に入所して保護が開始された乳幼児には、厚生大臣が適切な保護をするに足りると認めて設立した最低基準による保護を受ける権利があるものと言うべきであり(神戸市立本山保育所事件神戸地方裁判所1973年8月28日決定同旨)、「最低基準」に違反した場合にはその権利が侵されたと旨うことができる。

(二) 引継時間ゼロ化問題

 (1) 保母有資格者(集団)が共同で保育を行なう場合には、いわゆる引継時間が必要となる。

すなわち、保育は、単に、乳幼児を保護、養護すればよいのではなく、乳幼児の成長発達の権利や教育を受ける権利を保証する内容の、人格的な営みである。保育計画やカリキュラムに沿って、その日の保育内容や方法がいかなるものであったか、また、保育活動によって乳幼児がどのような成長発達を遂げ、どのように変化してきているのか、理解し、認識しながら、乳幼児に寄り添い、人格的なふれ合いを通して、保育に携わる必要があるのである。この引継時間は、一種の共同保育時間とも言うべきものである。

 また、引継は、乳幼児の健康や安全を犠牲にして行なわれてはならない。この観点からも、引継時間が短いというのは問題がある。

 乳幼児の健康や安全をはかりながら、必要な引継ができるような体制を確保すべきである。くその意味で、本来的には、共同で保育を行なう体制を確立すべきである。)

(2) 長岡京市は、引継時間を廃止しているが、その理由には合理性がない。引継時間中の責任体制があいまいだというが、そもそも本当に責任体制があいまいにあったのかどうか、引継時間のあること自体が責任体制をあいまいにした理由なのか、十分な説明がなされていない。

 前述したように保育の内容を理解すれば、保育従事者が交替するのであれば引雛をすることはむしろ当然であって、

 (三) 給食におけるアトピー性体質児童に対する配慮のとりやめ等

 ■ 最低基準11条2頃には、「給食は、…食品の種類及び調理方法について、栄養並びに入所している者の身体的状況及び噴好を配慮したものでなければならない。」とある。ただ、この規定から、アトピー性体質の児童に対する食事の配慮が義務化するわけではない。アトピー性体質児童に対し、給食上どのような対応をするかについては、保護者の意見を聞きながら給食スタッフと行政が決定していくほかなく、現在行なっている長岡京市の対応が、児童たちの人権を侵害しているということはできない。

 しかし、長岡京市がそれまで行なってきていた一部児童に対する調味料等の配慮を行なわなくなったのは、明らかな行政サービスの後退である。むしろ、行政は、入所児童に対するサービス向上の方向で努力すべきである。

 また、アトピー性体質の児童に対する投薬も、1988(昭和63年)年12月までは保育所でなされていた。アトピー性体質の児童に対し、医師の処方菱に従い投薬を行なうことは問題はなく、投薬を中止する必要性はなかったものと解される。

 ■ なお、長岡京市の保育所においては、現在月曜日と土曜日における児童の散歩が行なわれていない。その理由は、長岡京市の説明によれば、月曜日は前日の日曜日での家庭の過ごし方に対する配慮からであり、土曜日は保育が午前中だけであるという時間上の制約によるとのことである。火曜日から金曜日までは適宜散歩が行なわれており、月曜日と土曜日の散歩を一律行なっていないからといって、それが児童の人権を侵害しているということはできない。

 しかし、月曜日と土曜日につき、一律散歩を行なわないといった保育方針をとることにそれほど合理性があるとは考えられない。保母には、保育の自由があり、長岡京市としては保母の保育の自由を尊重し、散歩について対応するのが望ましい。

 (四) 保護者に保育内容を知らせる努力

 子どもは、主として、家庭においては保護者、保育所においては保母及び子どもの集団という社会的関連の中で成長発達していくのであり、子どもの健やかなる育成は、保護者、保育所(地方公共団体)双方の重要な責任である(児童福祉法2条)。こうした保護者、保育所の責任を果たしていくためには、保護者と保育所との間に密接な連絡、連係が保たれる必要があることは言うまでもない。そして、子どもは日々成長、発達を繰り返していくのであり、保育所と保護者の連絡は、そうした子どもの日々の様子について分かるものである必要があある。こうした意味で、保護者には、保育所での子どもの様子を知る権利がある。最低規準36条は、このような認識のもと、保育所は、保護者と密接な連絡をとるべきことを規定している。

