中国帰国生徒との出会い




  95年、私は2年担任だった。そこへ中国からの「帰国生徒」金さんが転入してきた。16歳の女子で、彼女の祖母が残留孤児ということだった。学校としても私としても初めてのことだったので、手探りの毎日だった。ただ、妻がすでに中国からの「帰国生徒」を担任していたのでそのツテで知り合いになった中国出身者の方から様々な助言や援助を受けることができたのはありがたかった。
 その気になれば何とかなるもので、1ヶ月もすると連絡事項は筆談ですべて伝えられるようになった。むちゃくちゃな発音やイントネーションだけど、彼女は「山本風中国語」ということで理解してくれた。しかし、情けないかな精神的なケアは全くと言っていいほどできなかった。その時も一番力になってくれたのは、中国出身者の方たちだった。
 彼女は、3年の4月に転出していった。公営住宅への転居のためだった。

 97年、私は1年担任。帰国生徒・張さんの担任となった。以前よりは気持ちに余裕はあるとは言え、やはり精神的なケアでは至らない点だらけ。98年、私は2年の副担になった。担任とはちがう関わりだったけど、彼女にはいろいろなことを教えてもらった。「北京派遣」が決まってからは、専属の中国語家庭教師だった。
 しかし、彼女も公営住宅への転居のため、99年2月に転出していった。

 不思議なことに、出会う中国人はみんな女性だった。
 


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