アウトロー犬の復讐


 これはエッセイ集の『アウトロー犬』の続編です。

 アウトロー犬出没情報―――当家の犬以外にも、近隣の善男犬・善女犬も被害にあった
―――は、その後もそこかしこから聞こえた。我が家では戒厳令をしき、その対策について
家族会議を持ったが、怪しい犬を発見したら家族全員を招集してことに当たるという以外、
有効な処方箋は編み出されずにいた。ところが、しばらくしてアウトロー犬は、
スキャンダルを起こした芸能人みたいに、こつ然と姿を消した。そして季節の移ろいの中で、
いつの間にか我が家でも、その脅威を感じなくなっていった・・・・

 平穏な毎日が続いていた。息子はその日、学校の宿題で縄跳び練習をするために庭に
出ていた。早春の澄み渡った空には白雲が速く流れ、まだ冷たい風は縄跳びで上気した頬を
心地よく冷やしてくれた。練習を終えて一息ついたところで、庭に繋がれている愛犬に
近づく1匹の犬に気づいた。噂のアウトロー犬か? 初めは警戒した息子も、我が家の犬が
尻尾を振っていたため、友達の犬かと思って警報を出すのを逡巡してしまった。

 彼は忘れていたのだ。平和主義者の我が家の犬は、どんな犬にも友好的な態度を一度は示す
ということを。それで今まで何度も他の犬との無駄な争いを避けてきたということを。
だが今回の相手は、そんな外交辞令には見向きもしない、復讐に燃えるアウトロー犬だった。

 もしもこのとき息子が注意深く観察していれば、相手の犬はじりじりとお互いの間合いを
詰めており、それに伴って愛犬も尾を振るのを止め、臨戦態勢に入ったことに気づいた
だろう。西部劇における荒野の決闘のごとく、一触即発の緊張感があたりに満ち、大気は
ナイフのように研ぎ澄まされていたはずだ。そんなこととはつゆ知らず、のんきに縄跳びを
再開する息子。その縄跳びの地面を叩く音が、あたかも決闘のゴングになったのか、
アウトロー犬は飛びかかってきた。

 2匹は激しいバトルを開始したが、戦況は鎖に繋がれて自由に動けない我が家の犬に不利に
進んでいた。ヒット・アンド・アウエー戦法を採るアウトロー犬は、じわじわとポイントを
稼いでいき、当方は絶体絶命のピンチに陥っていった。何とか愛犬を助けようとした息子は、
外水道に置いてあった子供用バケツに水を入れ、2匹にかけて頭を冷やそうとした。
けれども、その程度のことで終わる戦いではなかった。

 やがて騒ぎを聞きつけた妻が庭に出てきたが、2匹の犬は興奮し、うかつには近づけない
状態だった。再び犬同士の争いに巻き込まれでもしたら、今度は尾骨骨折だけではすまない
かもしれない。しかしこのままでは我が軍がやられてしまう。何とか収拾する手段はないものか。
妻と息子はあたりを見回した。でもそこには、小さなバケツと縄跳びしかなく、
武器と呼べるようなものは見当らなかった。

 ・・・・バケツと縄!
 
 アウトロー犬は退散していった。学生時代ソフトボール部だった妻の投げたバケツは、
アウトロー犬の鼻先を見事にかすめ(ビーンボールはお得意?)、息子の振り回す縄は
鞭のように空気を震わした(二重跳びがリストを強化?)。援軍を得た我が家の犬も気を取り直し、
めいっぱい唸り声をあげた。アウトロー犬が身の危険を感じるには、それだけで十分だった。
部活動や体育で習ったことも、いつか実生活で役に立つことがあるのだ。

 こうして妻と息子と愛犬の3者が力を合わせ、タフでマッチョなアウトロー犬を追い払う
ことができた。飼い主とその飼い犬の見事なまでのチームワーク。
もしも『人間と犬の共闘学会』があれば、燦然と輝く金字塔となりえるだろう。
私はこの話を後に聞いて、ゴジラ、モスラ、ラドンの3匹の怪獣が、協力してキングギドラを
倒した昔の東宝映画を思い出して感動した(でも、なんて古いんだ)。

 「誰がゴジラだって?」、と妻には睨まれたけど、そんな言いにくいことを訊かれましてもねぇ。


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