 前記認定のとおり、長岡京市の保育所では、従前各子ども個人について記載されていた保育日誌を保護者に公開していたが、保育日誌の公開をやめるとともに、保育についての連絡はホワイトポードでの概括的な連絡に変更されている。

 ホワイトボードでの連絡は、情報量に乏しく、記録保存性もない。

 申立人らが、ホワイトボード化により子どもの保育所での様子が分からなくなった旨述べているとおり、ホワイトボード化により、保育所と保護者との間の連絡、連係の程度が低下していることは疑いない。

 しかしながら、他方、現在においても、ホワイトボードによる連絡以外に、後述のような種々の連絡方法の工夫がなされており、現状において、長岡京市の保護者に対する連絡体制が、保護者の保育内容を知る権利を明らかに侵害している状態であるとまで断定することはできない。

 もっとも、このようなホワイトボード化の理由として長岡京市の説明するところは以下のとおりであり、その理由等を子細に検討すると、必ずしも十分な合理的理由があるとも言い切れない。すなわち、長岡京市は、ホワイトボード化の理由として、保育日誌記載の労力を削減することにより保母らの負担を軽減し、その分、日々の保育業務を充実させることを目的としたものであり、保護者との連絡は、毎月発行される「保育所だより」「保護者面談」「懇談会」「家庭訪問」「保母からの保護者への必要に応じた手紙・電話」「送迎時の口頭による伝達等」により十分賄われているとしている。これらの連絡方法を子細に検討するに、「保育所だより」「懇談会」は、必ずしも各子ども個人についての連絡とはなりえないばかりか、子どもの日々の様子を伝達するには限界がある。「保護者面談」「家庭訪問」は、各子ども個人についての様子を伝達するものではあっても、日々の様子について伝達するものとはなっていない。「保母からの保護者への必要に応じた手紙・電話」についても、その実態は、子どもの病気、ケガ等の緊急事態などの連絡等に限定され、子どもの日々の様子を伝えるものとはなりえないく仮に、これらにより子どもの日々の様子を伝えようとすれば、保母の負担は保育日誌以上のものとなると予想される)。唯一、送迎時の口頭による連絡のみが、子どもの日々の様子についての伝達手段となりうるものであるが、前記認定のとおり、保母の引継時間の省略により、十分な伝達ができにくくなっている実態があるほか、一人一人の保護者に子どもの様子を逐一口頭で伝達する負担と、連絡簿を記載する負担のどちらの負担が大きいかは一概に論じ得ない。

 このように、長岡京市の説明する理由は、必ずしも十分な合理的理由があるとまでは断定いこく〈、保育日誌の記載が、保母にとって過重な負担となっていると認定することもできない。そして、ホワイトボード化によって、従前の保護者の保育内容を知る権利の充足度が低下していることも事実である。

 そもそも、今回のホワイトボード化という処置の遠因としては、後述のとおり、長岡京市と保護者会との間の長年に渡る対立関係が背景となっているという印象が強い。

 このような事情を総合的に考慮すると、今回の長岡京市のホワイトボード化という処置は、保護者の保育内容を知る権利を低下させるものとして、不当な処置であると言わなければならず、強く改善を求めるものである。

(五) 保護者会ニュースなどの配布の妨害

 申立人らの主張のとおり、保護者会は、その結成も活動の自由も憲法で保障されている、のみならず、保護者会が団体を結成し、団結し、交流し、研究し、保母らと共同で子どもの喜ぶような催しを企画し、行政と交渉するなどの活動をすることは、子どもらがよりよい保育を受ける権利の実現のために極めて重要なことである、と言わなければならない。

 保護者会の活動が活発に行なわれることを、長岡京市は、嫌悪したり拒否したりしてはならない。保護者は、働く場所はもとより、働く時間などがばらばらで連絡をとりあうことなどがなかなか容易でない状況にある。その中で、保護者会の活動を活発にしていこうとする努力を尊重し、あらゆる機会に便宜が与えられるべきである。

 そうしてみると、保護者会の担当者が、各保護者への連絡のためにニュースや名簿などを、子どものカバンや状差しに入れる行為は、許されるべきであり、保障されるべきである(仮にそれが現在の保育行政に批判的な内容を含むものであっても)。

 仮に、状差しも保育所にある子どものカバンの中も、保育所長の管理下にあるにしてもL全然無関係の者がちらしの類いを挿入するのとは違うのであり、それによって保育所の運営に支障を来すというのも想定し難い。従って、保護者の一人でもある保護者会の一員が、保護者会ニュースや連絡網を記載した書面を状差しや児童のカバンを使用して配布しようとするのを妨害することは許されない。

 保育所の門前でのビラまきをさせまいとするのは論外である。

 保護者と保育者が共同でよりよい保育を作っていくことは、重要である。

 所長らによるニュース等配布の妨害は、憲法で保障された保護者会の団結の自由、表現の自由の侵害であり、そのことは、ひいては子どもの保育を受ける権利の侵害となる。すなわち、所長らによるニュース配布等の妨害は、子どもの権利に対しても重大な悪影響を及ぼす点で、子どもの保育を受ける権利に対する看過することのできない人権侵害であるといえる。以上のとおり、当会は、■午睡時間帯において最低基準に定める保母有資格者が必ずしも確保されていない状況にあること ■保育所内における保護者会ニュース等の配布につき所長らによる妨害がなされたこと、に関しては人権侵害であると判断するゆえ、冒頭のとおり要望を行なうものである。

 なお、人権侵害と判断した事実以外については、これらの事実一つ一つを分断して見る時は、それ自体として明らかな人権侵害であるとまで断定することはできないが、これらの事実を一連の経過として総体的に見るならば、子どものよりよい保育を受ける権利にとってきわめて由々しい状況にあると言える。

 そして、これまでの調査の中で浮き彫りになってきたのは、こうした状況を生んできた背景には、保育所管理職及び保育行政担当者と、保護者・保護者会との関係が極めて悪く、相互に敵対感情とでもいうべき感情すら存在することである。こうした感情が背景となって、長岡京市は、保護者・保護者会の要求等に対して、一方的、硬直的対応をとることが多いように見受けられる(アトピー問題、連絡ボード問題、二ュース抜き取り問題など)。

 仮に、このままの敵対感情が続いていくとすれば、現在の状況はさらに悪化し、子どものよりよい保育を受ける権利が、明らかに侵害されるという事態が生ずることも懸念される。

 保護者・保護者会は、保育所に入所している自分の子らの利益を第一に考え、その利益を守るために保育所、保育行政に対して様々な要求をしている。これは、当然の権利である。

 子どもの権利条約において、保護者こそが、子どもに対し第1次的責任を負うとされるのであり、国、地方公共団体は、その援助者として、子どものケアのため機関、施設及びサービスの発展を確保すべき義務を負うからである(同3条、18条) そして、何より保護者・保護者会の要求の根底には、「子どもらにとってよりよい保育を、発達を」という強い願いがあるのである。

 もちろん、保護者・保護者会の個々の要求については、財政上の裏付け、職員の労働条件の調整等様々な問題の解決が前提となるものも多いのであり、保育所・保育行政側が常に応じられるものでないことはいうまでもない。

 しかし、保育所に入所している児童の最善の利益を可能な限り実現していくことは、保育所・保育行政側の義務である以上 保護者・保護者会側の要求に対しては真姿に受けとめ、改善をはかる努力をしていくべきと考える。

 従って、保育所・保育行政側は、保護者・保護者会とのねばり強い話し合い、柔軟な対応をして、お互いの信頼関係を回復し、よりよい保育を実現するために協力しあう関係を築いていく努力をされるよう強く期待する。


関連リンク先

ホームページ(目次)に戻る
派遣労働者の悩み110番関連ホームムページ(目次)
長岡京市の保育を考えるホームページ(目次)
ホームヘルパー派遣訴訟関連のホームページ(目次)
脇田 滋の自己紹介のページ